第十六話 全世界これ総野次馬
「おはようございます! 今日も元気に、MHC! 現地から生放送でお届けいたしまーす!」
やたらとテンションの高いお姉さんの声が響き渡る。
「今日はなんと! 見て下さい! ○○駅に大きく出現した陥没部分、そこでたった今、この時も激しい戦闘が行われているのです!」
──わああああ! すっげえ!
──生戦闘!!
興奮冷めやらぬ観衆たちが拳を突き上げる。その頭上へ、耳障りな爆音を響かせながら、報道局のヘリコプターが近付いてくる。
分かっていたことなのじゃが。
この世界の住民たちは皆、ひどく物見高い。全世界総野次馬じゃ。
ヒーローたちを中心に回るこの世界では、いつどこで悪の組織が現れ、激戦が交わされるか分からぬ。しかし、誰もがその戦いを見ていたい……あわよくば参加したいのじゃ。死にたくはないが、ちょっと爆風を浴びて吹き飛ばされてみたい……そんな風に思うらしい。いきおい、どこの市街地も巨大なテレビジョンを乱立させ、四六時中、行き交う人々がヒーローたちの活躍を見られるようにしておる。
この駅前も例に漏れず、幾つかテレビジョンを設置しておったらしく、瓦礫の積み重なる向こう、青空の下、妾たちを覗き込む熱心な観衆どもの背後にも、その巨大な映像が垣間見えておる。
今、そこに大きく映し出されているのはルシアンじゃ。
膚の肌理がくっきり映りそうなほど至近の映像を撮られても、その美少年ぶりは完璧で、僅かな翳りすら見当たらない。天使画のようじゃ。妾が撮影担当だったとしても、間違いなくルシアンを撮るであろう。それは分かるぞ。とにかく画面に映えるし、視聴率が稼げるであろうからな。
(明日からは新聞や雑誌の表紙を飾り、ネット界隈は沸騰し、非公式のブロマイドが山ほど出回るであろう)
「初めて見る姿ですが、なんとも綺麗な少年ですね……見惚れてしまいます……。そして、その正体とは?! 悪の組織の一員なのでしょうか?! 名前は? 恋人は何人いるんでしょうか? 背後に控える悪の組織幹部とおぼしき少女との関係は? 分からないことばかりです!」
「きゃー」
嬉しそうに叫ぶお姉さん。黄色い声を上げる観衆たち。
……これ、放置しておいて良いのか、ルシアン? まあ、ルシアンなら慣れていそうではあるが。
そして、妾の方といえば……
「女子三人組に共闘を申し込む、じゃと?!」
「はい。疑問はありましょうが、今はただ私の策に従って下さい」
「わ、分かった!」
確かに疑問は尽きぬが、参謀役に従うと決めた以上、妾に否やはない。
誰もが苛烈な戦闘に目を奪われておる。そこからなるべく距離を置くように、アキが小さな防衛用ロボットを並べてガードを作っていた。妾が近付くと、甲高い警告音を上げ、足元を右往左往する。玩具の兵隊のようなそやつらを蹴飛ばさないよう気を付けながら、妾は数歩空けた場所から大声で呼ばわった。
「夏峰一果、長都アキ、葉垣ゆかり! 共闘を申し込む!」
この世界で、共闘を申し込むための正式な作法なぞ知らぬ!
ともあれ、躊躇っている時間はないのじゃ。
妾が視線を合わせると、迎撃の体勢に入っていたいちかが目を見張り、しばらくしてすっと構えを解いた。彼女が口を開く前に、
「あの狂戦士を倒すために、私たちと共同戦線を張ると? あの人は、あなたの部下なのでは?」
アキが冷静な言葉を差し挟んでくる。
妾は苦渋の表情を隠さず浮かべた。
「見れば分かるであろう。妾の手に余る」
明らかに、悪の組織は配下の配置図を間違っておる。今度、総裁に拝謁したら、この誤りを正すよう、切々と訴えねばならん。娘の妾とて、総裁にはなかなか会うことができないのじゃが。
「私、レジーナちゃんと一緒に戦うよ!」
瞬時に心を決めたらしい。いちかが力強く宣言した。背後でゆかりが「えっ、ちょっと待っ」と動揺した声を上げきる間もなく、前に進み出て、妾の手をがしっと握る。
「レジーナちゃんはいい子だって、私、なんとなく分かるから!」
えええ……?
そうかな……
妾、悪役なのは確定じゃし……
「できれば面倒事は避けたい」「できればのじゃロリやめたい」とは常々思っておるが、どう考えてもいい子ではないのじゃが……
(まあ、よかろう)
妾は小さな手で、いちかの手をぐっと握り返した。
「共闘成立じゃな」
「分かりました。いちかが決めたのなら、私はサポートに回ります」
「えっ……あんたたち、勝手に決めて……しかも悪の組織と共闘なんて……どういうことなの」
ゆかりが戸惑いつつ、この場で常識的なことを言っておるが、完全に他の者に無視されておる。
「おお、なんと!! 悪の組織とヒーローたちが一時的に共闘関係を結んだようです!!! これは、今後の関係図に一波乱があってしまうのでは?!」
お姉さんが絶叫している。
おおおおお!
とてもやかましい歓声が一斉に上がる。
(まあ、そうであろうな)
悪の組織とヒーローたちの共闘。本来ならば、物語も終盤に掛けて、第二、第三の敵が現れたときに起こるアツい展開、であって欲しいものじゃ。
それがこの序盤で、たかが悪の組織の仲間割れを回収するために起きておる。本来のシナリオライターがいたとしたら、すまぬ……すまぬと言っても、妾は追い込まれた被害者意識が強いので、まるで反省する気はないのじゃが。
そんなことを考えておる妾の腕の中で、ジョーカーがくいっと前足を上げた。
「共闘が結ばれました。従って、これよりレジーナ様のスキル:皇女の威光が発動します」
「はっ?」