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「マギ」(MAGI):マギ

#記念日にショートショートをNo.27『緋色の逃走~A Prisoner in Scarlet~』(A Prisoner in Scarlet)

作者: しおね ゆこ

2020/2/14(金)バレンタインデー 公開

【URL】

▶︎(https://ncode.syosetu.com/n4412id/)

▶︎(https://note.com/amioritumugi/n/nd922097820e8)

【関連作品】

「マギ」シリーズ

 僕に家族はいない。

父は幼少期に交通事故で死に、母と7つ年上の姉は、13年前の大晦日➖僕が10歳だった時➖に殺された。

あの日のことはもうあまり覚えていない。

それでも、あの緋い夕日の色だけは、何故だろうか、はっきりと覚えている。もう家族だった父と母と姉の顔と名前も、自分の名前も思い出せないのに、あの緋い夕日の色だけは、懐かしさを覚える。

その日から僕は一人になった。甘えられる人がいなくなった。一緒に笑う人がいなくなった。何もかもが僕からいなくなった。

悲しいならそもそもの感情を失ってしまえばいい。そう思い続け、いつの間にか僕から感情は消えていた。それは自分自身を抹消するのと同等の意味を含んでいた。

「犯人は数人のギャルたちだ。」

この刑事さんの言葉に身を預け、ただ生きていくためだけに、僕は僕から全てを奪った人たちを生贄に、10歳からの13年間、金銭を奪い続けた。



 誰にも気付かれないようにスリを働くのは容易かった。相手が能無しだったから、それはもう余計に。簡単に金を手に入れることができるのに、1回1回のギャラも多い、上手い儲け話だった。

 繁華街は絶好の儲け場所。人が多いから金を取る際にぶつかっても不審な点は何もない。

多い時は1日に100万近く手に入ることもあった。



 スリの腕はプロ級で信者もいた僕だが、一度だけミスをしたことがある。

 それは4年前、19歳の時だったと思う。繁華街で一通りスリを終え、帰ろうと駐車場に止めた車に向かっていた時。

 立体駐車場の入り口で、後ろから突然服を掴まれた。

「お兄さん、今日、4回スリしたよね?」

小柄で茶髪の、眼鏡をかけた男の子が立っていた。ほんの小さな子供で、最初は冗談かと思ったよ。

だけどそいつは、僕がその日働いたスリを、事細かに全て言い当ててみせた。

「スリをしたのは全4件,全てターゲットはギャル。1人目はタバコを吸っていた緑色の髪の女性,2人目はガングロの女性,……」

怖かったよ。言い当てられたからじゃない、そいつの目が、何もかもを見透かしそうで、僕の失った記憶を呼び覚ましそうで、もう駄目だと思った。感情なんて失ったはずなのに、〝怖い〟という得体の知れない感情が心にあった。咄嗟に背を向けて走ったよ。立体駐車場の中を、坂を駆け上がって、必死に走ったよ。

自分はかなり足が速いと自負していたから、捕まることはないと確信に近い感情を抱きながらも、少し焦っていた。足音が反響していた。早く逃げなきゃ、それだけだった。

 途中から足音が少なくなった。そして徐々に聴こえなくなっていった。ついに巻いたのか、そう思って、走りながら後ろを振り返ってみた。追手はいなかった。巻き切れたのか、そう思って、少しスピードを緩めたのが迂闊だった。

 突然、右肩を何かが抉るような痛みが貫いた。右肩から血が吹き出していた。撃たれた、と理解するまでに数秒かかった。足音がだんだん近付いて来た。自分の車に辿り着くまでに、追手に見つかることは明白だった。もう駄目だと、覚悟したよ。

 その時だよ、上からトラックが降りて来たのは。どう考えても最後のチャンスだった。咄嗟に、トラックの荷台に飛び乗った。すぐに、荷台に身を伏せ、シートで覆い隠した。

 その後は荷台に身を隠し、堂々と追手の目の前を通り過ぎるだけだった。見事な脱出劇だったよ。

 その後何日経っても、追手はやってくることはなく、誰にも怪しまれることなく、僕はスリを繰り返しながら日々を過ごした。

まあ追手が僕を見つけられなかったのも無理もないさ、途中でトラックを降りたんだから。

唯一の誤算は、右肩を撃たれたことで、右腕に痛みが残ったことだった。それ以来はスリの際、左肩からぶつかって行くことしか出来なくて、ワンパターンに飽きてしまっていたよ。

少々腑に落ちないのは、その日僕が働いたスリを全て正確に言い当ててみせたその少年が、なぜ地面に落ちた途切れた血の跡に気付かなかったのか、ということなんだけど、夜だったから見えなかったのだろうか。



