1-5 再会
お詫び:
前回の話でマリアは隠し扉から出てきたとしましたが、カインの後ろからやってきた風に変更しました。
「マリアさん!? どうしてここに?」
「見て分からない?」
頭陀袋に羊皮紙とペンをこれ見よがしに見せつけるマリア。
紙、ペン……記録! もしや彼女も調査団員なのかとカインが思い──
「小説の取材よ」
「んなもんわかるか!」
「そういうあなたも取材? ひまなの?」
小馬鹿にした態度で笑うマリアにカインが青筋を立てる。
さっきまで静粛に努めていたことも忘れてカインは怒鳴った。
「んなわけないだろ。っつかあんた自分で自分の仕事を暇扱いすんなよ!
っつうか! どうやってここに来た?」
「どうって……多分あなたと同じ入り口からよ。ここには一本道しかないんだもの」
「あの血だらけの……入り口をか? 何ともなかったのか?」
「やっぱり殺し合いか何かがあったのね。あそこにいた人間は全員殺されていたもの。
もしかして、あなたがやったのかしら?」
「そんなわけあるか! 騎士だ! 天使教の騎士たちが五人も俺たちを襲ってきたんだ!」
そこからカインが自分の事情を説明するとマリアは首を傾げた。
「あら変ね……私が来た時、天使教の騎士たちは全員死んでたわよ」
「え……」
マリアの告げた言葉でカインが青ざめる。
恐怖というより未知で訳がわからなくなり思考が固まる。
そして地団駄を踏みながら思った事を口からそのまま吐いた。
「死んでいた? 全員? じゃあアルバスがやったのか? いや、アルバスも死んでいるかも……じゃあ誰が……ああ、もう! わけわからねえ!!
天使教の守護騎士たちは俺らを襲ってくるし、ここに入ってみればこんな死体まで転がってるし!」
「は? 死体って何を言っているの。そんなものあるかしら」
「いや、ここに……」
そう言って死体が転がっているはずの床を見たカインは戦慄した。
死体が消えている。
死体があった場所には蛆一匹残っておらず、煙のように消えていた。
「な、馬鹿な!?」
死体が動くわけない。すぐ近くにあったのになくなったことに気づかないなんてありえない!
だがそのありえないが実際起きたことで、カインはひどく狼狽えた。
「だって、確かにここに! 死体が──」
あったんだ、と言おうとして床からマリアの顔へ視点を移した瞬間、カインの顔は恐怖で凍りついた。
目の前にいたのはマリアではなく先ほど転がっていた死体の男だったからだ。
顔中が蛆に食われ、眼球は白濁し、だらしなく空いた口からは百足が湧いている。
「う、あ……」
カインは後ずさりしたが、死体の腕が機敏に動きカインの首を捕まえた。
抵抗しても腐った指が万力のような力が込められていて振りほどけない。
そして虫まみれの口が、構造上ありえないほど大きく開き、カインの顔を飲み込んだ。
「あ、うああああああああああああああああああああ」
死ぬ。死ぬ。嫌悪感のあまり思考が死ぬ。錯乱して何も考えつかない。
口から、鼻から虫という虫が侵入し、喉を伝って胃に入り、内臓を食い破り、臓物が逆流して──
「マリアは無事に孤児院の奥までいけただろうか」
地上では白波の騎士が隠し扉の前に立って独り言をつぶやいた。
孤児院とはこの隠された地下施設のことであり、天使教の暗部ともいえる場所の一つである。
数年、あるいは数十年前に孤児院としての機構は破棄されているが天使教において不都合なものを最奥に封印しているため隠蔽されてきた。
隠蔽には教会の奇蹟と魔術によって結界が施されており、ただの山賊程度が敗れる代物ではない。
それが破られたということは尋常ならざる者が入り込んだ証拠である。
教会は即座に討伐部隊を送りこみ、その先遣隊に五人の騎士を送った。それらはキャラバンの優秀な傭兵と相討ちになり、その傭兵も殺された。
最初の侵入者が連れてきたこれに!
「『出来損ないの妖精獣』か。見るのは初めてだがおぞましいな」
白波が失笑を交えて侮蔑を放った先には怪物がいた。
その怪物は『毒猿』と呼ばれ、大きさは三メートルを超える巨大な類人猿だった。両手には大きな山刀を一本ずつ持ち、呪術すら使うことの出来る凶悪な魔獣である。
だが南方の大河を超えた先にある毒沼・毒川のある谷に生息するはずの毒猿がここにいるはずがない。
毒猿は一カ所に定住するタイプの魔獣で、河を渡ったとも聞かない。
ならばなぜここにいるのか。その答えは毒猿の首から上にあった。
白波の眼前にいる個体の首から上は猿の首ではなく人間の上半身が生えている。そしてゾンビの額には杖が突き刺さっていた。
言うまでもなく自然界の生物ではない。
人間の方は死霊魔術で操られた屍体である。
ゾンビの上半身と毒猿の胴体は無理やりに生体融合させられており、額に突き刺さった杖に操られているのだ。
「GRUOOOOOOOOOOOOOOOOOOO」
怪物が全身を血を吹き出させて吼えた。
両手に持っている巨大な鉈を振り上げて怒涛の勢いで白波へと迫る。
魔獣は手練れの人間が数人いれば狩れる程度の魔物だが、逆を言えば手練れが数人も必要な戦力といえる。ゆえに古来より魔獣を飼いならそうとする勢力は後を絶たなかった。
そこで邪教集団は考えた。
“言うことを聞かせられないのなら、聞くような頭にしてしまえばいい”
邪教集団は捕えた魔獣を生きたまま首から上と死体を入れ替え、その死体を死霊操作の魔術で操ることで生きた魔獣をそのまま手に入れるという方法を取った。
この『出来損ないの妖精獣』はとある邪教集団によって作られた、冒涜に冒涜を重ねた生物兵器なのだ。
「GUAAAAAAAAAGOOOOOOOO」
操られている毒猿の体が山刀を振るう。毒猿の腕は人間の数倍に匹敵する膂力を持つ。
そんな馬鹿力で振られた山刀は大地を割ってを揺らした。しかしその刃の先に白波の騎士はいない。
「前はお前のせいで何もかもが失敗した」
アルバスが生きていたら白波の動きに唖然としただろう。
あまりにも流麗かつ素早く毒猿の脇をすりぬけて後ろに回っていた。動きの一つ一つが粗削りながらも磨かれており、百戦錬磨の戦士だと分かる。
しかしそんなことを白波は誇るつもりはない。この技術があろうとなかろうと、あの時、世界は滅んでしまったのだから。
「だから今度はミスしない。お前はここで死ね」
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