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第二十三話 それは妾の知っているルシアンじゃろうな?

 ジョーカーは妾にとって、貴重な参謀役である。


 そして、いつも抱えて歩くぬいぐるみでもある。


 ……その結果、喋るAI搭載ぬいぐるみ、便利ロボット、アレ○サの一種、みたいな認識になりかけていたのは、仕方のないことではなかろうか。



(この世界、グー○ル先生が死んでおるからのう……)


 この世界に○ーグル先生が存在しない、という意味ではない。存在はしておるし、幾らでも検索を掛けられるのじゃが、それで得られる結果は、「この世界の人間が常識だと信じておる内容」のみである。この世界、どこかおかしいぞ、と考えている妾の疑問に答えてくれる存在はどこにもいないのである。まさに「神は死んだ」。


 前世の記憶の断片を抱え込み、手探りで生きておる妾にとって、ジョーカーは本当に心許せる相手ではないとしても、それなりに心の支えとなるぬいぐるみとなっておったのだ。


(しかしこやつの中身、実際は成人男性なのかと思うと……)


 妾に「お兄ちゃん」呼びを強制する成人男性。大丈夫なのであろうか。色々と。


 妾がじっとりとした視線を向けると、黒ガラスの目が見返してきた。


「いかがなさいましたか、レジーナ様」


 いつも通り、小憎らしい位に平坦で、感情を表さぬ口調である。


「いや……何度見ても、変わった形のぬいぐるみだと思うてな……」


 本当は、「面妖な形の」と言いかけたのじゃが、それは普通に悪口だと思って止めたのじゃ。ジョーカーも好きでその(なり)になっているわけでもなかろうし。


 じゃが、


「この姿は、レジーナ様のお描きになった動物の絵から再現したものですが」

「えっ!」

「レジーナ様は幼い頃より絵がご上手で、話し始める前からクレヨンを握られており、次から次へと名品をものされておりました。その絵の評判は銀河帝国中に轟いており、皇妃様は重要な働きをした側近への特別な褒賞として下賜されることもある程で」

「ひえっ」


 声が震えた。


 妾、今日は何度「ひえっ」と言うことになるのであろうか。


(これは酷い……酷いぞ)


 子供が絵を描いたとして、身内の目には名作にみえることもあるかもしれぬが、普通に考えればただの落書きであろう。目の前にいるジョーカーの造形を見ても、その確信は深まるばかりじゃ。それが、側近への特別な褒賞? それはもはや嫌がらせの域では?


(帝国皇族が正気を失っていると思われたのではなかろうか)


 ジョーカーもおかしい。こやつの目は大丈夫か?


 驚くほど澄んだ目をしておるのは、こやつの目がガラスで出来ているからじゃが、それにしても自分の発言のおかしさに気付いている様子もない。真実、「皇女の描いた名作を再現した自分」を信じている目をしておる。



「ジョーカー。お主……その……意外と妾が大好きなのじゃな」



 言葉を失った妾、かろうじて絞り出した発言がこれである。


 いや、大好きというか、何か盲目的なものを感じるというか、何なのかよく分からぬのじゃが……兄妹愛にしては、凝り固まった感じがして、忠義にしては熱が欠けている。本当に、何なのであろうか?


「大好き……」


 ジョーカーはクイッと前足を上げ、少し考える様子を見せたが、


「ふむ。皇女殿下に命を捧げるのが我が一族の務めにして、私もそれを当然のことと思っておりますので、大好きと言えば大好きかもしれませんが、実際に血の繋がった兄妹や婚約者殿とは違う感情であるべきと心得ております」

「お、おう…………今、婚約者殿と申したか?」

「はい。レジーナ様の婚約者は、お生まれになった瞬間から決まっております。ルシアン殿です」

「Oh……」


 二回目の「おう」は、何故か外国風になってしまった妾であった。




「……念のために聞くが、それは、妾の知っているルシアンであろうな?」



 しばしの沈黙の後、ようやく妾は口を開いた。


 ジョーカーの首が前にカクッと動く。多分、頷いたのであろう。これは。


「ルシアン・シュカ・ディルク・ラスシェングレ殿です」

「また出たぞ、長い名前……」

「お呼びですか」


 出た。本人が。


 正直に言えば、出ないで欲しかった。妾はすでに散々、衝撃を受けたところじゃ。ジョーカーの始めた話はまだ序盤も序盤、重要なことは何も解明されておらず、今後の話を思えば不安と不安と不安しか覚えておらぬのじゃが、事実を知らずにおくという選択肢はない。今この場で、妾はこれ以上、動揺させられて消耗したくはないのじゃ……


 そう思いながら振り向くと、そこには見慣れた美少年が立っておった。


 ……見慣れてはおるが、やはり慣れないのう。


 今日も完璧な美貌じゃ。冷え切った石で出来た彫像のようで、かえって色香を感じない。神殿の奥に飾ってあれば、さぞかし(信仰的な意味で)モテるであろうが、女子の群れに投げ込まれたら逆に誰にも触れられぬのではないか。いや、雅仁も同じように、学園中の女子に遠巻きにされておるというが、あれはあれで、また別の事情が……



「改めて名乗りましょうか? 今まで、姫の前ではルシアンとしか名乗っていませんでしたからね。……ルシアン・シュカ・ディルク・ラスシェングレ、銀河帝国四大公爵家の一つ、当主の座を預かっております」


 余計なことを考えて、気を散らしておった妾の前で、ルシアンの薄い唇が冷笑じみた弧を描く。




 ……これが妾の婚約者じゃと。


 ちっとも慣れる気がせぬ。


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