3-11終わらない明日へ⑥
己の不覚をマリアは深く後悔した。
血界を使おうとしたおかげで今のマリアは空っぽだ。
これは間違いなく死ぬと確信した。
しかし、ルナがあらんかぎりの声で叫んだ。
「だめーーーー!」
次起きたのはいったい如何なる現象か。
火に強風を吹きかけたみたいに聖なる刃が大きくブレる。
神の奇蹟が吹き消される事実にアリアンロルデは瞠目するもこれで二度目。
今度は鋼の意思で動揺を抑えつけた。
役に立たなくなった聖なる刃を即座に捨て、右手で直接マリアの頭を掴む。
「“断罪の……”」
直接奇蹟を叩き込んでマリアを殺そうとする。
判断の早さと的確さは間違いなく一流の戦士にも通じるものだ。
しかし、それでも僅かな遅れがあった。
「もう諦めろよオッサン!」
その遅れの間にカインの鞭剣が枢機卿の右腕を切り落とした。
人間であるアリアンロルデは腕を再生できない。ゆえに右腕は永久に失われた。
苦悶しながらアリアンロルデが再び距離を取り、マリアはそれ見たことかとカインを叱責した。
「今殺されかけたわ。あなたのせいよ、カイン。こいつらに情けをかける必要なんてないのよ」
「ほざけ。ヴァンピレス風情が。生殺与奪を握っているつもりか?」
「いいえ。握らないわ。今すぐに──」
決着をつけようとするマリアだったが、動きを止めざるを得なかった。
先ほどまでそこにいなかったはずの人影を認めたからだ。
「あらあら、これはどういうことですか」
マリア以外も声で気付き、その人物──金髪に単眼鏡をかけた女を注視した。
執事の服装をし、右手には真鍮の手甲を装着している。
「監視の守護騎士が全滅していたかと思えば封印対象が解放されているし、ヴァンピレスが二体もいる。
ご説明いただきたいですね、アリアンロルデ卿」
カインは女が首からぶら下げているペンダントに気付く。
天使教徒のする翼を象った護符であり、すぐにルナの傍へと移動した。
マリアも気付き、苛立ちながら問いかけた。
「今度は何? あなた誰よ」
女は慇懃無礼に答えた。
「天使教総本部、円卓枢機卿第二位『秘書官』でございます。
本名は控えさせてくださいませ。穢れた血に名乗る名はありませんので」
「枢機卿……がもう一人!?」
カインが慄く。アリアンロルデがもう一人現れたと思えば状況は最悪と言っていいだろう。
だが秘書官を名乗った女は首を横に振って戦意はないというように両手を挙げた。それに憤ったのはアリアンロルデだった。
「どういうつもりだ貴様!!」
「どうも何も戦うつもりはないのですが?」
「目の前にいるのは我らの宿敵、それも四大の一角だ!! それが今、ここで倒せる機会なのだぞ!?」
アリアンロルデが鬼気迫る表情で女を詰るが、女は態度を崩さない。
「確かに蚊どもは滅殺対象ですが、『秘書官』が何を優先するかはご存じですよね」
「教皇猊下の命か」
秘書官は指を鳴らして首を縦に振る。
「至急、ガルプ帝国内にいる枢機卿を戻せというご命令です」
「何? いったい何が起きたのだ」
「それはここから去った後でご説明いたします」
二人の会話を聞いていたマリアが斧の先を秘書官へ向けた。
「あら、逃げられると思っているのかしら?」
状況的には二対二。
マリアとカインは挟まれているがアリアンロルデは負傷し、カインは回復済み。
だがこちらにはルナがいる。相手が天使教ならば彼女を守るのにも注力する必要がある。
そのため実質的には秘書官とマリアの一対一に等しい。
カインにすべき事はルナを守ることとアリアンロルデを見張ることで、状況の行く末を見守るしかなかった。
決戦の空気が漂う。そんな中、秘書官が呆れ気味にため息をついた。
「我々を逃がさないつもりであるならば、もう手遅れでございますよ。
あなた方は私の幻術にかかったことすら気付いていなかったのですから──“輝ける空”解除」
秘書官がそう告げて指を鳴らすと秘書官とアリアンロルデの姿が消えた。
「…………は?」
敵が煙のように消えてしまい呆然とするカイン。
マリアは秘書官がいた場所へと歩き、そこにある書き置きを見た。
書き置きにはこう書かれていた。
「『殺そうと思えばいつでも殺せる』……か、なめてくれるわね」
マリアが苛立つままに書き置き握りつぶす。
くしゃりと虚しい音がこだました。
「奴らを逃がすほどの理由なのか?」
失った右腕の傷を抑えながらアリアンロルデは秘書官に問う。
「奴らは完全に術中にはまっていた。殺すのに数分もいらぬはずだ。
聖都を失った無念を抱いたまま死んだ先達たちへ報いる機会をなぜみすみす見逃すのだ?」
アリアンロルデの批難に秘書官はため息をついた。
「アリアンロルデ卿。あなたの教会への献身も、神への信仰も私は尊敬しております。ですがあなたは意固地になりすぎる。
人類最後の希望の力。最善でいるための教義。それが天使教です。私たちはそれが揺らがぬように動かねばならない」
「貴様に言われなくても分かっている。だからこそ逃がすなと言っている」
「興奮なさらず。実のところ……この状況は天文台に予兆されていたことです」
なんだとと激怒する封印者は秘書官へ厳しい眼を向ける。
「アレらを逃がしたのは世界崩壊案件だからです。
”失わせた伝承の墓からこの世の終わりがやってくる。もしも墓に戻せぬならば朽ちるのを待つがいい。それも墓に戻すと同じである”──それが天文台が導き出した預言でした」
失わせた伝承。つまり天使教が闇に葬った多くの案件のことだろう。
「墓と予想されるのは封印区か、あるいは発狂区か、聖墓。
ゆえに監視に守護騎士を置き、守護騎士たちに付けた信号の護符が消えるとすぐにあなたに向かっていただきました。まあ、無駄でしたがね」
「貴様からは”封印区の賊の処理に向かった騎士が死んだ”としか聞かされていないぞ」
「あなたに教えたら奮起して殺してしまうかもしれないからです。墓に戻す──封印物の場合であれば封印状態に戻すということ。戻せないなら朽ちるのを待つしかない」
「では奴らは放置すると?」
「ええ、それもまた墓に戻すと同義ということなので。
とにかくこれで私の極秘任務『終わらない明日へ』は終了です。
そして先ほど出された第二の予兆に対応しなくてはなりません」
「第二の予兆だと。それも天文台が出したのか?」
「ええ、 あなたを連れ戻したのは『封印者』としての力が必要だからです」
「……何があった?」
「ヴァンピレスの母星が再び降ってくると、アルトリア占星天文台が観測しました」




