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白波の騎士物語~滅ぼした世界を救う~  作者: 555
第三章 白波の騎士
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3-10 終わらない明日へ⑤

 封印されて間もないせいか全部聞こえていた。

 ドッソドーン討ち取ったりというアリアンロルデの憎い勝鬨も。

 その後にやってきたカインとルナの戦いも。


(馬鹿な子たちね)


 あのまま逃げればアリアンロルデと戦わずに済んだ。

 そんなの子どもでも分かるだろう。

 でも二人は戻ってきてしまった。

 理由は明確だ。私のせいだ。


 歓喜(よろこび)嚇怒(いかり)が湧く。

 喜びは私のために戻ってきてくれる人がいる喜び。

 怒りはそんな人たちを危機にさらしてしまった自分の弱さへの怒り。

 その激情は地下まで届いて──


(あら、あなた……)


 この施設の防衛装置──天使教が作り出したスライムにまで届いた。

 その正体(なかみ)はかつての異端と呼ばれた人々であり、”海還り”を強制されてスライムにされたのだ。海に戻りたいという意思もなくただ侵入者に襲い掛かるだけのものへ改造されてしまった魔獣(かれら)は私の強い感情に反応した。

 スライムに言語野はない。だが、感情の波が届いた。


(許せない。ここから解放されたい。戦いたい)


 おそらくルナが近いせいだろう。あの子は海の巫女である。

 目覚めた彼女の存在は海に属するスライムを活性化させているのだ。

 なくなったはずの心すら取り戻させるほどに。


(ならば行きましょう、私と共に!)




 封印が弱まり、現実空間のスライムと精神的な径路(パス)が繋がったことでマリアは一気に浮上する。

 まず最初にやったのは()()の救助だった。

 杖が殺到しているカインに向かって掌を翳す。


「”海は語れり。月満ちれば喜びに涙を流し、月欠ければ悲しみで涙を流す。

 これが波濤の理なり──月の満ち引き”」


 光の刃がカインに突き刺さると同時に発動した引力の祈祷は"聖なる刃"を生み出していた杖ごと引き抜いた。カインが致命傷になるまえに全てがマリアへと引っ張られ、そして呪われた処刑斧がそれらを粉砕した。

 勝利を確信していたアリアンロルデが狼狽する。


「な……ドッソドーンッ!?」

「いい寝心地だったわ。これはお礼よ」


 一瞬で間合いを詰めたマリアの斧が横一文字に薙ぎ払われる。

 アリアンロルデが回避行動をとろうにも近すぎた。


「ぐおおおおおお」


「皮肉ね。異端者を始末し、再利用する。

 その命の冒涜が血貴族(わたくし)を助け、人間(あなた)を殺した」


 帷子の大半を失っていたアリアンロルデは深く斬られ苦悶の叫びを上げる。

 浮遊していた真鍮の杖たちが床に落ちて金属の合唱を奏でた。

 肋骨、肺、心臓を間違いなく断ったとマリアは確信する。

 だが次に彼女はありえないものを見て驚き、次に何ともいいがたい嫌悪感でその美貌を曇らせた。


「それで、どうやって生きているのよ」


 アリアンロルデの内臓はなかった。

 内臓の代わりに投げていた祭具と同じものが詰め込まれていた。

 あの杖帷子は、防具ではなかった。肉体だったのだ。

 脆弱な体を捨て内臓も骨も祭具とする狂気。

 アリアンロルデの狂った信念、その一端がそこにあった。


「そこまでして……天使教の何があなたにそこまでさせるのよ」


 内臓すらも奇蹟の道具に変えて神のために戦うアリアンロルデをマリアは理解できない。

 理解の範疇を超えた怪物としか扱えない。

 だがアリアンロルデはそれがお前の限界だと怒りの形相で答える。


「貴様には分かるまい……人が人として生きるには指標が必要だ。

 人が善良に生きるためには善を定めるものが必要なのだ。

 天使教は世界最古の()()だ。人々は安心を求め、主の恩情にすがる。

 そんな彼らの安寧のために我が身を捧げることをお前たちは理解できまい」


「耳障りのいい主張ね。その主に救いを求めない奴は気に入らないから殺してもいいと思っているくせに」


 アリアンロルデは「当然だろう」といいながら傷口を抑えて一歩、また一歩と後ずさる。


「違う思想や価値観は異物だ。だから排除したいと願う。

”大義名分などどうでもいい。気に入らないから消す”──この手の思想は歴史上、一度も消えたことがない」


「そうね。同意するわ。私も天使教は死んでもいいと思っているのよ」


 とどめを刺すべくマリアは斧を振りあげる。

 しかし、その刹那──


「駄目だ」


 マリアの巨斧を白波の鞭刃が阻んだ。

 突然の横やりに怒りをあらわにするマリア。


「何するのよ! カイン!」

「もう勝負はついただろ」

「この期に及んであなたは何を……こいつらは殺さないと私たちを殺しに来るのよ!」


 諭そうと怒鳴るマリア。この隙を敵は見逃さなかった。


「“輝ける空”」


 アリアンロルデを中心として目もくらむような黄金の光が氾濫した。

 浄化の力や攻撃ではない。ただ幻影を見せるだけの奇蹟”輝ける空”。

 それを目くらましに使ったのだ。


「目くらまし……こんなもので!」


 鬱陶し気にマリアが怒鳴り、斧を捨てる。


「“我らの血は世界を喰らう”」


 そうマリアが呟くと、彼女の全身から血煙が噴き出た。

 空中に墨を垂らしたように、黄金光が赤黒い血に塗り潰されていく。


「“南に氾濫。北は葬儀。西には心臓を。東には燃える本を贈れ。

 我が領土は胃海なり。我が領海は貪婪な口なり。

 津波よ喰らえ、海風よ蝕め。あらゆるものは国土の餌食となれ”」


 マリアが何をしようとしているのか。

 その答えをカインは白波から与えられた知識から得ていた。

 あれはヴァンピレスの最終奥義。


「血界……」


 領土と定めた空間上に別の法則を敷く禁術『血界』。

 発動させたヴァンピレスによって領土の中身はどうなるかわからない。


 未来でマリアは自分の領土は二百年間も侵攻を受けていないと語っていた。

 不死に近いヴァンピレスでさえも侵入できない何かがあるのだ。

 恐らく極めて殺傷性の高い何かだろう。

 その証拠にマリアの唱える呪はどんどん濃く、おどろおどろしいものへと変わっていく。


「“さあ、潮騒の代わりに死の呻吟(うた)を”」


 それが解き放たれようとした瞬間、マリアの耳にアリアンロルデの呟きが届いた。


「少女を巻き込むぞ。ああ、霄の少女は不死身だからお構いなしか?」

「──────ッ!」


 発生しようとしたマリアの世界は文字通り霧散する。

 マリアはルナを、拝海者たちの巫女を攻撃することだけはできない。

 ルールではなく感情の面で。

 だってそれは妹を攻撃するも同然なのだから。

 狼狽したマリアの背後にアリアンロルデが立っていた。


「マリア! 後ろだ!!」


 カインが声をかけるがもう遅い。

 アリアンロルデが右手の杖に聖なる刃を立ててマリアへ振り下ろしていた。


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