第十四話 妾より派手な登場をするのが流行っておるのか
文字通り、上から降ってきたのじゃ。
青白い光が幾筋も、流星のように降り注ぐ中、天の河を滑り降りるような仕草で、夢の産物のように完璧な美少年が降りてくる。その途中で、妾の結界の一部をぐしゃ! と割ってな。
(こやつ……登場の仕方が妾よりかっこよくて幻想的なスポットライトを浴びている上、妾の敷いた結界を「あれ、何か今、薄いものを踏んじゃいました?」みたいな雰囲気で踏み躙りおった)
許せん。いちおう妾の味方の登場なのじゃが。許せん。
どのみち、御せていない以上、味方だとしても心強いとは言いかねるのじゃが。
妾はジト目でルシアンを見た。
「何をしに来たのじゃ、ルシアン」
「それは愚問というものではないですか? 崩落に巻き込まれた上司を探しに来たのですが、何故冷たく当たられているのか分かりませんね」
「……それもそうじゃな」
ルシアンの立場上、妾を探すのは当然であろうし、見つけた上司が戦闘中であれば、加勢するのも当然のことであろう。
悪いのは、基本的にセイランとエルド教官じゃからな。
その二人を思うように御せぬ妾が力不足なのじゃ、と言われるかもしれぬが、妾はまだその点は認めたくない。
「すまぬ。気が立っておった」
「心中お察ししますよ、姫」
ルシアンの口調はなだらかで、言葉は物柔らか、そして目の奥はいつものように笑っておらぬ。そして、おもむろに女子どもの方に向き直ると、
「では、千の執事で……」
「待てええええっ、ルシアン!」
「何故止めるんです」
「確実にオーバーキルじゃ!」
ルシアンの固有技はえげつない。この場にいる女子どもは完膚なきまでに叩きのめされるであろうし、ひょっとしたら骨すら残らんかもしれない。妾たちが戦わずに待機しておったのはそういうことじゃ。妾はともかく、部下どもの戦闘能力は全員最高ランクの推測値を報告されておる。
ここでこやつらを殺ってしまえば、全世界的放送事故じゃ。
妾はルシアンの腕を掴み、無我夢中で抱き込むようにぐいぐい引っ張った。
「退くぞ、ルシアン! この場に長居は無用じゃ」
「姫……しかし」
おそらくヒーロー法は適用されることじゃろう。そう信じたい。できれば、ロボマニアという設定のある水色女子、長都アキが破壊ロボでも繰り出して、この辺りの破壊された壁やら天井やらの穴をもうちょっとだけ、広げてくれたら良かったのじゃが……
と、妾が思った瞬間。
ドゴオッ
壁をぶち破る音がして、地下通路の重厚な壁に風穴が開いた。
「戦いの……匂いがした。俺に斬られたい者はどれだ……」
どうやら、破壊活動を加速するのは妾の部下のようである。
なかなか思うようにはいかないものじゃ。
血と戦いに飢えた狂戦士のような発言をしながら、ゆらりと現れた巨体。片目を覆う眼帯に、抜身の刀。
純粋で剥き出しの攻撃力だけを計測すれば、妾の部下でも最強のセイランじゃ。
小器用なスキルを持ち合わせているわけではないが、戦場における威圧感は随一。戦いの気配を嗅ぎ取って、裡なる戦闘本能が全開になっておるのか、うっすらと禍々しい闘気がまとわりついて、一歩足を踏み出すごとに周囲の瓦礫が震え、床がべコリと凹む。もはやラスボスの風情。それを目の当たりにした女子組が怯え上がって、いちかとゆかりがぎゅっと手を握り合った。
「きゃ、きゃあ……」
「さ、殺人鬼……ま、ままま負けませんわよ」
(足がぷるぷるではないか……)
女子組とて弱くはない。一般人と比べれば、という話じゃが。ゲームのRPG風に言えば、セイラン、ルシアン、エルド教官のレベルが100だとすると、女子組のレベルは20前後。一般人の平均が1~5くらい、と見てよかろう。
なお、守とジョーカー(ぬいぐるみ化)が30後半、雅仁と妾は40程度である。倍以上のレベル差がある部下を複数抱えておる妾もちょっと可哀想と思うのじゃが、5倍の差がある敵と直面した女子組が気の毒すぎる。
(これ、「ゲーム序盤に勝てない強敵が現れる」って現象ではないか)
本来、ヒーローたちのレベルがもっと上がるまでは起きるはずのなかった出会いである。ここでセイランが女子組を手に掛けてしまったら……シナリオが完全に崩壊する。その時、世界の強制力は、どんな判断を下すのじゃろう……
「セイラン! 退け! 上司命令じゃ!」
「ふん」
妾は鋭く命じた、はずだったのじゃが。
こちらをチラリとも見ずに、鬱陶しそうにセイランが剣を振るった。妾の耳のすぐ傍を、「キン!」と剣圧が走り抜ける。
ゴオッと音がして、妾の背後で壁が大きく吹っ飛んだ。
パラパラと、細かな破片が降り掛かる。
(この……脅しのつもりかの?!)
冷や汗が、じんわりと額に滲んだ。
上司相手に、なんたる真似をするのじゃ。狂人め……!
「……随分と、野蛮な真似をする」
拳を握り締めて、しかし何も言えない妾の代わりに、ルシアンが一歩前に進み出る。
「姫、この猛犬は鎖を付けて柱に括り付けておいたほうが良いのでは? ご命令頂ければ、僕が手を下しましょう」
「小僧が相手か。まあいい、それも一興だ」
空気が張り詰め、ピリピリと威圧を含んで、爆発前の静けさを孕み──
ワアアアア!
唐突に、耳を劈くような歓声が響き渡った。
「仲間割れか?!」
「すげえ、新キャラだ! あれ、剣豪キャラか? やっぱり日本刀だよな」
「び、美少年! 半ズボン!」
「キャー、眼福」
「凄い、本物の戦闘が間近で見られるなんて!」
「録画録画!」
有象無象。
一斉に、興奮しきった観衆たちの、無数の声が降り掛かってきた。