第十ニ話 妾、自分史上最速早口
「ジョーカー。位置情報を出せ」
「はっ」
ぬいぐるみ参謀が短い前足を「クッ」と動かすと、我々の前方、空間上に情報ウィンドウが開かれた。
大まかな地下通路の地図、それに赤く光る点が五つ。ヒーローたちの位置情報じゃ。
「雅仁・セイレス・ジェス・アヴァルティーダおよび吉影守は、先行する三名より一キロほど後方から、こちらに向かって進行しています」
「あの二人だけ遅れているのは、何か理由があるのかの?」
「お待ち下さい。十秒ほど、実況機をハッキングした映像を流します」
情報ウィンドウに重ね書きするようにして、やや粒子が粗い映像が流れた。
ここが、妾の知っている「現実」ではありえぬ、異世界じゃと確信する理由の一つなのじゃが。この世界は、常に「生放送」である。
ヒーロースーツには「実況機」が付けられており、戦闘中は全世界中に向かって映像が垂れ流されておる。プライベートはまあ……地球防衛軍の適時判断、というところじゃな。お茶の間に相応しくない、あまりに過激な映像も自動的にカットされるらしい。よって、セイラン辺りが剣豪映画よろしく血飛沫を上げながらズバズバ袈裟斬りしたところで、永遠に放映されぬ、ということじゃ。
ジョーカーは、その実況機の映像を横流ししたらしいのじゃが、接続があまり上手くいっていないようじゃ。画像は乱れ、靄だか渦だかあまり判別出来ない光景の中で、音声だけが比較的はっきりとして……
──────
『雅仁様。なりません』
少しくぐもった音質で、守の堅苦しく強張った声が聞こえてきた。
まるで怒っているような声じゃ。守は頑なで真面目な性格、ということなので、これが通常の喋り方といえばそうなのじゃが、そこに今はどこか、切羽詰まったような響きが加わっている。
『守……あまり硬いことを言うな。いいだろう?』
『良くありませぬ! お止めください、雅仁様……』
『ほら、守……』
『だ、駄目……お聞き分け下さい、雅仁様!』
『守だってなかなか私の言うことを聞いてくれないんだから、私が従う必要はないだろう?』
『それは雅仁様のことを思えばこそです! ですから雅仁様……い、いけません、アッ……!』
───────
「待て待て待て待てジョーカー。一度止めるのじゃ」
妾、間違いなく自分史上最速の早口であった。
「はっ。何か気になることでもありましたか」
「気になるというか、そういう問題ではなく……な、なあ、これ、本当に妾たちが聞いていい内容かの? 何か唐突にそういう感じでクライマックスではないか?」
「無論、非合法ですから聞いてはいけない内容ですがそれが何か?」
「じゃから、そういうことではない! そういうことではなくて……うう、怖! 怖すぎるぞ……妾はこれ以上聞きとうない」
「再開します」
「アッ」
ポチッ
───────
『いけませぬ! なんとしても、雅仁様にはこの場で休息を取って頂かねばなりません。この先の調査は我々に任せて、雅仁様はご帰還下さい! 戦闘などあの女狐どもに任せておけばよいのです』
女狐ども。あの女子組のことであろうか。仮にも同じ志を持つヒーロー仲間とも思えない、なかなか悪意の篭った言い方である。
『無謀にもこの先に進まれるというのであれば、この守、例えば雅仁様に憎まれようと、この身を挺してお止め致します!』
『大袈裟だな。少しは主君の私を信じなさい。先の戦闘で少し服が破れたくらいで、守は騒ぎ過ぎなんだ』
『服が破れたら……破れたら……』
『ん? 守?』
『雅仁様の肌が下賤の者どもの目に触れたら、正気を失って襲い掛かってくるではないですか! 危険すぎます! 断じて許せません! 速やかな撤退を主張いたします!』
『うん分かった、守、お前の上着を寄越せ。上に羽織って進むとしよう』
────────
虚無である。
こんな話を聞かされている妾、虚無るほかにない(動詞化)。
「このようなやり取りを三十分ほど繰り返した結果、他のヒーローたちに遅れを取って引き離されたようですね」
「ヒーロー辞職しろ」
じゃが、まあ、妾は慣れているのである。
そう、慣れておったのだ……先程はいかにも年齢制限とモザイクが掛かりそうな雰囲気だったために動揺してしまったが、それも「こやつらなら、いつ一線を越えても驚かない」という前提があってのこと。
目線だけで通じる会話、「守……」「雅仁様……」熱い囁き、他の女子どもを完全に無視してかかっておる割に唐突に入る嫉妬スイッチ、「雅仁様は渡さない!」「私の最愛は守だけだ」云々かんぬん。
ちなみに鬼嫁のように嫉妬深いのが守で、雅仁はそれを全て鷹揚に受け入れる夫役であるとか。そっち方面にはあまり詳しくない妾が何故それを知っておるのかというと、前世の記憶からじゃ。
──素人は守が「攻め」だと思ったりするけど、実際は雅仁様が攻めなのよ!
