沙羅と琴美
次の日真平は昇降口で上履きに履き替えてると琴美から 「昼休みも部活だからね」とだけ言うと足早にどこかに行ってしまった。 理由を聞こうにも琴美は休み時間の度にどこかへ行ってしまう授業に遅れることもあった。
訳も分からないうちに昼休みとなり真平は「やれやれ」とため息をしつつ旧校舎の校長室、日ノ本文化部部室へ向かった。「結構距離あるんだよな」とぼやきつつ、部室に入ると応接テーブルの隣にテーブル型のアーケードゲーム機が鎮座していた。
側で琴美はどうだとばかりにドヤ顔を決めていた。 真平はまるで見えてないように奥に向かい弁当を広げ始めた。
「何か言いなさいよ!!!」若干の怒気。
「なに考えてんだ!!!オマエ!!!」アーケードゲーム機を指さして完全に切れていた。
「学校にこんなもん入れて!どうすんだよ!!これ!!!」
「何よ!!!文化財よ、ぶ・ん・か・ざ・い!!!」
「はぁ~~~???」今度は完全に混乱した。 休み時間ちょこちょこいなくなってたのはこれが原因だったんだな、完全に納得した。
真平は琴美の言葉を理解しようとしながら、額に手をあてた。
「文化財って…どういう意味だよ?」 琴美は大きく胸を張り、まるで自分が何か偉大な発見をしたかのように語り始めた。
「このアーケードゲーム機は、昭和の名作ゲームなの!今では珍しいし、歴史的価値もあるんだから。学校の許可を取って旧校舎に置かせてもらったのよ!これも日ノ本文化部の活動の一環よ!」
「学校の許可って…そんなの本当に取れたのか?」真平は疑いの目を向けた。
琴美が簡単に許可を取れるようなことではないと感じたからだ。
「まぁ、正式な許可というか、校長先生が『面白いからいいんじゃないか』って言っただけだけど…」琴美は少し目をそらしながら言った。
「校長先生、何してんだよ…」真平は呆れたように言いながらも、どこか諦めの色を帯びた表情だった。 琴美が何かを決めると、その行動力に圧倒されてしまうのはいつものことだった。 琴美はそのまま話を続ける。
「でもね、これで文化部の活動がもっと楽しくなるでしょ?ただ座って勉強してるだけじゃつまんないでしょ?昭和の文化を体験しながら、もっとみんなで盛り上がれるようにって考えたの!」
「昭和の文化を体験って…アーケードゲームやるのが部活動か?」真平はため息をつきながら、弁当のフタを開けた。
「俺はそんなの関係なく飯食うけどな。」
「ちょっと!もう少し乗ってよ!」琴美は頬を膨らませながら、真平の隣に座り込んだ。 「分かったよ、分かったから…」真平は仕方なさそうに箸を置き、アーケードゲーム機に目を向けた。「で、これで何をやるつもりなんだ?」 琴美はパッと顔を明るくして、「まずはみんなでスコアを競うの!負けた人は次の部会の準備担当とかね!」と嬉しそうに言った。 「罰ゲーム付きかよ…」真平は半ば呆れつつも、琴美の楽しそうな表情を見て少し笑ってしまった。「まぁ、部の活動としては…変わってるけど悪くないかもな。」 「でしょ!」琴美は大きくうなずいて、「真平も楽しんでくれると思ったんだ!」と満足げに言った。 真平は心の中で、これが文化部の活動としてどれだけ意味があるのか少し疑問に思いながらも、琴美の情熱には逆らえないことを感じていた。そして、なんだかんだで彼女と一緒にいると面白いことが起こるということも、真平には理解していた。 「よし、じゃあ飯食ったら一回やってみるか…負けたら次の準備担当ってのは勘弁してくれよ。」 「いいよ、最初はお試しだから!」琴美は嬉しそうに笑い、再びドヤ顔を見せた。 真平は苦笑いしながら、弁当に手を戻した。「まったく、お前にはいつも振り回されるな…」 「それが私の良さでしょ!」 二人はそんな軽口をたたきながら、静かな旧校舎で昼休みを過ごしていた。
放課後真平は一人で部室を片付けていると、部室の扉を誰かがノックしているのに気付いた。琴美ならノックなどせず勢いよく開けるであろう「はて?」と思いながら開けるとそこには。
