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第十五話 「人がゴミのようだ」と言いそうだと思っておったぞ

 そもそも、あちこちに崩落が生じた結果、頭上に走った亀裂から薄っすら青空が見えている状態ではあったのじゃ。


 それだけであれば、隔離されたこの場所で、我々がどんなに過激な戦闘を繰り広げようが、物見高い観客たちの目に直接晒されることはなかった。女子組のヒーロースーツに取り付けられた実況機によって、逐一、全国のお茶の間に状況は伝えられたであろうが。


 そこに、容赦なく天井をぶち抜いて登場したルシアン。


 ここに至るまでに、全く遠慮なく各所の壁を破壊してやってきた殺人鬼……もとい、セイラン。※現在進行形で壁を破壊中


 気が付けば、随分と、周囲の風通しが良くなっていたのじゃ……





(わ、わあ……)




 眩い。


 地下道を満たす人工の光ではなく、早朝の青空じゃ。思わず目をこすりたくなる。


 我々は地面より低い、もはや残骸じみた地下通路の中で対峙しておる。人々はパックリと開いた天井の向こうから、地下の闘技場を見下ろす観衆の如く、ひしめき合ってこちらを覗き込んでおる。妾、観察される珍獣の一匹になった気分じゃ。


 通勤途中の会社員たち、サボりを決め込んでいそうな学生たち、しきりとこちらに手を伸ばしておるが、必死の形相をした親たちに抱きとめられている子供たち。無数の頭が断崖絶壁に鈴なりになっておるようにも見えるのじゃが、転がり落ちたりはしないのじゃろうか。漠然と不安を覚えてしまう。


 そして、妾がこの世界に転生して、これだけ多くの観衆の目に晒されたのは初めてじゃ。


 自ずと鼓動が早まった。ぎゅ、と腕の中のジョーカーを抱き締める。


「下がってください! あまり端に近付くと危険です!」


 慌てたように、拡声器を持った連中が叫んでいるが、人々の興奮は鎮まらぬ。


 カシャカシャ! とシャッター音が鳴り響く。ヒーローたちも妾たちも、最初からプライバシーを切り売りされているような存在じゃし、肖像権とかないんじゃろうなあ……


「……」


 内心、ドキドキしておるのは妾だけのようじゃ。ヒーローたちは見られることに慣れておるし、ルシアンもまるで意に介しておらぬ。そして、強者との戦いしか頭にない狂人、もといセイランはなおのこと……


「参る」


 半弧を描く剣の後ろ、



 カグツチ 神鳴



 ピカリと輝いた太文字、それはまさしく、


(漫画の戦闘描写でよく出る「アレ」じゃな!)


 必殺技を使う時に、画面いっぱいに文字が出るやつ。何らかの説明をこじつけるとすれば、恐らく、周囲に吹き荒れる強圧が文字の形となって顕現したのであろう。もしくは例のごとく、この世界に点在するファンタジー的な演出なのか。


 ともあれ、毎回、大声で必殺技をのたまうよりは恥ずかしくないかもしれぬ。


(妾も、ああやって文字を出せんじゃろうか……)


 明らかに気が散っている妾の前に立ち、すっと手を伸ばすルシアン。


 こちらはシンプルじゃ。特に必殺技を叫ぶこともなく、両眼を細めるのみ。


 金の光が迸った。


 無数の剣筋がきらめく。


(結局、何も言わずに技を発動させるのが一番かっこいいような気がするのう)


 いっそ繊細にも見える細かな光が鋭利な武器となって襲い掛かる一方で、荒々しいセイランの剣圧が暴風となって一帯を圧し潰す。周囲の被害は甚大……のはずなのじゃが、ぱらぱらと瓦礫の欠片が落ちて、妾の上に掛かる前に弾き飛ばされてゆく。


(ルシアンか?)


 妾だけではない。歓声を上げる野次馬たちや、ヒーロー女子組まで守護するように、時折、仄かに輝いては余波を防いでいるものが見えるのじゃ。


 ルシアンの執事たちであろう。余計な犠牲を出さず、命を守りながら戦う。悪の組織とは思えぬ、非常にまっとうで良心的な戦い方じゃ。



(ひょっとして……妾は、ルシアンのことを誤解しておったのか……?)



 妾、ちょっと吃驚した。



 なにしろこれまで、妾はルシアンのことを、奈落の底に落ちていく人々を冷然と眺めながら、「人がゴミのようですね」位のことは言いそうじゃな、と思っておったのである。大体の創作物において、ショタというのはサイコパスと同義、みたいなところがあるしの(※一個人の意見です)


 じゃが、こうして見ると、サイコパスとは程遠い。しかも強いしの。見守ることしかしておらん妾じゃが、周りを守りつつもルシアンの方が優勢であることは分かる。


(……かっこいいではないか)


 妾がほう、と息をついたとき、



「フ……はははは! 良き! たかが小僧と思っていたが、不足なし!」


 明らかに悪役、それもそこそこ強いボス敵の台詞を吐いて、セイランが呵呵大笑し始めた。未だ崩れずに立っておるが、全身に傷を負い、片足を引き摺っておる。そろそろ失血量を案じた方がよいのではないか、という状態じゃ。


 対して、ルシアンは傷一つない。無数の金の影を操りながら、高みに佇むその姿は孤高の司令塔そのもの、そして不動。どこからどう見てもルシアンが圧倒しているように見えるのじゃが、


「レジーナ様」


 胸に抱いた参謀が、妾の注意を惹くように妾の腕を叩いた。


「セイランの唯一のスキル、ベルゼルガが発動します」

「なんじゃそのスキル。いや、なんとなく推測はつくのじゃが」

「一定以上のダメージを負うと狂戦士化し、攻撃力が倍増するスキルです」

「そうじゃな、そんな感じの名前のスキルじゃな!」


 スキル発動せずとも、もともと狂戦士のようなものであったではないか……などと言っている場合ではない。


 ルシアンの顔色は一見、変わっておらぬように見えるが、至近距離で見ていた妾には何となく察せられるものがあるのじゃ。


(こやつ、無理をしておる)


 いつものように冷笑じみた顔を揺るがせておらんが、普段のような余裕が感じられぬ。石膏のような白い肌から更に血の気が引いて、人工物めいた青みが増しておる。


 そもそも、ルシアンは妾より数歳年上に過ぎぬ少年じゃ。セイランやエルド教官とは、体格も戦闘の熟練度も何もかも比べ物にならぬ。それを補ってなお有り余る才能、というのが存在するのかもしれぬが、普通に考えて、強さの代償として何かを削っておると考えるのが当然の帰結ではないか。


 それが何かは分からぬが……


 いや、分かりたくないのかもしれぬ。なぜかというと……


(命を、削っておるのではないか)


 容易に思い付くとすれば、それじゃからな。


 妾の部下が命を削っておる。それがセイランのような狂気の産物であればまだ良いが、妾と周辺の民を全て守り切った上での犠牲じゃ。それを思うと、不愉快な熱じみたものがざわざわと身体の奥を走り抜け、妾を非常に苛つかせる。


(妾はこやつの上司じゃ。妾は何をしておるのじゃ)


 幾ら力不足といっても、このままでは、黒の女王の面目丸潰れじゃ!


 不本意ながら、妾一人の頭では、この状況を打破する策が思い付けぬ。じゃが、こんなときこそ役に立つべき部下が、妾に与えられていたはずなのじゃ。


 ぎゅっと抱いて、ぬいぐるみの耳に向かって囁き掛ける。


「ジョーカー。策を献じるがよい。妾の参謀役らしきところを見せてみよ!」

「かしこまりました、レジーナ様」


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