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白波の騎士物語~滅ぼした世界を救う~  作者: 555
第一章 旅立ちと孤児院
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1-3 凶行


 悲鳴を聞いた全員が慌てて振り向くとそこにあったのは天使教の騎士たちと、口から血を吐いて地面へ倒れていくレイルの姿だった。

 レイルの猫背の背中には鉄と真鍮でこしらえた聖剣が突き刺さっており誰が下手人かは明らかだった。

 騎士の突然の凶行にアンベンが慌てながらも剣と盾を構える。


「て、テメェら! 一体──」


 レイルを殺めた騎士たちから感情が感じられず、逆にそれが殺戮機のようで恐ろしい。

 数は五名。どれも仕草から人間味というものを漂わせておらず、まさに作業的に凶行は行われた。


「“断罪の斬風”」


 守護騎士の一人が素早く腕を横薙ぎに振るった。

 ヒュンッという鋭い風切り音が走り、世界から音が消える。

 二秒もなく、一体何が起きたのかと警戒するカイン達に分かりやすい答えが示された。


 アンベンの首がずるりと、胴体からずれて。

 花のように、ポトリと、地面に落ちた。

 その顔は死んだことに気付いてすらいなかった。


「隊……長……?」


 信じがたい光景にカインが呟くも現実は止まらず。

 アンベンの首の断面から血が噴き出て、ようやく死んだことを理解したように体がどさりと地面へ倒れる。


「きゃああああああ」

「おおおおああああああ!」


 ルーとランドが恐慌して我先に岩の扉へ入ろうと走り出し、扉の前で呆然としていたカインを押しのけた。


「ちょ、待……うああああああああああぁぁぁぁぁぁ…………」


 呆然としていたカインは二人に押されてよろめき、背後に地下へと続く階段に転がり落ちていく。

 散らばる荷物。カインを踏んづけた後に地下の奥へ遠ざかる二人の足音。世界が縦に回転し、そして頭をぶつけてカインは意識が遠のきかける。しかし冷たく湿った黴臭い空気がカインを繋ぎ止めた。


「う、ぇ……」


 立ち上がると目の前に広がっていたのは石の壁に挟まれた狭い通路。地面は泥でぬかるんでおり、石の壁が視覚的に圧迫感を与えてくる。

 まるで墓場のようだと感じた時、焦った表情のまま落ちた首を連想し、吐き気がこみ上げてくる。


「う、げえぇ」


 胃酸の味が口腔を支配し、生臭い匂いが通路に充満する。

 嘔吐で下を向いたことで地面に新しい足跡が二種類あるのを見つけた。


「ルー……ランド……」


 二人はカインに構わず奥へと逃げた。

 一方で階段の上の方からは金属をぶつけ合う音や怒号が聞こえる。

 アルバスとポーンは上で凶行に走った騎士たちと戦っているのだろうか。


(どうする? アルバスとポーンは百戦錬磨らしいが守護騎士たちは五人だ)


 カインは汚れた口元を服の袖で拭いながら今、自分がどうすべきかを考える。


(ここは上に加勢するべきだ。あの騎士たちが勝ってしまったら今のところ唯一の出口である扉を封鎖されてしまう)


 この地下がなんであるにせよ出入口を塞がれては生きて帰る保証がなくなってしまう。

 それに守護騎士たちはレイルとアンベン隊長の仇だ。戦わない理由がない。


「よし!」


 カインは気合を入れ、腰に巻いた鞭の取手を握り、そして案山子のように立ち尽くした。

 膝が震えている。歯の根がかみ合わない。


(怖い……)


 カインは人間相手に命を懸けた戦いなど経験していなかった。

 修練で野獣を殺したこともあるが人を殺すことは未経験だった。

 殺意を向けてきている騎士たちを殺すことができるだろうか。


 いいや、はっきり言おう。彼には無理だ。

 奴隷に鞭を振るうことすらできないのに人殺しなどできまい。

 優しさと臆病さが彼を戦いへ向かわせる勇気を失わせていた。


「どうして……こんなことに……」


 カインは唐突に「なんでこんなところにいるんだろう」と思ってしまった。

 金のためとはいえ調査団に入った己の浅はかさを自覚した。


「──────────!」


 まさにその時、通路の奥から絶叫が響いた。

 二人分の悲鳴だ。


「な……っくそ!」


 上が最優先なのは理解していた。しかしその問題は棚上げした。


(アルバスとポーンなら大丈夫だ。非戦闘員の二人を助けなきゃいけない)


 などと自分に嘘をついてカインは戦場から逃げ出した。



 * * *



「元英雄旅団の俺もここまでか」


 傷の応急処置をしていたアルバスは世界を呪うように呟いた。

 襲ってきた守護騎士五人を全て殺したが、右腕を失った。

 残った左腕と口を器用に使いながら止血するアルバスは生き残った喜びよりも将来への不安で表情は曇らせていた。


 片腕ではもう戦えない。

 戦闘力を売りにした以上、調査団から契約が切られるだろうし、どこの傭兵団にも入れないだろう。

 こんなものが最後の戦いになろうとは。


「なぁ、この依頼が終わったらどっか片田舎で畑でもやるか?」

「……………………」


 気さくに話しかけられた弟のポーンは何も言えなくなっていた。

 彼はどこも欠けてないが上半身と下半身が別の場所に転がっている。

 しかしアルバスは気にせず独り言を続けた。


「金がいるよなぁ……天使教の武具を剥いで売り払ったところで足がついたらおしまいだ。連中は仲間が殺されたとあれば犬みてぇにどこまでも追いかけてくる。

 ならよぉ、依頼料を独り占めすりゃあいいよなぁ」


 天使教の連中は山賊に殺されたことにすればいい。

 カインは山賊の仲間で山賊に待ち伏せされたことにすればアンベンやポーン、レイルが死んだ理由にも説明がつく。依頼料を受け取った後はどこか静かなところに潜んでいればいい。あるいは村の用心棒程度なら務まるかもしれない。


「やるか……」


 応急処置を終えて腰を上げて血に濡れた剣を拾う。

 より濃くなった血臭と臓物の匂いがアルバスを狂気へと導く。


「さて、兎狩りだ。残ってんのは地下へと入った非戦闘員の二人ザコと荷物持ちのカイン(おぼっちゃん)だけだ。

 腕一本になっても容易くひねり殺せる。」


 傭兵から強盗へと鞍替えしたアルバスが第一歩を踏むと同時、背後でカシャンと音がした。


「な、まだ生きて……」


 アルバスは息の根を止めたはず守護騎士が生きていたと思って振り向いた。

 だが違った。()()は五人の守護騎士とは別次元のものだった。

 そこにいたのは巨大で、血生臭く、汚らわしく、忌まわしい。人の尊厳を踏みにじったとしかいえない何か。


「は、はは……」


 アルバスは苦笑した。生を諦めて笑うしかなかった。


「バケモ……」


 言い切るより早くアルバスの頭部は吹き飛んだ。


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