1-4 孤児院
カインはぬかるんだ暗い通路をランタンで照らして進む。
石に囲まれた暗い通路を歩いていると口を開いた怪物の胃袋へ入っているような錯覚にとらわれる。そのイメージのせいで歩みはかなり遅い。曲がり角をびくびくしながら進むと先がうっすらと青白い光で照らされていた。
「なんだ? 何か建材が光ってるな」
近づいていけば天井、床、壁に何か青白く光るものが埋め込まれている。顔を近づけてみれば光っているのは氷のような透き通った結晶だった。謎の発光体は奥に進むにつれて増えている。ランタンほどではないが、通路を歩くには十分な光量だ。
「この先、ランタンはいらなさそうだな」
片手を塞ぐランタンは邪魔だから通路を置こうとして、足元を見た。
そしてカインは絶句した。
自分の靴底は血塗れだったのだ。
「な…………んだ、これ?」
地面は湿気でぬかるんでいたのではない。
血だ。夥しい量の血でぬかるんでいたのだ。
「最悪だ……」
血は渇いていない。つまり真新しい血だ。
地上の人々をバラバラにした下手人がこの中にいるのかもしれない。
カインは入り口に帰りたくなったが、中に入った二人を見捨てられず奥へと進んだ。
さらに先に進むと途中で地面に床板が敷かれていた。
床板の上には何かを引きずったような血の跡が続いていた。
板は長い年月と腐食によって痛んでおり、足を置くとギギギと不気味に軋む音がする。もしも「何か」がいたらカインの位置など丸わかりだろう。
だんだん道幅が広くなり、人の生活していた跡が見受けられた。机や椅子が無造作に通路に置かれ、何かが書かれた羊皮紙が散らばっていた。その内容は羊皮紙が腐敗していて読めない。
(誰か住んでいるのか?)
隠された入り口。何かを隠すように地下に作られた生活空間。
まさに秘密基地と呼ぶべき場所なのではないだろうか。
(悲鳴がしたのはもっと先か?)
床の血痕を追って更に奥へと進む。
床板が軋む音の他に人の吐息や声、足音が聞こえてないかとカインは耳を澄ませているが、自分の生み出す音以外は何も聞こえてこない。道はもう大人が五人並んでも通れるくらい広いのに何の気配も感じない。
ルーとランドはどこに消えたのだろうと不安に思っていると広い部屋に出た。またしても机や椅子が無造作に並んでいたが、この場所にはより不自然なものもあった。
(子どもの遊具? こんなところに?)
小さな人形。積み木のブロック。騎士ごっこに使うような木剣など子どもが遊びに使う玩具が部屋の隅にまとめて置かれている。
(いったいなんだここは?)
洞窟をくりぬいた住居。どこかの貴族の倉庫。恐ろしい組織の秘密基地。いくつかの候補がカインの中に現れては消える。もしかすると根城にしていた野盗たちが知っていたのかもしれないが今となっては不明である。
そうして考え事をしながら歩いたせいでカインは不注意にも何かを踏んづけた。
足から伝わった柔らかい感触で下を見た時、仰天のあまりカインの呼吸が止まった。
そこにあったのは仰向けに倒れた死体だった。
何日も前に死んだのだろう、腐敗していて顔には蛆が湧いている。
それが何者かはすぐに分かった。簡素な黄色い服の腰には棘のついた鞭が巻かれていた。
「奴隷商人か?」
地下の隠し施設に、子どもの遊具。そして奴隷商人。
あまりいい組み合わせとはいえない。
奴隷商人の場合、鞭の柄には家柄を示す紋章が刻まれている場合がある。奴隷を出荷する際に販売者元を示す判を押す際に使われるものだ。
「いったいどこの……痛ッ!」
鞭を拾おうとしたカインの指先にチクりと鋭い痛みが走る。
薄暗くて分からなかったが鞭の取手には棘らしきものがついていて、カインはそれに触れてしまったのだ。
「なんで取手にまで棘がついてるんだよ!!」
舌打ちして死体から離れ、他にも何かないかを探すがここで行き止まりのようだ。
(二人はどこに行った? もしかして道を見逃したか?)
天井や床が灯っているといっても暗いことには変わりない。何かを見落とした可能性は否定できない。
と、そこで床の血痕が壁まで続いていることに気が付いた。
「まさか入り口と同じ……隠し扉か?」
カインが怪訝に呟きながら壁へ近づくと後ろから小さく足音がした。
(馬鹿な! 床板が軋む音なんて全く聞こえなかったぞ──!)
全身から冷や汗が噴き出て戦慄するままに全力で背後を振り返るとそこにいたのは知っている顔だった。
「あら、あなた。偶然ね」
帝都に来る前に出会った自称小説家のマリアだった。




