第十三話 妾の登場シーンに野太い歓声を添えるな
この世界では、重要人物の登場時には、その上から謎のスポットライトが当てられるようになっておる。黒子もおらんのに、自動的にそうなるのじゃ。光源はどこか? 全く分からぬ。これがファンタジー世界というものか……
じゃが、番組のシナリオも「放送枠」もすっ飛ばした登場ゆえに、妾の上にスポットライトが掛かるかどうか、これはいささか分の悪い賭けだと思っておった。最悪、地味でしずしずとした登場になることも覚悟しておったのじゃが……どうやら、世界は妾を認めたらしい。妾が一段と高く積み重なった瓦礫の上に陣取ると、カッ! と眩い光が照り輝いた。
……ふう。
ホッとして、思わず緩んだ口元を引き締める。
(まあ、妾はこれでも中盤ボスじゃからな。当然当然)
「ふ、鈍い女子どもじゃのう」
嘲るような妾の声に、ハッと振り返り、迎撃体勢を取る女子組。
「え、悪の組織?」
「だ、誰?!」
居並ぶ瞳が見開かれ、妾の姿を映すと更にその驚きの色を濃くした。それはそうであろう。彼女たちの目に映るのは、精緻に造られた人形のようなゴスロリ少女。本物の宝石を胸元に光らせ、ガーターで吊るされた長靴下と短いスカートの間には、ほっそりした白い太腿が垣間見えておる。
漆黒のツインテールを掻きやりながら、妾はくふふ、と笑みを洩らした。
「初めまして、じゃな。地球防衛軍の女子ども。妾は誇り高き悪の組織ジャンガリアンの最高幹部、世に恐怖を振り撒く黒の女王レジーナじゃ。傅け! さもなくば、無力に慄くがよい!」
ワアアアアアアアア!
うおおおお!
我らが女王! レジーナさまああああ!
「……」
完璧な登場シーンにご満悦であったはずの妾、スンと真顔になった。
腕の中で、ジョーカーがポチポチと謎装置のボタンを押しておる。
どこからか沸き起こる大観衆の声は……なかなかリアルで臨場感に溢れておるのじゃが、野太い。とても野太い。
(……一体、どこで収録したのかのう)
場を盛り上げようと頑張ってくれている参謀には申し訳ないのじゃが、何故これで行こうと思ったのじゃ、ジョーカーよ……
「じょ、女王様?!」
「な、何たる威厳……只者ではなさそうですね」
どうやら女子組には効果的であったらしい。助かった。
妾は一度、短く息を吐き、朗々と宣った。
「膝をつけ! 妾は女王であるぞ! 封土、開始!」
妾のサブ武器、「女王の宝笏」から光が溢れ出す。
黒薔薇の花びらを纏いつかせた魔力が渦となって収束し、指定範囲を線上に囲むように走り抜ける。妾を中心にして、数メートルの四角いフィールドとなって広がる結界を築く黒魔術じゃ。妾の魔力レベルはそれほど高くはないゆえ、何度か攻撃を受ければ壊れてしまうが、どのみち、長く持たせるつもりはない。結界の外にいる雅仁と守をしばらく足止めするには、これで十分じゃろう。
「結界?!」
ゆかりが警戒の声を上げる一方で、脳筋であるいちかがすぐさま剣を抜いて結界を斬りつけている。効果がないと見て、妾に向き直るも、躊躇いの色がその顔に浮かんだ。
「えっ……こんな小さい子を斬るの……やだな」
「そんな甘いことを言っている場合じゃないでしょう!」
ゆかりが声を張り上げて、妾に向かって発砲してきた。
こっそり麻酔弾に詰め替えている辺り、ゆかりも十分に甘い女子じゃ。まあ、正義の味方が血も涙もない冷血漢では困るし、視聴者の子供たちも泣いてしまうからのう。
「天算:ジャッジメント」
妾の腕の中でジョーカーが短い前脚を「クッ」と曲げて、防御の技を繰り出す。
光り輝く計算式の網に捕らわれて、ゆかりの撃ち出した弾が空中分解されて落ちた。その欠片をわざとらしく踏み躙り、ジャリ、と音を立てながら妾は不敵に微笑む。
「この結界の中では、妾に攻撃は通用せぬ。諦めて膝をつけ。跪けば、見逃してやろう」
──嘘じゃがな!
この結界に、攻撃を防ぐような付加効果はない。これは妾のハッタリである。
そして、こやつらが膝をついた瞬間、妾は疾風の如く逃走する気満々である。
(もうちょっと、武器を交えておいた方が良いかのう?)
武器を黒薔薇の鞭に持ち替え、身構える。ぐっと息を詰めるいちかとゆかりの後ろで、アキはひたすら小さなキーボードで何かを打ち込んでおった。アキはデータキャラじゃから、初回の遭遇では情報集めに専念して、何も仕掛けて来ぬじゃろうと思っておったが、その通りの展開じゃ。残り二人だけであれば、妾とジョーカーの方が圧倒的に能力値が上じゃ。十分に転がせることじゃろう。
(雅仁と守が到着するまで、遊んでやってもよいかな)
ふ、と悪役らしい笑みを浮かべた瞬間。
ピシ、と結界がひび割れる音がして、聞き慣れた冷ややかな少年の声が降ってきた。
「……姫。こんなところでのんびりと、お遊戯の最中ですか?」