風の宅配便
金丸億兆の力自慢大会に参加すべく、電車で隣町の“専用フィールド”とやらへ向かう、挑戦者の「龍冥寺万城」をはじめとした、俺「愛角一皐」とその友人「欠重十瑠」「透鏡百真」に「白青赤千夜梨」を加えた5人。
俺らの胸騒ぎとは裏腹に、この電車はやけに静かな運行だった。緊張からか沈黙も続く…
「ねぇ! 金丸さんって何の能力者なんだろう?」
突如、静かな空間を千夜梨の声が矢の如く破った。
「うーん。確かに、何の能力か次第では勝てるし負ける」
「戦う上で知ってたりするのか? 万城」
「いや、知らないな。まぁ向こうも俺の能力は知らないし、そっちのが公平だろ」
千夜梨の一声がきっかけとなり緊張は少しほぐれた様だった。
しばらく雑談をして電車が目的の駅で止まった。駅の正面には大きく「高耳町」の看板が建てられていた。
「来たー! 隣町だけど来たことなかったんだー、高耳町」
百真が目をキラキラさせている。初めて来る場所というのは、ただの住宅街ですら、風情を感じるものである。
「で、その専用フィールドとやらはどこにあんだ?」
十瑠は早く帰りたいのか、えらく貧乏ゆすりをしていた。
「あぁ、確か駅まで迎えに来てくれるらしいぞ」
「え?もしかしてあれ!?」
千夜梨が指を差した先には50人くらいなら乗れるのではないかと思うほどの大きなリムジンだった。
「い、いや。さすがにそんな訳ないだろ…」
すると、そのリムジンから英国紳士風のご老人が降りてきた。その老人は歳を感じさせないほどに姿勢が良く、俺らのところまで歩いてきた。
「私、金丸億兆の執事をしています。「大崎」と言います。あなた様が龍冥寺万城様。そしてそのご友人の方達ですね?」
優しく丁寧な口調で老人は言った。
「は、はい!」
心なしか万城も姿勢を少し正している気がする。
「では、こちらにお乗りください。会場まで向かいます」
本当にこのリムジンに乗るのか、と俺は少し嬉しかった。
リムジンの中は正直ウチよりも快適で、そんな幸せな時間は早く、気が付いたら専用フィールドについていた。
そこでも俺は驚いた。そこにはプロ野球グラウンドくらいはありそうな広大な大地が広がっていた。所々にわざとらしく置かれている巨大な岩石や大樹はおそらく、能力バトルを盛り上げるためのものであろう。みんなこのフィールドに立ち尽くしていると後ろから爽やかな声がした。
「やぁ、よく来たね!」
一斉に後ろを向く。そこには何度もテレビだかネットだかで見たことのある「金丸億兆」が立っていた。
「君が、万城君かな?」
「え? 俺は違います。万城はこっちです」
金丸は俺のことを万城と思ったようで一番最初に声をかけてきた。俺は本物の万城をしっかりと紹介して、一歩引いた。
「あれ、そうか。万城君は君ね!よろしく」
「よろしくお願いします!」
万城の腹からの挨拶もこのフィールドには響き渡らなかった。
「それで、君の名前は?」
金丸はまた、俺に話しかけてきた。
どんだけ俺のこと気に入ってくれてんだよ。
…悪い気はしないけど。
「俺は、愛角一皐っていいます。どうも」
「ほぅ、一皐か…いい名前だ」
そうとだけ言うと金丸は万城を連れてフィールドの内側へ入って行った。心なしか俺らによった場所にいるようにも思える。
「万城君、準備はいいかな?」
「はい!大丈夫です!」
どうやら始まるようだ。
万城が空手の構えをする。万城は空手の全日本大会の準優勝者でもある。武術の心得は、俺らが保証する。
「構え、か。だったらこっちから行くよ、万城君」
金丸は万城に手を伸ばす。木枯らしが吹き、万城は目を閉じる。その刹那、金丸の姿は消えていた。
「!?」
万城は動揺からか、一瞬構えを緩めた。が、一瞬で構えを戻す。そんな万城は…笑っていた。
「金丸億兆…ステルス系の能力か?なんにせよ相手の不意をつく、確かに厄介な能力には間違いないだろう。だが、その能力、俺には効かない!なぜなら俺の能力は…」
【展望鳥目世界】
そう唱えた龍冥寺万城の能力、それは『鳥の目』。
フィールドを上からの目で把握し、敵の位置や戦況を読み取ることができる。それに加え万城自身の身体術により四方八方からの攻撃に対応できる。死角のない完璧な攻防体制。 …ただ一点を除けば
「バーカ!どこ見てんだよ …上だ、上」
金丸の声がした。万城の自信に満ちた笑みは自然と崩れてゆく。万城は恐る恐る、ゆっくりと上を見上げる。
『鳥』の届かない天空。そこに浮かぶ金丸億兆の姿。
「まさか!? 飛行系の能力者、だと…」
不敵な笑顔は万城に、絶望の風を運んだ。