僕と爽やかな朝
目が覚めたら、朝だった。
「そうちゃん。起きてるの? お母さんもう出ちゃうから、戸締りしっかりお願いね」
ぼうっと天井を見つめていると、階下からの母の声がした。日曜だというのに、今日は仕事らしい。お忙しいようで。
「んー」
時刻はもうすぐ8時になるところ。カーテンを開けると3月の春のあたたかな日差しが飛び込んできた。隣家の屋根でスズメが数羽遊んでいるのが見えた。
僕は深呼吸をして清々しい朝を存分に吸い込んだ。と同時に、「いってきまーす」という元気な声と玄関の閉まる音が聞こえた。
「さて」
僕は窓を背にし、部屋中を見回してみた。
いつもと変わらない自分の部屋。小説や漫画が収まった本棚、机の上には予備校の参考書が積まれている――一応僕も受験生なのだ。ついでにベッドの下まで覗いて確認してみたが、何も異常はなかった。
いつもの自室に、いつもの日曜の朝だ。ひとまず安心。
気を取り直して、寝間着にしているスウェットを脱ぎ捨てた。
どうやら昨夜の出来事は夢だったらしい。夢なら良いに越したことはないが、ちょっと心臓に悪いぜばあちゃん。
つい最近祖母の三回忌を終えた影響なのだろう。それにしても生々しい夢を見たもんだ。
祖父は今年の夏で98歳になる。5年ほど前老人介護施設に祖母と2人で入所し、2年前に祖母が他界した。認知症が進んでしまっているものの、毎日3食しっかりとり元気に過ごしているそうだ。
とはいえ、もう年齢も年齢なので、親戚一同としては正直いつお迎えが来ても驚かない状態ではある。ちなみに僕は「あと2年で大台、いけるんじゃないか」なんて密かに思っていたりもする。
そういえば、最近アルバイトと受験勉強で会いに行けていない。近々顔でも見にいくか。
着替えを済ませた僕は階下へ降りた。
一階に降りると、ほのかにトーストの香りが漂ってきた。母が朝食にしたのだろう。焼き立てのこんがりパンの上でとろけるバター。最高じゃないか。僕もそうしよう。
朝の身支度を済ませてダイニングへ向かうと、スクランブルエッグとソーセージが載ったプレートがテーブルの上で待っていた。『おすそわけ』という母の走り書きかま添えてあった。ナイスアシストだ。
日曜の朝。朝食にはこんがりトーストとスクランブルエッグ、そしてソーセージ。おまけにコーヒーでも入れるとしよう。最高じゃないか。
僕はニヤリとして口角をあげた。家に自分しかいないのを良いことに、満足感を隠すことなく顔面にたたえる。
ふむ。実に良い朝だ。
トーストとコーヒーの出来上がりを待ちつつ、僕は麦茶を冷蔵庫から取り出して一口飲んだ。ひんやりとした麦茶がのどを通り、僕を完全に覚醒させた。これまた最高だ。
僕は残りの麦茶を飲み干そうとコップを傾ける。
「あら、そうちゃん。朝からそんなに冷たいものを飲むとおなかを壊すわよ」
「ぶーっ!!」
次の瞬間、僕は口から麦茶の霧を噴射していた。
「あらあらあらあら」
チーンというトースターの出来上がり音。こんがりと焼きあがったトーストがひょこっと顔を出した。
「ばあちゃん……」
僕の清々しい朝は、朝日にきらめく麦茶の霧とともに消え去った。