若干耳が隠れるショートカットの女子生徒が猫のような大きな瞳を好奇心ありありの表情で立っていた。ピンと真直ぐに伸びた姿勢は首から腰にかけて緩やかにSの字を描き、左手を腰当て、先ほどノックしたであろう右手を挙げて「ヨッ!」と、小首を傾げながら軽くあいさつをした。琴美がグラビアアイドルなら、目の前の少女はさしずめファッションモデルといった所であろう。
その女子生徒をよく知る真平は「えっ沙羅?」と呟き、女子生徒もまた「うん、沙羅」と返した。
真平がしばし固まっていると、
「入れてくれないの?」真平の体越しに部室を覗き、中を指差した。一瞬言葉に詰まったのであったがすぐに部室に通した。興味の対象はやはり部室で一番目立つテーブル型筺体である。
「これ知ってる、ゲームでしょ?」テーブル型筺体を指差ししげしげと観察し、
「ねぇ、遊んでいい?」
沙羅が興味津々の様子でアーケードゲーム機を見つめていると、真平は少し戸惑いながらも答えた。
「遊んでいいけど、これ、琴美が持ち込んだんだよ。あいつ、昭和の文化財とか言ってさ。」
沙羅はクスッと笑い、「琴美らしいね。でも、こういうのって面白そうじゃない?」と言いながらゲーム機の前に腰を下ろした。
「おお、これちゃんと動くんだ。」真平は少し驚きながらも、沙羅の隣に立ってゲームの画面を覗き込んだ。画面には懐かしいドット絵のキャラクターたちが現れ、タイトル画面が点滅している。
「これ、どうやるの?」沙羅は顔を上げて真平に尋ねた。彼女の目は好奇心に満ちていて、真平は少しだけ微笑んだ。
「まぁ、簡単なシューティングゲームだよ。敵を倒して、スコアを稼ぐ感じ。」真平は軽く説明しながら、沙羅の手に操作方法を教えた。
沙羅は真剣な表情でゲームを始めた。画面上で小さな宇宙船が動き出し、迫り来る敵を次々と撃ち落としていく。最初はぎこちない動きだったが、次第にコツを掴んでいったのか、スムーズに敵を倒していく姿に真平も感心した。
「なかなかやるじゃん。」真平が感嘆の声を上げると、沙羅は少しだけ得意げに笑った。
「こういうの、意外と楽しいかも。」沙羅は画面から目を離さずに言った。その瞬間、琴美が勢いよく部室の扉を開けた。
琴美は沙羅に気づくなりいきなり
「あぁぁ~~~!お前は磯貝沙羅!!なんでここに!!!」
沙羅はゲームをしながら琴美がいるだろう方向にヒラヒラと手を振る。
「沙羅が入部してくれるってさ」真平は喜びと興奮の混じった声で琴美に告げた。
しかし琴美の反応は予想外のものであった。よく分からないが琴美は激しく怒っている、意味が分からずとりあえずほっとくことにした真平は沙羅に部活の活動内容を説明しだした。ときおり琴美が怒気をはらんだ声で「ねぇ!」「ちょっと!!」とかわめいているが二人はほっとくことにした。
やがてゲームのほうはボスとの対決のようで真平は攻略法を説明し沙羅は真剣に聞き入って集中しようとしたが、ゲーム画面は真っ暗になった。
「!!!!!」沙羅はゲーム機のコンセントを目で追うと回して得意になっている琴美と目が合い。
「なにすんのよ!バカ!!」と怒鳴ると。
「うるさい!出てけ!!いや消えろ!!!」とすごい怒声で応戦する。
琴美の怒声が部室中に響き渡り、一瞬静寂が訪れた。沙羅は一瞬口を開きかけたが、そのままフッと笑って肩をすくめると、無言でゲーム機から離れた。琴美はその様子に余計に腹が立ったのか、さらに声を荒げようとしたが、真平がそれを遮るように声をかけた。
「おいおい、ちょっと落ち着けって、琴美。二人は知り合いなのか?」
戸惑いを交えた問いかけに琴美は「こいつは敵なのよ!」
「なんだよ!敵って?そもそもクラス違うだろ?」真平は沙羅に答えを求めるようなまなざしをおくるが、彼女は「さぁ?」と肩をすくめるだけであった。
琴美の怒声が響いた後、部室は再び沈黙に包まれた。
