二月騒動
2月のある朝、学校に向かう途中の真平は、久しぶりの積雪を目にして足を止めた。白く染まった街並みはきれいだったが、彼の心はすでに憂鬱だった。
(こんな雪の日、琴美と沙羅がまた何かやらかす気しかしない…)
予感は的中する。部室に入ると、琴美が雪玉を手に持ち、満面の笑みで立っていた。その隣で沙羅が腕を組み、やれやれと呆れ顔をしている。
「真平!今日は雪合戦大会よ!」
「なんで部室で雪合戦を企画してるんだよ!」真平は驚愕する。
琴美は自信満々に胸を張り、「だって昭和の人たちだって雪の日は遊んだでしょ!」と、全く根拠のない理論を展開した。
「いやいや、ここ室内だし!」沙羅が冷静にツッコミを入れる。
しかし琴美は「大丈夫!雪を部室に持ち込めばいいのよ!」と、準備万端とばかりに窓の外の雪を盛りだくさんに詰めたバケツを指さした。
「いくわよ、真平!これが昭和のスピリット!」
琴美が容赦なく雪玉を投げつけてきた。
「おい!冷たいって!」真平が抗議する間もなく、沙羅も参加。
「真平、私も混ざるからね!」と冷静な顔で雪玉を投げつけてきた。
「あっ、こっちは仲間じゃないのかよ!」真平は完全に板挟み状態。
部室は瞬く間に大混乱。応接セットや机の上に雪が飛び散り、部室の温度は急速に下がる。
琴美が勝ち誇ったように叫ぶ。「ほら、雪合戦って楽しいでしょ!」
「いや、部室の中でやることじゃない!」真平は声を荒げたが、琴美は聞く耳を持たない。
その時、沙羅が大きなバケツを手に取り、「どうせやるなら徹底的にやらない?」と言いながら、バケツの雪を琴美に向けて豪快にぶちまけた。
「きゃー!冷たい!」琴美が叫びながら床に転げ回る。
「お返しよ!」琴美はすぐさま雪玉を作り直して沙羅に投げ返したが、勢い余って真平の顔に命中。
「お前ら、いい加減にしろって!」真平が怒鳴り声を上げた瞬間、琴美と沙羅が同時に「ごめん!」と雪玉を投げるのを止める。
しかし、次の瞬間、足元の水たまりに琴美が滑り、沙羅を巻き込んで二人仲良く倒れ込んだ。
「うわっ!冷たい!」「最悪!」と叫び声を上げる二人を見て、真平は呆れて頭を抱えた。
その日の放課後、冷え切った体を温めようと三人は学校近くの喫茶店に入った。
「はあ、今日は散々だったわね。」琴美がココアをすすりながらぼやく。
「自業自得じゃない。」沙羅が冷静に返す。
「真平、あなたもちゃんと反省してね!」琴美が突然話を振る。
「俺がなんで反省するんだよ!」真平が叫ぶと、琴美と沙羅はニヤリと笑って同時に言った。
「仲良く付き合ってくれるからでしょ?」
「……俺が一番の被害者だよ。」
そう言いながらも、真平は二人の笑顔を見て少しだけ温かい気持ちになった。雪の日の騒動も、こうして振り返ると悪くない思い出だった気がして。
その後、喫茶店を出ると再び雪が降り始めた。琴美が天を仰ぎながら「ほら、また遊べるわよ!」と言った瞬間、沙羅が小さな雪玉を作り、「これくらいならいいでしょ?」と真平に投げてきた。
「またかよ!」真平の叫び声が、白い雪景色の中に響いた。
翌日、部室には「部室内雪合戦禁止」という真平が書いた注意書きが貼られていたという。
旧校舎の校長室で真平はまたしてもため息をついていた。目の前では琴美が分厚い昭和時代の家庭用ストーブの説明書を広げ、真剣な顔でストーブを組み立てている。その横で沙羅は窓際に立ち、冷たい 風が入る隙間に寒そうな表情を浮かべていた。
「琴美、それ本当に動くのか?」真平が心配そうに尋ねる。
