放課後、二十七件のなおった!
放課後の黒磯。加藤製作所のシャッター前には、手書きの札が風に揺れていた。〈昭和修理キャラバン・プチ 本日開店〉。脇には安全掲示と、インク満タンの“なおった!”スタンプ──松葉グリーンが映える。
琴美がベルを掲げ、胸を張る。
「開店ベル、用意! いざ、われらのアフターサービス!」
「ベル要らない。声で充分」沙羅が冷ややかに返す。
「パォ! のれん可愛い!」とシャオ。
「地面よし、配線よし。今日も大地は安定してる」真平は地面派の面目躍如とばかりに頷く。
すでに十人の列ができていた。先頭の少年が、カセットデッキを大事そうに抱えて進み出る。
「テープが出てこないです!」
「診断タグ、水色。まず鉛筆で心を落ち着けます」巫鈴が淡々と告げる。
「落ち着かせるのは心じゃなくてテープ!」琴美が即ツッコミ。
勇馬が作業台にデッキを置き、ピンチローラーを清掃し、ベルトを確認──そして、イジェクトボタンを押す。
パキッ。
全員が息を呑む。
「待って、割れたのはカバーの爪。……3Dプリントで代替できる」勇馬はすぐに寸法を指示し、巫鈴が端末を操作する。「STL化、完了まで十二分」
「3Dプリンターって何ですか」と少年が首を傾げる。
「未来の鉛筆削りよ!」琴美が笑う。
「誤情報やめろ」沙羅がため息。
二番目は商店街の酒屋の店主。抱えてきたのは鳩時計だった。
「鳴かねぇんだわ、鳩」
「パォ……」シャオが鳩の顔を覗き込む。
「いや、その鳩は木製だよ」真平が呆れる。
奥から勇三が姿を現し、鎖を軽くいじる。「錘の鎖が絡んでるだけだ。……ほら」
ポッポー。
「おお~! さすが親方!」店主は笑い、“なおった!”スタンプを紙に押す。
「色がいいね、この松葉グリーン」
「黒磯の色なんです~」美優が柔らかく微笑む。
三番目、若い母親がベビーカーを押しながら丸い物体を差し出した。
「これ、ふくらんじゃって……」
一同が反射的に一歩下がる。
「赤タグ。リチウムは受けられません。こちら、回収ステーションの案内です」沙羅が冷静に手渡す。
「助かります」母親は頭を下げる。
「断る勇気は安全の第一歩」巫鈴が言い、琴美が続ける。「安全に勝るドラマはないのよ」
列の後方では、萌香がカメラを構えて小声で実況していた。
「#放課後プチ修理 #鳩生還 #なおったスタンプ尊い」
「萌花、顔は映さない。約束」沙羅の視線が鋭い。
「了解~」モザイクスタンプを準備する萌香。
やがてプリンターが「チーン」と音を立て、巫鈴が告げる。「カセットカバーの代替爪、完成」
勇馬が装着し、再生ボタンを押す。
キュルキュル……♪
「鳴った! 鳴った!」少年の顔がぱっと輝く。
「なおった! ぷちセレモニー!」琴美が叫び、美優が小さなクラッカーを鳴らした。
そのとき、スーツ姿の青年が現れた。胸元の社章が光る。
「加藤コーポレーションの総務監査、五十嵐と申します」
「監査!?」琴美の声が裏返る。
「地面、固めとこ」真平が真顔で呟く。
巫鈴は即座にホワイトボードを指し示した。「安全掲示、予約台帳、受領書控えはこちら」
五十嵐は無表情のまま頷く。タイミング悪く、列から叫び声が上がった。
「テレビが“叩くと映る”んですけど!」
「昭和あるある!」琴美。
「叩くと壊れる、の間違い」沙羅。
勇馬は接点清掃を指示し、真平がアースを取る。ブラウン管が「ボワン」と映り、客が歓声を上げた。五十嵐は手帳に「叩かない掲示の有無」と書き込み、「良いですね」と一言。
保育園の先生が息を切らして駆け込む。
「明日のお遊戯会で使うCDラジカセ、音が出なくて!」
「緊急枠入りました!」琴美。
巫鈴が番号札を調整し、客たちが「子ども優先だ」と快く譲る。勇馬は綿棒と無水アルコールで接点を磨き、ボリュームを回す。
♪
「助かった~~!」先生が深々と頭を下げ、“なおった!”スタンプが紙に押された。シャオが園児ステッカーを差し出す。
「経費じゃない。私物」沙羅が釘を刺す。
監査の目は勇三の手元に移り、「危険区画の封鎖、いいテープワークですね」と評価した後、一点指摘を残す。「延長ドラムの巻き癖は全面展開を徹底で」
「了解」沙羅が即答する。
「総評。未成年活動として模範的。安全マニュアルを文書化し、父上の会社のボランティア保険に正式適用させましょう」
「勝訴!」琴美。
「裁判じゃない」真平。
夕方、列が解け、涼しい風が吹き抜けた。のれんが小さく揺れ、工場の奥から旋盤の低い唸りが戻る。
「総括。なおったスタンプ、二十七件!」琴美が叫ぶ。
「事故ゼロ・苦情ゼロ・紙皿二百四十枚入手」巫鈴。
「地面、今日も勝利」真平。
「パォ! ワッペンできた!」シャオが袖の刺繍を見せる。
「えへへ~、クッキー追加焼きます~」美優が笑う。
勇馬は工具を拭きながら呟く。「……直る瞬間の顔、やっぱり好きだな」
「手が覚えるってのは、そういうことだ」勇三が腕を組む。「明日は押さえバネの仕込み教える」
そこへ着信音。〈父:正治〉
『監査の報告、良かった。危険物の持ち込み断りポスターをデザインして送る。貼れ』
「了解……父さん」
『なんだ』
「ありがとう」
数秒の沈黙の後、『……数字はあとで合わせる。顔は、今合わせろ』
通話が切れる。
「名言いただきましたー! 本日の締め“顔は今合わせろ”!」琴美が高らかに叫び、全員が声を揃えた。
“なおった!”スタンプのインク蓋を閉じる音が、カチリと響いた。のれん越しの空は、GW明けらしい薄青のまま、ゆっくりと暮れていった。