「おい、ちょっと待てよ、琴美。何がそんなに気に食わないんだよ?」真平は深いため息をつきながら、何とかこの場を収めようと試みた。
琴美は腕を組んで、沙羅を鋭く睨みつけた。「こいつとは昔から…とにかく、相性が悪いのよ!」
「相性って、それだけでここまで怒るもんか?」真平は困惑した表情を浮かべながら沙羅を見つめた。沙羅はその視線に対して無言のまま微笑み、どこか諦めたようにため息をつき静かに琴美近づくと一言、「鼻毛、あたま出てる」言う終わるより先に「!!!!!!!!!!!!!」
琴美は顔を真っ赤にして鼻をおさえて後ずさりして目にはうっすらと涙がうかんでいた。
「やだやだやだやだ!!」 そのままものすごい勢いで部室を出て行ってしまった。
「えっ?出てた?」
沙羅に確認したが
「知らない」
ものすごい勢いで出て行った琴美はものすごい勢いで戻ってきた。
「どこもおかしくないじゃない!バカっ!!」
鼻の周りを少し赤くして、涙目で沙羅に食って掛かった。
「なによ~近くの手洗い場まで確認しに行ったの?スマホ使えばいいのにバカじゃん」
「ぐっ」
自分のスマホをひらひらさせながらシャッターをパチリ
「お嬢様のヒス顔ゲット♪」
「出てけ!帰れ!!消えろ!!!」
琴美は沙羅を激しくなじる、沙羅はやれやれという仕草をし、
「はいはい、わかったわかった。わかりましたよ~。出ていきますよ」出口に向かいながら、
「じゃ真平、行くよ」と、生返事をしそのまま沙羅についていこうとした。
真平まで出ていくことが以外だったのか、琴美は慌てて
「なんで、真平まで出てくのよ。あんた部員でしょ?」
「あのねぇ~お嬢ちゃんよくお聞き。あんたは、あたしの入部に反対、真平は賛成。そしたらどうなる?」
まるで馬鹿を見るような目で沙羅は琴美に質問した。琴美は
「磯貝さ~ん、あなたの入部を心から歓迎いたしますわぁ~」
琴美は完全に顔の筋肉だけで作った笑顔を沙羅に向けた。真横からジっとしばらく見つめ
「気持ちがこもってな~い、やり直し」
琴美は発狂寸前である、見てられないと思った真平は沙羅に「おい」声をかけた。
沙羅はやれやれといった感じで
「そんなにあたしの顔見るのがいやなら、膝をつき手を膝の前に出し頭を屈めればいいんじゃない?」
(膝をつき手を膝の前に出し頭を屈めれば・・・・)
「土下座じゃねかよ!この野郎!!!」
琴美の叫び声が静かな旧校舎の廊下に響き渡った後、しばしの静寂が部室を包んだ。
沙羅は肩をすくめ、あまりに露骨な琴美の反応を見て軽くため息をついた。真平は、そんな二人を見つめながら困惑していたが、沙羅が部室を出て行こうとするのを見て、なんとかこの場を収めようと考えた。
「待てよ、琴美。お前がそんなふうに怒るから話がややこしくなるんだろう?」
琴美は不機嫌そうに腕を組んでそっぽを向きながら、「だって、こいつが…」と小声でつぶやいたが、真平の真剣な表情を見て少し言葉を飲み込んだ。
沙羅も少しだけ立ち止まり、振り返って真平を見つめた。「ま、私もやりすぎたかもね。でもさ、こんなことでいつまでも揉めてても仕方ないでしょ?」と軽く笑みを浮かべた。
「琴美、沙羅も謝ってるんだからさ、もうちょっと穏やかに話そうよ。」真平は琴美の肩に手を置き、優しく諭すように言った。
「さぁ二人とも握手して」真平は二人の手を取り握手させようとするが二人ともすごい力で拒否っていた。顔は筋肉だけの笑顔で互いを見つめながら。
真平は静かに力を入れながら二人に諭すように「さぁ」というと二人は仕方なく握手した。
だが次の瞬間二人は空いている方の手を相手の顔面めがけて強烈なストレート同時に放った。
頬に激しく拳の当たる音を同時に聞いた真平は思わず、
「これってクロスカウンター・・・かっけぇ・・・」見入ってしまった。
二人は同時に倒れた。
「えっ!ダブルノックアウト?えっ!えっ!えっ~~~」
戸惑い気味の真平は 試合終了のゴングが聞こえたような気がした。