「もちろんよ!昭和の耐久性を信じなさい!」琴美は鼻息荒く答える。
沙羅がちらっとストーブを見て、「でも、さっきそのストーブからネズミの巣みたいなのが出てきたよね…?」と冷ややかに指摘する。
「なによ!その程度、火をつければ全部燃えるから問題ないでしょ!」琴美は断言し、ストーブにマッチを擦る。
「おい、やめろ!校舎が燃えるだろ!」真平が慌てて止めるが、琴美は「これも昭和魂よ!」と叫んで点火。
ボフン!と立ち上がった炎と共に、室内に舞い上がる灰色の埃。
「ゲホッ!ゲホッ!なんだこれ!」真平が咳き込む。
「これ、完全に壊れてるじゃん!」沙羅が眉間にシワを寄せる。
琴美は埃まみれの顔でストーブを叩きながら、「こんなことで諦めるわけないじゃない!」と叫ぶ。
「いや、諦めろ!」真平と沙羅が声を揃えた。
そんな騒動の後、琴美は突然、思いついたように立ち上がった。
「そうだわ!明日は昭和風雪かき大会よ!」
「またわけのわからないことを…」真平はうんざりした様子だが、琴美は聞く耳を持たない。
「昭和の人たちは体力と精神力を鍛えるために、みんなで協力して雪かきしてたのよ!私たちもやるべきだわ!」と琴美は自信満々だ。
沙羅が腕を組みながら口を開く。「でも、ここ旧校舎だから雪かきする意味ある?」
「いいのよ!部活動ってのは意味じゃなくて情熱で動くの!」琴美は堂々と言い放つ。
結局、翌日、旧校舎の前で3人は雪かきをする羽目になった。琴美は昭和風の長靴と手編みの耳当て、真平は普通のジャージ姿、沙羅はおしゃれなスノーブーツという、まるで統一感のない格好だった。
「琴美、これ重いし寒いし、全然楽しくないんだけど!」真平が文句を言う。
「文句を言うな!昭和魂を感じなさい!」琴美が大声で返す。
沙羅はスコップを持ったまま苦笑。「まあ、琴美が自分でやるなら手伝うけど…どうせまた途中で投げ出すんじゃない?」
「誰が投げ出すか!」と琴美が言い張るものの、数分後、雪の重さに疲れてその場に座り込む。
「ほら、言った通りでしょ?」沙羅が冷ややかに笑う。
疲れ果てた琴美は突然、「雪かきだけじゃつまらないわ!昭和風の雪像を作るわよ!」と宣言。
「昭和風の雪像ってなんだよ…」真平は呆れるが、琴美はまるで聞いていない。
「私はね、雪で白黒テレビを作るわ!」琴美はスコップを握りしめ、雪を積み上げ始めた。
沙羅は「じゃあ私はレトロな電話機ね」と言い、器用にダイヤル式電話を形作り始める。
「俺は…やめとこうかな。」真平は苦笑しながら二人を見守る。
しかし、琴美と沙羅の競争心が加熱し始める。
「なによ、その電話機、細かいだけでつまらないじゃない!」琴美が挑発。
「そっちこそテレビなんて形が雑すぎるじゃない!」沙羅も負けじと言い返す。
二人の言い合いはどんどんヒートアップし、ついには雪を投げ合う雪合戦に発展。
真平が慌てて間に入るも、二人からの雪玉の集中砲火を浴びる。
「おい!なんで俺が狙われるんだよ!」真平の叫び声が、旧校舎の庭に響き渡った。
雪まみれになりながら部室に戻ると、琴美は満足そうに「昭和風の活動は大成功ね!」と宣言。
「どこがだよ…」真平がため息をつく。
沙羅は髪から雪を払いつつ、「でも、こうやって騒ぐのも悪くないかもね」と笑う。
「次はもっと面白い企画を考えてくるから、期待してて!」琴美は自信満々で言い放った。
「もう期待しない…」真平がそう呟く横で、沙羅が「次は何が起きるか楽しみだわ」と不敵に笑う。
冷たい風が吹く2月の旧校舎に、三人の笑い声が響いていた。