第二十五話 真の悪は妾であったか
「結論から言えば、レジーナ様でした」
ジョーカーの淡々とした声は続く。
それを黙って見守っているルシアンは、今度は頬杖をついている。その蒼眼の冷ややかなこと、シャーレの中でわらわらと群れなす実験用生物を見下ろすが如くである。
ジョーカーは冷静、ルシアンは冷笑、妾は冷や汗、というところであろうか。別に喧嘩もせず、真剣に話を聞いているだけなのじゃが、この部屋、なんだか寒々しくないかの……?
「我々がレジーナ様を発見した時、すでに仮死状態から醒めて、つつがなく活動していらっしゃいました。しかし、記憶喪失。いえ、記憶混濁と言ったほうが正確でしょうか。ご自身の立場は一切覚えていらっしゃらない上に言動が不可思議。そして、髪と目の色が変わっておられた。その状態で、魅了スキルを発動し、自分を買った男を洗脳して悪の組織の幹部に収まっていらっしゃるとは、流石に我々も予想のしようがなく」
「……ん? んんん?」
「もともと、ボス・ゾアスは生まれ育った植民星ジュラシカの待遇改善を求めて、銀河帝国に楯突くような男でした。同じような境遇の仲間を集めて、この地球で叛旗を翻そうとしていた。しかし、レジーナ様に魅了され、そのレジーナ様が『妾は悪の組織の幹部じゃ』と仰ったことで、悪の組織を名乗って活動を始めてしまい」
「ん……んんんん」
「私が現場に踏み込んだ時、レジーナ様のお描きになった黒麒麟の絵が床に散らばる中、意気揚揚とボス・ゾアスが『これをワシら悪の組織のシンボルとする! ただちに旗を作れ!』と叫んでいるところで、正直、頭を抱えましたね。結局、その状況を利用して、私は自ら黒麒麟のぬいぐるみとなる呪いを掛け、組織内に潜入することにしたわけですが」
「ん……んん! う、うむ」
喉が詰まる。
声が出ぬ。
これは乾燥した空気のせいとか、そういうのではない。それは分かっておったのだが、妾は喉に手を当てて、軽く咳をしながら呼吸を整えた。
いたたまれなさを遣り過ごすための演技じゃ。誤魔化しとも言う。結局、何一つ遣り過ごせてはおらんのじゃが。
(これで声が出たとしても、一体何を言えばよいというのじゃ……)
ごめん? 本当に悪かった?
(それで許されるかな……どうじゃろう)
無論、妾とて、真の悪党は妾を誘拐した犯人だと分かっておる。銀河帝国皇女を誘拐して、帝国の総力を挙げても未だに捕まっておらん犯人じゃと? しかも、恐らく、今はそやつが妾の機動石を所持しておるという。何に使うつもりなのであろうか、ちょっと考えただけでも、背筋にぞわりと寒気が走る。
しかし、ジョーカーの話によれば、妾が……妾こそが、悪の組織を誕生させた黒幕であるという。
(……え? 妾、ものすごい悪役なのでは? ボス・ゾアスより格上の悪では?)
そもそも、妾が意識を取り戻した瞬間って、どんなだったかの……?
受け止めきれない現実を前に、妾は現実逃避がてら、しばし回想に耽ったのであった。
──覚えておるぞ。
妾が意識を取り戻した時。
それは、妾が前世の記憶を思い出した瞬間と同義である。
ほんの僅かな記憶の断片であったが、それは記憶喪失でぽっかりと空いた間隙の中に広がり、妾の脳内全てを埋め尽くしてしまった。本当に僅かな、薄っぺらい記憶である。なぜか流暢に語れるのは、この世界の原型であろう「ファイアリーソウルヒーローズⅡ」の設定のみ。そんな状態で妾が初めて目にした者は、ボス・ゾアスであったのじゃ。
(白い……モフモフ……)
ボス・ゾアスは、何とも記憶に残るキャラクターである。
銀河帝国人、と言えば宇宙人。宇宙人と言えば、様々な異形の姿が期待できそうなものであるが、この世界において、大抵の銀河帝国人はみな普通に人間と同じ種である。メタ的に言えば、美形の俳優を沢山採用したい番組側の都合であろう。
ところが、唯一、ボス・ゾアスだけは違うのじゃ。
ツヤツヤ、ふわふわした魅惑の毛並み。腹回りにはたっぷりとした脂肪を蓄え、中年らしい尊大な威厳もたっぷり、しかし黒いビーズのような瞳はどこまでも愛くるしく、思わず見惚れてしまいそうになる。悪役の中年男のくせに妙にかわいい、何だか癖になる、飼いたい、と視聴者の人気を一身に集めた彼は、一言で言うならハムスター獣人である。
この世界に「獣人」という概念は存在しないので、正確には「銀河帝国第三級植民星ジュラシカ人」なのじゃが。
(悪の組織のトップがハムスターで、その娘がのじゃロリ、とは謎すぎる設定じゃ……一体誰が考えたのじゃ)
ぼうっと考えていた妾、自分の思考が「のじゃ」語に染まっていることに気付き、ボス・ゾアスの瞳に映る自分が黒のツインテール幼女であることに気付き、パニックのままに口走ったのであった。
「妾がレジーナ……? 悪の組織の幹部……ということは、ここは悪の組織? そして、レジーナはボス・ゾアスの娘……確か、レジーナはこう呼んでおったはずじゃな…………ええと、パパ?」
「!!」
ボス・ゾアスの口元には、柔らかな毛並みに混じって、細いヒゲが放射状に生えておる。
それが、ぶわっと膨らんだ。
「パパ……………!」
その顔面を一面に覆ったのは、喜色じゃ。落ち着かなげに前足を擦り合わせながら、ボス・ゾアスは甲高い声で叫んだ。
「そう、そうだよ! ワシがお前のパパだ! 可愛い娘よ!」
(うわぁ……本当に、妾のせいではないか)
思い出した妾、床と同化しそうな程にへしょげておった。
この罪からは逃れられそうもない。まあ、ジョーカーとルシアンの目付きにあるのは呆れだけで、怒りの色は皆無。妾が責められているわけではないと分かってはいるのじゃが、それにしても。
(妾のせいで、悪の組織がコメディ要員と化してしもうた!)




