第一話 参謀はぬいぐるみ、妾はのじゃロリ
異世界転生や生まれ変わり。
前世の知識を活かして運命を覆すとか、華麗な逆ざまぁとか。
やってみたくなるじゃろう?
転生したら悪役令嬢とか、追放された最強テイマーとか、美味しいポジションのモブとかになってみたいじゃろう?
皆、やっておる。
皆、見事な異世界転生を果たして、輝かしい未来を手に入れておるのじゃ。
(なんで、妾だけ……)
一人称が「妾」、語尾が「じゃ」、見た目年齢が一桁、職業は悪の組織の女幹部である「のじゃロリ」に生まれ変わってしもうたのじゃ~!!
「分からぬ……妾には分からぬ……」
ブツブツ呟きながら、妾は机に額を押し付けていた。
時に異世界転生には「強制力」というものがあって、それに逆らって足掻く者の姿が感動を呼ぶものじゃが、妾の場合、強制力は妾の思考、心の声、外に向けた態度にまで深く深く浸透しておる。
どんなに言葉遣いをまともに矯正したくとも無理なのじゃ。
妾は骨の髄まで「のじゃロリ」としての鋳型に嵌められ、そこから外れることが許されない存在なのじゃ。
(くっ……! 妾は誇り高き黒の女王レジーナとして生まれ変わったのに、そもそもの初めから強制力に負けておるのじゃ!)
なんという屈辱か……!
妾は顔を上げ、真っ赤なリボンを結んだ漆黒のツインテールをぶんぶんと打ち振りながら嘆いた。
自分で言うのも何なのじゃが、妾はどこからどう見ても見事な「のじゃロリ」であり、ゆえに唯一許された正装は「ゴスロリ」である。
ひらひらした漆黒の短いスカートに赤と黒のリボン。やはり赤がアクセントに入った長靴下によって作り出された絶対領域。「黒の女王レジーナ」を名乗る妾にふさわしく、頭には小さな飾りのクラウン。ぺったんこの胸元では、魔力の篭ったルビーが黒いリボンの真ん中で輝いておる。
誰もが圧倒的なロリ女王であると認めるであろう……妾以外はのう!
「……レジーナ様。そろそろお時間です」
「くっ」
「存分に悩まれて下さい……と申し上げたいところですが、時間は厳守でお願いします」
「分かっておるわ!」
机の上から聞こえてくる冷静な声。妾の冷厳なる眼鏡参謀であるジョーカーの声じゃ。
声だけ聞けば、恐らく二十代の怜悧な青年の声なのじゃが、残念ながらその姿は、いささか怪態なものである。机の上に足を投げ出して座っているぬいぐるみ。それも、真っ黒で首が長く、手足が短い何物かの姿をしているのじゃ。
一応、これは「黒麒麟」のぬいぐるみ、ということになっておる。黒麒麟は、我らが悪の組織のマスコットキャラであるからな。じゃが、それならば何故、幻獣の方ではなく、サバンナで木の葉を食べていそうな方にしたのか……しかもその出来栄えは絶妙に可愛くないことになっておるのじゃが、何故じゃ。悪の組織の広報部の考えていることはよく分からぬ。そして、そのぬいぐるみに妾の参謀の魂が入ってしまった経緯は、さらにちょっと良く分からぬ。
「やむを得ぬ事情により、このような姿になってしまいましたが。レジーナ様をお支えするには特に問題はございません」
参謀として、妾に引き合わされた時のジョーカーの台詞じゃ。
何が「問題ございません」なのか。
(問題だらけであろうが……!)
そもそもジョーカーは眼鏡を掛けた青年であったらしく、ぬいぐるみになっても眼鏡を掛けているのじゃが、前足が短すぎて「眼鏡クイッ」のポーズが出来ないのじゃ。なのに身に付いた無意識の仕草なのか、ことあるごとに「クイッ」としようとするものじゃから、前足が「クッ」となったところで止まってしまう。いい加減に諦めれば良いものを、今も変わらず「クッ」「クッ」と頑張っておる。その短い前足ではどうにもならんというのに……妾は見るたびに気の毒になってしまって、胸の辺りがきゅっと締まる思いがするのじゃ。無論、これは恋などではないぞ!
しかし、こんな状態でも全く動揺せず、きちんと参謀の務めを果たしているジョーカーは流石である。「早く人間の姿に戻りたい」と苦悩している様子もない。あるいは苦悩しているのかもしれぬが、それを表面に出さないのである。
今も、ガラス玉のような冷たい目で妾を見据え……いや、実際にガラス玉であったな。こやつの目は。
「レジーナ様」
「分かっておる」
ぬいぐるみの両脇から持ち上げるように抱えて、妾は急ぎ足で部屋を出た。
ジョーカーは自分で歩くことができる奇跡のぬいぐるみなのじゃが、いかんせん足が遅い。よって、出動するときは妾がこうして抱えて歩くのが常となっておる。
愛くるしい「のじゃロリ」の妾に、ぬいぐるみはよく似合う。もうちょっと可愛らしいぬいぐるみであれば良かったのじゃが……と思っていることは決して明かしてはならない秘密なのじゃ。可哀想じゃからな。