第十一話 これ、そういう話だったかのう?
先行してくるのは、どうやら女子組のようじゃ。
遠くから聞こえてくる話し声は、最初は内容のない雑音としか聞こえなかったが、近付くにつれ段々大きくなってくる。
ジョーカーを抱き締め、瓦礫に背中を沿わせるようにして、妾はその声に耳を澄ませた。
「……なんでこんなに真っ暗なの? さっきビルが崩れたせい?」
「電気系統がおかしくなっているようですね」
「ここ、地下通路でしょ? 空気の流通とか大丈夫なの?」
「緊急時のシステムが動いていますから、しばらくは大丈夫ですよ」
コツコツと靴音が響く。
仲良く話しながら先頭を歩いているのは、ピンク女子と水色女子じゃ。
今のうちに解説しておくと、ピンク女子の名は夏峰一果。周囲からは「いちかちゃん」と呼ばれている。
前作ヒーロー(赤)の娘で、小柄でふわふわした外見からは予想がつかぬほど豪腕の剣道少女じゃという。幼少期から、守の実家である道場に入り浸って剣道を嗜んでおった。つまり、守と雅仁の幼馴染。この設定からして、間違いなくヒロイン格であろうし、ならば守と雅仁を両天秤に掛けて、めくるめく三角関係が展開されそうなものじゃが、雅仁と守がアレなので……全てが完全に無駄な設定となっておる。
水色女子の名は、長都アキ。見た目通りのデータキャラで、前作ヒーロー(青)の娘。趣味はロボット開発。いちかとは身長体重、足のサイズまで全く同じらしいが、姉妹というわけではない。姉妹よりべったりとくっついて育った従姉妹で、性格は正反対ながら長らく連れ添った夫婦の如く以心伝心、好みの女性のタイプまで一緒だそうじゃ。……………は? 好みの女性?
「こんなに暗いと、お化けが出そうだよね~」
「そうですね、この地下通路はちょうど、古い墓地があった辺りを再開発したそうで、掘削中に人骨が発見されたこともあるとか」
「ヒッ」
呑気に話すいちかとアキの後ろで、押し殺した悲鳴を上げる紫女子。
キツめの美人だけが醸し出す、高圧的な空気を纏わせた彼女の名は、葉垣ゆかり。このメンバーの中では一番年上の十八歳。地球防衛軍の総司令官である葉垣司令の一人娘で、射撃の世界選手権で優勝したこともある。強烈なプライドに裏打ちされた高飛車な発言が印象的な天才……と言われておるが、これ以上言わずとも伝わってくるであろう……隠し切れないポンコツ臭が。
「お、お、お化けなんて存在するわけがないでしょう?! 非科学的な話で、戦闘員の士気をくじくのはお止めなさいな?!」
「ああ、ごめんね、ゆかりちゃんはお化けが苦手だったよね~」
「なっ! なななな何を言っているのこのボケボケ娘!」
「じゃ、手を繋ごっか? 私とアキで、左右から手を繋いであげたら、ゆかりちゃんだって怖くないでしょ」
「ばっ! 馬鹿なことを言わないでっ……今は戦闘中なのよ、そんな浮かれた真似は、ちょ、やめ」
ゆかりの言葉が、そのままぷつりと途切れた。
「……」
周囲に不自然な沈黙が落ちる。それも長い。あまりにしんとしているので、妾はつい、「何事かの?」と首を伸ばして、瓦礫の隙間から覗き見てしまったのじゃが……
(なんじゃあれは)
「……」
遠目にも分かる。いちかにきゅっと手を握られて、ゆかりの顔が茹で上がるように真っ赤に染まっておる。
何を恥じているのかは知らんが(たかが手を繋ぐだけで、真っ赤になって一言も喋れなくなる十八歳女子ってどうなのじゃ?)嫌なら嫌で、振り払えばよかろうに、それもしない。ただ羞恥に震えて立ち尽くすさま、あたかも罠にかかった無力な子鹿のようである。
抵抗されないことで調子に乗ったのか、指と指を絡めだすいちか。無邪気な笑顔が眩しい。その度にぷるっ、ぷるっと震えるゆかり。
……本当に、一体何をやっておるのじゃ?
「は……………は、は、は、離しなさいよ。こんなところで、こんな……」
「え、なんで? 大丈夫だよ、恥ずかしくないよ。ゆかりちゃんがいつも頑張ってるのを見てると、私、こうやって手を繋ぎたくなるんだ。大事な戦友なんだから、いいよね?」
「ふふ、ゆかりの手、前線で戦っているのに小さくて細いですね。いつもこの手で拳銃を握ってるんですね」
「な、何をしてるのよ、アキまで……………もう。本当に馬鹿な子たち……なんだから、私がいないと駄目なんだから」
友情を口にしながら、見交わす眼差しにどこか熱がゆらめいて……
桃色である。
男子同士が熱烈にくっついておるので、女子は女子同士で……って?
そういうことか? これ、そういう話だったかの? そういう話って何じゃ????(混乱)
「レジーナ様」
妾、しばらく意識を飛ばしていたらしいのじゃが。
気付くと腕の中のジョーカーが、とんとんと短い前足で妾の手を叩いておった。
柔らかいぬいぐるみの足に叩かれた位では、衝撃らしき衝撃もろくに感じ取れないのじゃが、混乱の極に引きずり込まれた妾がかろうじて正気に戻るだけの効果はあったらしい。
「う、うむ? なななんじゃジョーカー?」
「どうなさるおつもりですか? このままでは、我々だけでヒーローたちと対峙することになりますが」
「そ、そうじゃのう……」
コホンと咳をして、千々に乱れていた気持ちを整える。
「ここで本格的な戦闘に入るわけにはいかぬが、なんとかあやつらに崩落の責任をおっ被せて、ヒーロー法適用というわけにはいかんかの?」
つまり、少しだけ交戦して、その後すみやかに退避すれば、ビル崩落の責任はともかく、地下道の崩落事故の分は擦り付けられるのではないか?
まあ、そう上手くいかぬとしても、何もせぬよりはマシじゃ。正直、この後課されるであろう、天文学的な賠償金に耐えられる気がせぬ。腹を括るべきじゃろう。
(……うむ。せっかくの機会じゃ。試す価値はあろう)
妾はごくり、と唾を飲み込んだ。
なんといってもこの作戦、全ては妾の演技力……ではなく、逃げ足の速さに掛かっておると言って過言ではない。