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第二十話 強キャラ、野放し状態

 スポットライトは輝かない。


 その代わり、いささか不自然なほど、エルド教官の上に重苦しい影が掛かっていた。包帯の巻かれた、細面のすっきりした顔立ちが闇に沈んで、その笑みもやや不明瞭に見えるほどじゃ。


 それが、やはり音も立てずにこちらに向かってくる時、一瞬だけ眩い青空を背後にして明るい光に晒された。象牙色の顔が浮かび上がる。そしてまた瓦礫の陰に入って沈む。



(下手にスポットライトを浴びるより、これはこれで際立つ登場じゃな)


 ただ単純にスポットライトを光らせただけの妾が一番、今思えば地味な登場だったのではないかの?


 上司の妾を差し置いて、妾の部下たちは全員印象的な登場をしおったではないか……


 しかも、妾の正体という特大の爆弾が持ち込まれて、周囲の目が痛いほど集中して浴びせられているこの時、この瞬間に、悠然と現れるとは。


(隠しボスのような振舞いではないか)



 そして、頭が痛いことにこの隠しボス、ジョーカーの発言を深読みするとすれば、妾の魅了に掛かっている疑惑があるのである。



(……本当に? こやつ、強キャラではないか。何を考えているか分からん、何も心中を読ませないこやつが、あっさりと妾の魅了なぞに掛かったりするものかの? 雅仁の方が余程強い魅了スキルを持っているらしいのに、雅仁に魅了されている様子もないし)


「レジーナ、下がってください」


 表情を殺して考え込む妾の横を通り抜けながら、エルド教官が柔らかく微笑む。


「貴女はこの組織にとって、無くてはならない存在です。そう簡単に連れ去られるわけにはいかないのですよ」

「無名殿……」

「レジーナを連れて行くというのなら、私がお相手いたしましょう」


 「お相手する」という言葉自体は、至極穏当な響きをしておるが、こやつが口にすると「全員首を落とす」という意味を含んでいるような気がしてならない。妾、考え過ぎじゃろうか……? いやしかし、ヒーロー側に立っていた時から、こやつはたまにえげつない中身がはみ出しておったしな……



 そして、ヒーローたち以外の人間はそのことに気付いているようじゃ。ジョーカーは押し黙って気配を消しておるし、ルシアンはもはや出番は去ったとばかりに千の執事を引っ込めている。完全に静観の構えじゃ。セイランは、といえば──



 ザシュッ!


 問答無用でエルド教官に斬り掛かった。


 誰も止める余地が無い。というか、誰も止める気が無い。


(相手が女子組なら助けにも入ろうが、エルド教官相手ではな)


 どう考えても、この状況、エルド教官の方が優勢であろう。



 とはいえ、すでに多大なダメージを負っているというのに、セイランの動きはまことに機敏なものである。本来であれば、手負いの猛獣のようなものであろうに……いや、よく見ると、片手をろくに使っておらんな。到底、本調子とは言えない状態のようじゃ。


 それに引き換え、エルド教官には余裕がたっぷりとある。軽やかな動きで、セイランの攻撃をいなし、受け流していく。まるで舞踊でも踊るが如くじゃ。その手からは無数の魔力武器が生成されては飛び道具となり、盾となって消えていく。そのうち生成されたのは、禍々しい黒い爪を持った手……いや、幅広の黒いリボンじゃな。何やら蠢いておる気がするが、気のせいじゃろう。直視すると心臓に悪いので、妾はあまり目の焦点を合わせたくない。


 その黒い手……いや、リボンでセイランの巨体を縛り上げ、壁の一角に固定すると、エルド教官はおっとりとした笑みを浮かべた。


「今の貴方と、事を構えるつもりはありませんよ。圧倒的に私の方が有利ですからね。この状況で戦えば一方的に痛めつけるだけで、幾ら私でもいささか胸が痛みます」

「ほざけ、この薄笑い男が!」

「おやおや」


 確かに、おっとり笑いというより、薄笑いじゃな。ふてぶてしさと胡散臭さを煮詰めたような笑みじゃ。


 その笑みを貼り付けたまま、エルド教官が痩せた肩をすくめた。


「しばらくそのまま、縛られていて下さいね。後で、総裁(ボス)の元に連れて行ってあげましょう」


 連れて行って、どうするのであろうか。


 調教が、始まるのであろうか……


(いやいや、妾の気にするところではないな)


 上司として、部下の動向は把握しておくべきなのかもしれぬが、妾、出来ぬことは早々に諦めておくべきだと思うのじゃ。


 エルド教官が、妾に尻尾を掴ませるようなことをするはずがない。それは、妾とエルド教官の力量の差から言っても歴然としておる。敢えて妾に正体を匂わせてくることがあったとしたら、それは何らかの思惑あってのことであろう。妾、そんな思惑にあまり乗せられたくはないのじゃ。



(それより、雅仁じゃ!)



 エルド教官の正体を見抜き、その行動に制限を加えることが出来る者。そんな者がいるとすれば、それはヒーローたちのうちの誰かであろう。


 教官の正体に気付いて、「先生! どうして悪の組織なんかに!」とか言って欲しい。


 「先生が裏切るはずがない!」とか「何か考えがあるんですよね、先生?」とか言って欲しい。それが全国的に放送され、教官の動きに注目が集まり、やがて悪の組織側でもエルド教官を疑わしき眼で見るようになり、彼は大っぴらに行動しづらくなる……といった展開を希望じゃ。



 普通、こういう時のヒーローたちの目は節穴なものじゃ。目の前に因縁の相手がいても気が付かない。マスクをしていれば別人。


 それがお約束というものじゃが、雅仁は妾の正体(?)を見抜いたのじゃからな!


 予想より慧眼といってもいいのかもしれぬ。


 ならばきっと……と、妾がちょっとぐらい期待したのも無理はなかろう。


(さあ、雅仁・セイレスお兄ちゃん! 今こそエルド教官の正体を見抜いて、この野放し状態の強キャラを引き取って欲しいのじゃ!)


 妾、キラキラした眼差しを雅仁に向けたのであった。


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