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第二十一話 ぬいぐるみ虐待、ダメ絶対

 結論から言うと。


 エルド教官の正体には気が付かないまま、雅仁はボコボコにされた。





 それはもう、惨いものであった……


 妾がちょっと泣きそうになる位にはな。なけなしの上司の威厳を守って、なんとか我慢はしたがの。


 表情が歪まぬように口の中をグギギと噛み締めていたら、隣で見守っていたルシアンに「……姫、妙な顔をなさっていますが……お腹でも空いたんですか?」と尋ねられたことは思い出したくない。


 良かったことといえば、途中で守がレベルアップして新たなスキルを覚えたことぐらいじゃ。それが良かったこと、と言えるのかどうかはやや疑問なのじゃが。大切な主君がボコボコにされたせいで、守護役として燃え滾る悲憤が溢れて能力開花したらしい。そのお陰で、残酷指定されて丸々放送カットされるような事態はギリギリ免れたのである。


(エルド教官も、それなりに手加減しておったようじゃしな)


 得意武器らしい魔力ワイヤーとやらも、結局持ち出されずに終わった。実際にそんなものが登場していたら、真に放送禁止の事態に陥っていたことじゃろう。まだ一回も登場していないくせに、存在が匂わされるだけでエルド教官の闇が深まっていく魔力ワイヤー、想像したくもないが恐ろしい武器じゃな……


 ともあれ、いかに教官が手加減をしていようが、そんな彼を相手にヒーローたちは手も足も出なかった、という現実に変わりはない。


 妾が女子組と結んだ共闘は、セイランが封じられたと同時に解かれたらしい。新たな敵として登場したエルド教官は妾の部下のまま、何一つ記憶を思い出せぬ妾もまた、この世界では悪役のままじゃ。



「リリス……」



 ボコられつつも妾の方を見て、苦しげに呟いた雅仁を見て、妾、心が痛まなかったわけではないのじゃが。


(すまぬ、お兄ちゃん……妾の手にも負えぬような最凶キャラを部下にして連れてきて、お兄ちゃんをボコらせ、命の危機にまで追いやってしまってすまぬのじゃ……。恨むなら妾ではなく、悪の組織の人事を恨んで欲しいものじゃが)


 じゃが、直接そうと謝ることもできぬ。


 死屍累々。ぐったりと倒れ伏すヒーローたち。どよめく観衆。叫び立てるレポーター。


(これが地獄か)


 そして妾は重苦しい気分のまま、にこにこと笑う邪悪な教官に手を取られ、はぐれた幼稚園児が引率されるかの如く悪の組織本部まで強制帰還と相成ったのであった。








(結局、ヒーローたちの目は節穴であったか……)


 情報過多の一戦を終えて、疲労のあまり自室の机に突っ伏した妾。


 まず、一番に思い浮かぶのがそれである。


(どう見ても、エルド教官はエルド教官であろうに。むしろ、別人物だと思い込む方が難しくないかの?)


 両眼に包帯こそ巻いておるが、それ以外の身体的特徴は何一つ変わりない。細身ながら、ばねが効いているというのであろうか、張り巡らされた緻密な筋肉を感じさせる。喋り方も同じ。魔力を練って繰り出す武器も、相手を嘲笑うかのようにスイスイと避ける身のこなしも同じ。


 雅仁は妾を「リリス」だと言うが、「リリスとは髪の色も目の色も違う」らしい。それで何故、妾をリリス認定したのじゃ? 節穴のくせにのう?



「妾をリリス呼ばわりしておいて、無名殿をエルド教官と認識できない理由は何なのじゃ?」

「愛情の差では?」

「愛情? 雅仁は教官殿を深く敬愛しておったではないか。心から、立派な先生だと慕っておったぞ?」

「言い換えれば、慕っている相手の本性も見抜けないぐらいの薄っぺらさであったということなのでは」

「なるほどのう……」



 頷いた妾、状況に気が付いて、ハッと目を見開いた。


「いや待て……ジョーカー! 何を平然と、普通の顔をして妾と会話しておる」

「参謀なのですから当然です」

「いや、そうではなかろう……! 参謀は参謀、じゃが! そうではなくてじゃな?!」


 常の通り、ジョーカーは表情の読めぬぬいぐるみ姿のまま、妾の机の上に座っておる。


 なかなか激しい戦いに巻き込まれたはずじゃが、埃にまみれている様子もない。いつものように毛並みはふんわり、小さな眼鏡は曇りなく透き通っておる。


「……今日も綺麗なものじゃな」


 妾、ジョーカーが部下になった時点で、いつか自分の部下を丸洗いするか、ぬいぐるみ用スプレーで掃除しなければならない日が来るじゃろう、と覚悟を決めていたのじゃが。


「身だしなみには気を使っておりますので」

「いったいどうやって……? いや、その話はまた今度でよい。それより、どういうことなのじゃ、ジョーカー」


 妾は詰め寄りたくなる気持ちを抑えて、厳しく詰問する口調で問うた。


「お主は色々なことを知っているようじゃな? 妾を裏切っていたとは思えぬのじゃが、どうしてこれまで黙っておった? お主は何者なのじゃ?」

「では、改めて名乗らせて頂きます」


 妾の目の前で、黒いぬいぐるみは床に跪いた。


 机から飛び降り、首が長いせいで不安定にも見える体を動かして、床にへにょっと頭を着けたのじゃ。


「ジョーカー・ノーサーダ、乳兄妹兼護衛騎士として、幼少期からレジーナ様をお守りして参りました。現在は銀河帝国騎士爵を拝命しております」

「ま、待て、止め」


 喉の奥で、声が突っ掛かって途切れた。


「それは駄目じゃ。や、や、止めるのじゃ……!」


 名乗りなどどうでもよい。どうでもよくはないが今はどうでもよい。


 それよりも!! ぬいぐるみが、そんなに綺麗でもない床の上で妾に向かって跪いている、この状況がたまらなく嫌じゃ。衛生的でもなし、それに妾が可哀想なぬいぐるみを虐待しているかのように見えるではないか……!


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