硬いお返し
3月14日、放課後の日ノ本文化部の部室。琴美、沙羅、そして真平の3人が集まっていた。
「ねぇ、今日はホワイトデーよ!真平、ちゃんとお返し用意してきたんでしょうね?」
琴美が両手を腰に当て、部室の真ん中で仁王立ち。
「えっと…まぁ、それなりに。」真平がごそごそとカバンを漁り、包みを取り出す。
「ほら。」とりあえず、琴美と沙羅にそれぞれ差し出す。
琴美の目がキラキラ輝く。「わぁ!期待していいのね!私、バレンタインはすごく頑張ったから!」
一方、沙羅は冷静に受け取りながら言う。「真平、どれくらい考えて選んだの?安物だったら承知しないわよ?」
「うるさいな。とりあえず開けてみろよ。」
二人が包みを開けると、琴美の手には小さな缶入りのクッキー、沙羅の手にはハンカチが入っていた。
「……えっ。」琴美が固まる。
「ふーん。まあ、妥当って感じね。」沙羅があっさりした顔でハンカチを広げる。
「ちょっと待って!私にはこれだけ?」琴美がクッキーの缶を持ち上げて振る。
「いや、バレンタインのチョコもセール品だっただろ。それならこれで十分だろうが。」真平が正論を言い放つ。
「なにそれ!あれは昭和の文化に敬意を込めた特別なチョコだったのよ!」琴美が詰め寄る。
沙羅が横から口を挟む。「そういう意味じゃ、私はホールケーキだったんだから、このハンカチはちょっと…格差がある気がするけど?」
「じゃあ自分で買ってくれ!」真平が叫ぶ。
「こんなのじゃ満足できないわ!」琴美がドンとテーブルを叩く。
「で、どうすりゃいいんだよ。」
琴美はドヤ顔で言い放つ。「ホワイトデーには、手作りのお返しが必須なのよ!」
沙羅が腕を組みながら、「真平が手作り?それ、逆に怖い気がするんだけど。」
「そんなことないわ!真平、ここで何か作りなさい!」
「ここでって…部室にキッチンなんてないぞ!」真平が困惑するが、琴美は意に介さない。
「あるわよ!昨日、炊事場を掃除しておいたから!」
「マジかよ…」真平は額を押さえる。
3人は部室隣の炊事場に移動。琴美が大量の材料を取り出した。
「はい!これで手作りクッキーを作るのよ!」
「おいおい、俺一人でやらせる気か?」真平が抗議すると、琴美は当然のように言い放つ。
「当たり前でしょ!これは男の誠意を示す儀式なの!」
沙羅は鼻で笑いながら「じゃあ私は監督役ね。」と手伝う気ゼロ。
真平が渋々ボウルを手に取り、クッキー作りを始める。
だが、材料を混ぜる段階から大混乱が始まった。
「もっと力強く混ぜなさいよ!昭和の男なら力が必要なのよ!」
「いや、クッキーに昭和も何も関係ないだろ!」
「卵、割るの下手すぎでしょ。殻入ってるわよ。」
「ならお前がやれよ!」
やがて、クッキーの生地が完成し、焼く段階へ。
「オーブンの温度は…えっと、」真平はあることに気付く、「オーブンは?」
「ここは宿直室よ!そんなもんあるわけないでしょ」
琴美の言葉に、真平は頭を抱えた。
「おいおい、オーブンがないのにどうやって焼くんだよ!」
琴美は平然とした顔で「簡単よ。昭和の魂を信じれば、どんなことだって可能なの!」と謎の理論を展開。
沙羅が呆れ顔で口を挟む。「琴美、それ、ただの思い込みでしょ?何か方法を考えないと。」
琴美は一瞬考え込むと、「そうだ!炊事場にある鍋を使えばいいのよ!」とひらめいた様子で言い放つ。
「鍋でクッキーを焼く…?そんなの無理に決まってるだろ!」真平は絶望的な気持ちで反論するが、琴美は聞く耳を持たず、さっそく鍋を持ち出してきた。
「ほら、鍋の中に生地を入れて火にかければ、即席オーブンになるわ!」琴美は自信満々。
沙羅が肩をすくめながら「まあ、やってみる価値はあるかもね。でも失敗しても知らないわよ。」と冷ややかに言った。
真平が渋々、生地を鍋に入れると、琴美が得意げに火を点ける。鍋の中からじわじわと煙が立ち上り、部室全体に焦げた匂いが漂い始めた。
「おい!絶対焦げてるだろ!」真平が叫ぶ。
琴美はフライ返しを手に鍋の中を覗き込む。「あ、ちょっと黒くなってるだけよ!まだセーフ!」
沙羅は笑いを堪えながら、「琴美、それ、どう見てもアウトでしょ。」と言い放つ。
焦げた部分を何とか削り取って完成したクッキー(もどき)を、琴美が真平に差し出す。「はい!味見してみて!」
「俺が!?作ったの俺だぞ!」真平は拒否するが、琴美と沙羅にじっと見つめられ、観念して一口かじった。
真平の表情が一瞬で曇る。「……硬い。これ、クッキーっていうか…石だな。」
琴美が慌ててかじると、歯が立たず「こ、これが昭和の男たちが食べたものの味…!」と強引に納得する。
沙羅は笑いながらも一応手に取り、「これはこれで面白いわね。」と言いながら、そっと机の上に戻した。
その日の帰り道、真平は改めてため息をついた。
「ホワイトデーのはずが、なんで俺がこんな目に…」
横で琴美がニコニコしながら「楽しかったわね!」と振り返る。
沙羅は肩をすくめながら「まあ、昭和魂ってやつも悪くないかもね。」と付け加えた。
真平は「これで良かったのか…?」と思いつつも、二人の笑顔を見て、少しだけ救われた気分になった。