 刑事の父は昔からよく僕に言っていた。

「お前は勘が良いし洞察力もあるから、その内気付くだろう。だが、これは父さんの口からきちんと説明しとかなきゃいけないことだと思う。今から話すことに、嘘も偽りも何一つない。聞いてくれ。

……お前は、不倫相手との子供だ。」

父さんの話はこうだった。

刑事の父は、僕が生まれる何年も前から、付き合ってきた女性がいるらしい。

しかし、その人は既婚者だった。お互いに駄目だと分かっていながらも、離れられないまま、ずるずると年月が過ぎてしまった。

不倫相手の旦那さんは、14年前➖僕がまだ生まれる前のことだ➖交通事故で亡くなったらしい。それ以降、父は女性に再婚を持ち掛けていたが、女性は2人の子を持っていたし、他にもいろいろあって、父の提案を渋っていたらしい。しかし10年前、ようやく女性も重い腰をあげ、その女性は父との間に新しい命を授かった。

女性は父との間に新しい命を授かることを最後に、父との関係を終わらせることを望んでいた。出産するだけで、夫婦にはならないことを、2人の子供に知られないことを望んでいた。父も最後には折れて、それを了承した。

出産予定日が近付いた9年前の大晦日。自体は急変した。

その女性は娘と一緒に横断歩道を歩いている時に体調が悪化。車に轢かれそうになったところを娘が身代わりになり車に轢かれ、娘は死亡。事故には巻き込まれなかったものの、女性もその後、妊娠中毒症で新しい命と引き換えに息を引き取った。

その時生まれたのが、僕だ。

女性は息を引き取る寸前、父にこう言ったらしい。

「…もう一人、……10歳の息子がいるの……お姉ちゃんはもう高校生だから…私のお腹を見て気付いたみたいだけど……息子はまだ小学生だから…私が激太りしたことにして…誤魔化しているの……息子には……このことは言わないでほしい……刑事であるあなたの口から…私とお姉ちゃんが…そうね……あなたが学生時代…虐められていた……ギャルに殺された…って嘘を言ってほしい……」


あの時、追いかけたスリの顔を見た時、すぐに分かった。目の奥にある色の意味に。

立体駐車場の中を逃げるスリを追い掛けながら、どうしようか、考えていた。

とにかく、近くにいた父を呼んだ。

相手は速かった。距離が徐々に引き離され、2階半くらいの差がついていた。

逃したくない、でも逃げてほしい……自分でもどうすればいいのか、分からなかった。

父が来たのはその時だった。父はコンクリートの壁の合間から、途切れ途切れに見える相手に向かって、サイレンサー付きの銃を撃った。

父も分かっていた。相手が一人残された、亡き妻と最初の旦那との間の息子だと。

父は泣いていた。

泣きながら構えた銃を下ろしていた。

その後すぐ、荷台を覆うカバーの端に血が少し付着したトラックが降りて来た。

僕と父は、黙ってそれを見送った。

【登場人物】

●マギ(Magi)/魔擬薔 緋稀(まぎば ひき/Hiki Magiba)/福上 緋人(ふくがみ あきと/Akito Fukugami)/幸神 悠緋(こうがみ ゆうひ/Yuuhi Kougami)


●少年

●刑事

【バックグラウンドイメージ】

【補足】

①タイトルについて

マギが〝緋〟という漢字と深い関連性があることから、まず、この〝緋〟という漢字を含めたタイトルにしたいと考えていました。推理小説家コナン・ドイル(Conan Doyle)氏の『緋色の研究』(A Study in Scarlet)と名探偵コナンの劇場版『緋色の弾丸』(2021年公開)を参考にしました。

②時系列について

4年前:邂逅(マギ19歳,少年9歳)

→その9年前:マギの母と姉が死亡(マギ10歳,少年誕生)

→その5年前:マギの父が死亡(マギ5歳)

③マギの母と姉の死亡原因について

マギの母・陽夏(ひな)と姉・萌炎(もえ)は、ギャルに殺されたのではなく、実際は事故死と病死でした。

マギの母は、太輝(たいき)と結婚していましたが、ずっと刑事とも付き合っている、いわゆる不倫状態にありました。

④バレンタインとの関連性について

「マギ」シリーズの象徴である「緋色」がバレンタインのテーマカラーである赤色と近しいこと,「緋色」という色に個人的に毒々しさを感じていること,アル・カポネによるモラン殺害事件である「Bloody Valentine(血のバレンタイン)」のようなダークなイメージを持たせたかったこと,から、バレンタインを公開日に選びました。

【原案誕生時期】

公開時

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