真平とシャオの史記談義
シャオが真平に抱きつく光景に、偶然通りかかった琴美、沙羅、勇馬、美優たちが呆然と立ち尽くしていた。
「……なんかすごい場面に遭遇しちゃったわね。」沙羅がポツリと呟く。
「いやいや、これは違うんですよね?」勇馬が戸惑いながら目を逸らす。
「えへへ~、なんかロマンチックですね~。」美優がほんわかと微笑む。
一方、琴美は真平たちに向かって大声で叫んだ。
「ちょっと真平!なに色気づいてんのよ!? うちの秘密兵器を勝手に手懐ける気!?」
「違う!何もしてねぇよ!」真平が慌ててシャオから離れようとするが、シャオはしっかりと彼を抱きしめたまま離れない。
「先輩は本当に素晴らしい人です~! 私、感動しました~!」
「感動はいいけど離れろー!」
そのやり取りを見た琴美は、ニヤリと笑みを浮かべる。
「これは部室の新たなドラマになるわね!」
「何がドラマよ。どうせまたあんたが騒ぎを起こすんでしょ。」沙羅が呆れた顔を見せる。
翌日の昼休みの日ノ本文化部部室。シャオがソファに腰掛け、何やら熱心に本を読んでいた。その隣には真平が座り、あくびをしながらスマホをいじっている。
「先輩、見てください~。」シャオが本を持ち上げて嬉しそうに見せる。それは、表紙に『史記』と書かれた分厚い本だった。
「お前、そんなの読んでんのかよ。なんか難しそうだな。」真平が眉をひそめる。
「いえいえ、史記は面白いですよ~! たくさんの英雄の物語がありますし、特に項羽と劉邦の話は、先輩みたいな人でも分かりやすいです~。」
「俺みたいな人ってどういう意味だよ…。」真平が軽くむっとするが、シャオは気にせず話を続けた。
「例えば、先輩は韓信の話が好きそうですね~。彼は一度、屈辱的に『股をくぐらせられた』けど、それを耐えて後に将軍になったんです。」
「あ、それ知ってるぞ。なんか俺も昨日、あの上級生の前で股くぐるとか言っちゃったけどさ…。」
「パォ~! 先輩も現代の韓信ですね~!」シャオが拍手をすると、真平は「いや、別にそんなつもりじゃねえよ!」と慌てる。
シャオはさらに熱を込めて語る。「でも、韓信のように耐え忍んで大きなことを成し遂げるのは、とても尊いです~。」
「いやいや、俺は大きなことなんて目指してないからな。ただ普通に部活してるだけだし。」
シャオは真平をじっと見つめる。「先輩、普通の部活でこんなに巻き込まれているのに、まだ普通だと思ってるんですか~?」
「おい、やめろ。正論言うな。」真平はさらに困惑して、頭を掻きむしった。
そこへ琴美が部室に入ってきた。
「ちょっと何の話してるの?」琴美が部室に入るなり、興味津々でシャオと真平の間に割って入った。
「史記の韓信の話です~。」シャオはにっこり笑いながら本を持ち上げる。「先輩は現代の韓信みたいだね、って話してたんですよ~。」
「現代の韓信?」琴美は怪訝そうに眉をひそめた。「あんた、また変なあだ名つけられてない?」
「別にそんなつもりじゃねえけど…」真平がぶつぶつ言いながら視線を逸らす。
琴美は腕を組みながら、しばらく考え込んだ。「でも、確かに真平って地味に耐えるところあるし、意外と当てはまってるかもね。」
「やめろ! なんでそんなこと言うんだよ!」真平が慌てて否定するが、琴美は気にせず話を続ける。
「でもさ、韓信って最後は結構悲惨な終わり方だった気がするんだけど…真平、大丈夫?」琴美が茶化すように言う。
「おい、それはやめろ! 俺の未来を勝手に悲惨にするな!」真平は額を押さえながら反論する。
するとシャオが、ふわっとした笑顔で口を開いた。「パォ~! でも、先輩にはもっと幸せな未来が待ってますよ~。文化部のみんなに囲まれて楽しい毎日です~!」
琴美は大きく頷きながら、「そうよ! だって、あんたは日ノ本文化部の雑用係兼韓信なんだから!」
「雑用係兼韓信って何だよ…それ褒めてないだろ!」真平は肩を落としながらため息をつく。
そのとき、沙羅が部室に入ってきて状況を聞き、呆れたように言った。「あんたたち、また変な話してるのね。ていうか、真平、韓信って言われて嬉しいの?」
「いや、全然嬉しくない!」真平が即答すると、沙羅は肩をすくめて笑った。
美優も部室にふらっと現れて、会話の内容を聞くと、ほんわかとした笑顔で言った。「えへへ~。韓信さんってなんだか素敵ですね~。私も真平先輩がそんな感じだと思います~。」
「お前もかよ! もういい、俺は普通でいたいんだ!」真平はついに声を荒げた。
すると琴美がニヤリと笑いながら、「普通の人はここまで振り回されないわよ。それに、昭和魂を支えるために耐える精神って大事よ! さ、これからも頑張りなさい!」と肩を叩いた。
「おい、どんな激励だよ…」真平はまたしても深いため息をつきながら、窓の外を眺めた。
ちなみに真平はあのときスマホでシャオの呟いた壮士という言葉が気になり調べていた、勇者という意味でまんざらでもない気分であった。