妾の記憶はとてもおぼろげで、どんなに思い出そうとしても、この世界に関わる基本知識ぐらいしか浮かび上がって来ぬのじゃが。もっともっと深く、突き詰めて考え抜くと、掴めそうで掴めない、ぼんやりとした会話の断片が浮かんでくるのじゃ……
──ふうん? でも、守の方が独占欲高くて、いつも周りから雅仁のことをガードしているじゃない? これって「溺愛攻め」ってやつではないの?
──そうじゃないのよ! 覚えてるでしょ、伝説の「ハンカチ回」を。雅仁様が、いちかが渡したハンカチを使ったせいで、『私が用意したハンカチではなく、ピンク女のハンカチをお使いになるとは! 実家に帰らせて頂きます』って言って守が家出しちゃった回。
──待って、そんな意味不明回あった?
──意味不明じゃないわよ! 嫉妬した守を上回る雅仁様の溺愛ぶり、匂わせてくる独占欲、もはや夫と言っていい悠然、毅然とした態度、間違いなく至高の神回だったわ! もう五百回は再生した。
──メイン客層であるお子様が完全に置いてけぼり、カオスすぎるわ。
「……………」
(妾、何を思い出しておるのじゃろうか)
この記憶、思い出す価値はあったのであろうか?
脳髄を振り絞って考えた挙句に、出てくる前世の記憶がコレとか。妾、とても虚しい。しかも、切れ切れの会話の欠片を思い出せても、その相手が誰であったのか、妾はどこの何者であったのか、何一つ具体的に思い出せぬ。
ともあれ、前世の妾には、友がいたらしい。雅仁×守を愛する友がな。
(その友が妾の代わりに転生しておったとしたら、さぞかし喜んだであろうな……)
妾が遠い目になっていると、ジョーカーが前足をくいっと動かした。
「レジーナ様。如何なさいましたか」
「……いや、何でもない。なあジョーカー、今回のヒーローどもは全員おかしくないかの?」
「恋愛に浮足立っている、という意味でしたら、その通りかと」
「恋愛、という一言で片付けられるとは。……恋愛、奥が深いのう」
全員、ここまで露骨に、同性にしか矢印が向かっておらんとなると、もはやギャグのような感覚が拭えんのじゃがな? いや、真剣なBLとコメディBLの違いなど、妾には分からんのじゃが……妾は所詮、攻めと受けも見抜けぬ素人じゃからな。
ともあれ、雅仁と守が後方で罠を張って待ち構えている、という可能性は掻き消えた。ならば、簡便な足止めを成すだけで良かろう。
「ふう……」
溜め息を一つ吐いて、妾は気分を切り替えた。
気合いを入れろ、妾! 妾は黒の女王レジーナじゃぞ!
「ジョーカー、行くぞ!」
「はっ」