始動!日ノ本文化部
次の日、土曜日真平は朝から憂鬱な気分で布団から出ることができなかった。昨晩の出来事を思い返すたびにため息がこぼれる。
(なんで があんなことに…)
琴美の強引さには圧倒されるばかりで、気がついたら彼女の家に行く約束をしてしまっていた。思い返すと顔が熱くなる。
「はぁ…」
ため息をつく真平に、母親が部屋の扉を開けて声をかけた。
「真平、朝ごはんできてるわよ。いつまで寝てるの?」
「ああ…今行くよ。」
朝食を食べながらも心は浮かない。どうして自分がこんな立場にいるのか、まだ理解できないまま、時計の針はどんどん時間を進めていく。琴美の家に行く約束は午後2時。それまでには家を出なければならない。
結局、どんな理由であれ琴美を怒らせてしまった責任を取るべきだと覚悟を決めた真平は、時計が1時を過ぎたあたりでようやく準備を始めた。アドレス交換した際に送られてきた住所を頼りに、彼女の家に向かう。
道中、緊張のあまり足が重く感じられる。琴美は学校では優等生として名を知られる存在だが、昨日の彼女はそんなイメージからはかけ離れていた。果たしてどんなことが待ち受けているのか、まるで予測がつかない。
琴美の家の前にて「ここか…」
琴美の家は広い庭と洋館風の屋敷で立派な佇まいだった。門の前で少し逡巡し、深呼吸をしてインターホンを押す。
「はーい、どなた?」インターホン越しに聞こえたのは琴美の明るい声だった。
「あ、あの…伊勢野です。」
「おお、真平!待ってたよ、入ってきて。」
門が自動で開き、真平はゆっくりと敷地内に足を踏み入れた。庭には色とりどりの花が咲いていて、その中にひと際目立つ白いブランコがあった。
「お父さんが作ったブランコか…」
昨日聞いた話を思い出しながらブランコを見つめていると、玄関から琴美が姿を現した。今日は学校の制服ではなく、カジュアルなワンピース姿で、普段とはまた違う雰囲気を醸し出していた。
「やっほー、よく来たね!」
「…ああ、うん。」
彼女はニコニコと笑顔で真平に駆け寄り、彼の腕を引っ張って家の中に案内した。広いリビングには、アンティーク風の家具が並び、高級感が漂っていた。
「さあ、ここで座ってて。今お茶持ってくるから。」
琴美に促され、真平はリビングのソファに腰掛けた。緊張でぎこちない態度を取る自分が恥ずかしかったが、どうしようもない。
しばらくして、琴美がお茶とクッキーを持って戻ってきた。テーブルに並べて座る。
「さてと、今日はね、真平に見せたいものがあるの。」
「見せたいもの?」
「昨日話したでしょ?レトロゲームが好きだって。実はうち、おじいちゃんが昔レジャー施設経営してた関係で、レトロゲームの基板とかいっぱい持ってるんだよね。」
「えっ、本当に?」
真平は目を丸くして驚いた。琴美の話にそんな背景があるとは思わなかった。
「ほら、こっちに来て。」
琴美は立ち上がり、真平をリビングの奥にある部屋へと案内した。ドアを開けると、そこには昔ながらのアーケード筐体がいくつも並んでいた。真平は思わず声を上げた。
「す、すごい…こんなの初めて見た。」
「ふふん、でしょ?今日はここでいっぱい遊んでいってもらうからね!」
琴美は嬉しそうに微笑みながら、筐体の一つに電源を入れた。画面に懐かしさを感じさせるピクセルアートが映し出される。琴美は小さな頃からゲームが好きで、父親と一緒に遊んでいた思い出や、学校の友達にはあまり理解されなかったけれど、自分の好きなことを貫いてきたことなど、琴美の話は尽きることがなかった。
その話を聞きながら、真平は彼女が持つ一途さや情熱に、どこか尊敬の念を抱いている自分に気づいた。普段は周囲に優等生として見られ、立派に振る舞う彼女だが、こうして好きなことを語る時の琴美は、まるで子供のように純粋で、何より楽しそうだった。
その後も二人はレトロゲームを楽しみ続け、気がつけば夕方になっていた。カーテンの隙間からオレンジ色の夕日が差し込み、部屋の中を優しく照らしていた。
「今日はありがとう、琴美。すごく楽しかったよ。」
帰り際、真平は素直な気持ちを伝えた。琴美は少し照れたように目をそらしながらも、満足そうにうなずいた。
「こちらこそ、来てくれてありがとう。また遊びに来てよね。」
「うん、また誘ってくれたら、絶対来るよ。」
翌週の月曜日の放課後、帰り支度をしている真平に琴美が声をかけた。
「真平、付き合いなさい」そう言うと足早に教室を出て行ってしまった。
訳も分からず琴美を追いかけると彼女はどんどん先に行ってしまう。ようやく立ち止まるとポケットから古びたカギを取り出した。
「ここって旧校舎だよな」真平の問いかけを軽くいなして、扉を開け彼女は先に行ってしまう。
旧校舎は人の気配は全くなく、体感で感じる温度は外より低いのではと真平は「さぶっ」と呟きながら思った。
琴美は一つの部屋で消える、追いかける真平はそこが校長室であることに気づく。彼女は辺りを見まわし、部屋に残っている旧校長室の備品を調べ一つ一つを確認しながらうんうんと納得していく。
やがて真平に向き直り
「ここを日ノ本文化部の部室とします!!!」と高らかに宣言した。