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白波の騎士物語~滅ぼした世界を救う~  作者: 555
第一章 旅立ちと孤児院
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1-7 発狂区

 一方その頃。


「うわああああああああああああああああああああ」


 突如として起き上がった死体に顔面を咀嚼され絶叫するカイン。叫んでいたのは一瞬か、一秒か、一分か。とにかく声の続く限り叫んで、喉が張り裂けそうなほど叫んで──悪夢は唐突に終了した。


「早く起きなさい!」

「痛ァ!?」


 横っ面を叩かれてのけ反り、青年の口の中に血の味が広がる。

 頬に走った痺れる痛みに手を抑え、そしてカインは前に立っているマリアを凝視し、次に自分の体を見た。死体に食われてもいなければ虫にも侵入されてない。


「今、なにが……いや、死体が……」

「死体? あなたはいきなり過呼吸になったと思ったら人の顔見て絶叫したのよ! まったく失礼ね!」

「だっていきなり死体が」

「ああ、これ?」


 マリアが床に転がっていたものを乱暴に蹴飛ばす。それは先ほど転がっていた死体だった。

 わけがわからないという表情するカインを見てマリアが呆れ気味にため息を吐いた後に死体を指さした。正確には死体の持っている棘のある鞭を。


「あなたコレに触れた?」

「あ、ああ。その鞭に触って、なんか棘みたいなものが指に刺さった」

「そう、じゃあそれが幻覚の原因ね。こいつらの鞭に幻覚剤や発狂草っていう毒草のエキスが塗られているわ」

「幻覚剤? じゃあ俺が見てたのは幻覚?」

「おそらく鞭に触れたときに指先に付着したんでしょうね。おかげで元からおかしな言動が悪化してたわ」

「誰がおかしな言動だ。それで、こいつらは一体なんなんだ? あんたは何か知っているのか?」

「ここは天使教が廃棄した孤児院、そしてこいつらは天使教会の暗部、『伝道者』よ」


 暗部。伝道者。カインはそんな単語聞いたことがなく、首を傾げる。


「悪い奴らなのか?」

「悪いっていうかイカレた連中でね。狂気の中に天使がいるはずだって今言った発狂エキスを服や武器にしみ込ませて常時服用しているのよ」

「じゃあ早く二人と合流しないと……」

「二人? ああ、さっき言っていた、奥に逃げたというお仲間のこと?」

「そうだ。俺は二人を助けに──」

「助けに? 上の仲間を見捨てて逃げたんじゃなくて?」


 図星を突かれてカインが動揺する。すぐに否定しようとして、だが言葉に詰まった。

 どれだけ言葉を取り繕うとマリアの言葉は真実だ。戦いたくない。怖い。だから戦いの場から逃げだしてそれらしい理由に縋りついているのだ。


「しかた……ないんだ……俺は弱くて。戦えない」

「……情けないとは言わないわ。所詮はお坊ちゃんだもの。いきなり戦えという方が無理なのよ」


 マリアは優しい声で許した。

 逆にそれが情けなさを加速させる。自分よりも小さな少女に慰められる自分に、慰められて安堵してしまう自分にどうしようもない悔しさが込み上げた。

 そこへ地震が起きてパラパラと土埃が降ってきた。


「な、なんだッ!?」

「上で戦いが起きているようね……」


 まるで知っているかのようにマリアが天井を向きながら呟いた。


「まさかアルバスとポーンが……いや、でもマリアは入ってくるとき何もなかったって」

「それよりも早く仲間を連れて脱出しないとここも崩れるかもしれないわ」


 崩れる。その言葉にカインの背中に冷たいものが走った。

 見たところ長く打ち捨てられたこの建物なら本当に崩れるのかもしれない。


「崩れるだって……そんな……早く脱出しないと」

「待ちなさい。まさか仲間を見捨てて逃げるつもりなの?」

「っ……!」


 迷う。正直にいえば仲間を見捨てて逃げ出したい。奥にいる仲間を助けに向かって、それで崩れれば最後。カインは二度と太陽の光を拝むことはないだろう。こんな隠し施設に助けに来る人がいるとも思えない。

 だから入り口から遠ざかる──助けにいくことは躊躇った。ほんの、一瞬だけ。


「マリアは先に地上へ戻れ。俺は先に行って仲間の安否を確かめてくる!」


 ソルデン家には独自の家訓があった。

 奴隷を長く使うための心得のようなものだがある種の帝王学に近い考えで、その中のひとつに「奴隷が生きた商品であることを忘れるな」というものがある。


 生物どれいは考える──だから奴隷は自由を求めて奴隷商人の背後を狙っていることを忘れるなという戒め。

 生物にんげんは死ぬ──だからこそ彼らを死なせず守らねばならないという戦士の戒め。


 戦士であり隷商であるソルデン家だからこそ生まれた家訓だろう。

 戦場では奴隷に裏切られぬように誰よりも雄々しく恐ろしい戦士となり、そこで捕えた者を奴隷とする。誰であろうと関係なく、平等に鞭を打ち全員から恨まれても常に考えるべきは奴隷だれかの健康である。

 命は大事だ。失われてはならない。


 人を人と思わぬ冷酷な家訓であるが、それゆえに彼らは奴隷に慈悲を、労わりを与える心があった。

 冷厳に鞭を打つ反面、少しでも奴隷が健康に、長く使えるようにと打算的であるが嘘偽りのない優しさがあった。


 カインはその心を歪かつ強大に育んでしまったゆえのソルデン家の落伍者であるが、上位者の務めを忘れたことはない。

 カインは誰かの命を大事にする。



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