3-4 始まりの終わり④
「徘海者に伝わる神話があるわ。
竜王ブラドオルという祖竜が暴れまわった。
巨人とアズレールたちは結託して戦い勝利した。
だけど竜の吐いた毒と呪いで生き物は死に、地上は火の海に包まれていた。
そして空の水が引かれ、地上を潤し、あらゆる生き物を癒した。
海とはその時に残ったものである。
だから『海』とはこの世の全ての命の源。すなわち生を与え、死を定めるもの。
巫女が死なないのは『海』が死を許さないから──ってね」
カインには理解が遠かった。
要は海には意志があり、巫女を選び、巫女であるルナが死にたいと言ったから死なせた?
「いや、待て。なら何故ルナ以外の生き物が死んでいるんだ? なぜ俺は生きているんだ!?」
「死んでいるのは純粋に海の眷属と呼べるものじゃないかしら?
ヴァンピレスは海に属さないから私やあなたには死ね死ねが聞かないのかもね」
「俺がヴァンピレス!?」
「正確には”なりかけ”よ。私の血を飲んだでしょう?
あれで少しずつ体が変わっていっているのよ」
勝手に人外に変えられたことに対する怒りと、だからいま生きていられることへの感謝がないまぜになり、名状しがたい気持ちになった。
とりあえずこの問題は先送りにしよう。
「ともあれ、この世界で生き残っているのは俺とお前とあの怪物どもと……」
「西の地にいるヴァンピレスくらいかしら」
最悪の予想をマリアが肯定する。
本当に何もかも死んでしまった。
自然はたった一夜で荒れ果て、死と怪物がうろつく世界。
「終わりだ……もう何もかもおしまいだ」
「勝手に終わらせないで頂戴」
乾いた音がしてカインは頬に痛みを感じた。
頬を抑えてマリアを見るとその目は真剣な眼差しでこちらを見ている。
「いい? この絶滅は恐らくルナが絶望したから海が激怒して起こしたものよ。
逆をいえば海の機嫌さえ戻せれば世界は復活する」
「だけどもう生き物たちは死んじまったんだぞ……」
「海は命を戻せるし、生み出せるわ」
「────!」
戻せる。そう言った。
しかし根本的な問題がある。
「だがどうやって海と会話するんだ?」
「希望はあるわ……いえ、もうずっと探し続けていた家族と言うべきかしら」
マリアはカインの両手を取った。
「妹なら世界を救えるわ。あの子も海の巫女だもの。
世界を滅ぼした、いえ、ルナを見殺しにした責任を取るなら私と妹を探して」
それは糾弾とも懇願とも聞こえる言い方だった。
普段は飄々としているマリアの声にこの上ない真剣さが込められていた。
「俺はこんな世界で生きていくことなんて……」
「できるわ。あなたは私の唯一の眷属なんだもの」
「どうして俺を……」
「あなたは出会って間もない仲間のために孤児院の奥まで来れたわ」
「あれは死にたくないから地上に行けなかっただけだ」
カインは自分の本音を伝える。
だけどマリアは首を振った。
「いいえ。普通の人はね、入り口で嵐が過ぎ去るのを待つのよ。
わざわざ怪しい地下に降りて仲間を探しになんていかない。
それが出会ってすぐの他人ならなおのこと。
でもあなたは他人を想う気持ちがあった」
「違う。そんなはずはない。
俺は自己中心的で、臆病で──」
「そして奴隷に鞭を振れなかったくらい優しい人なのよ」
マリアは”血”を通じてカインを知った。
飲ませて最初に知ったのは彼の優しさだった。
家を追い出されても奴隷に鞭を振るわない。
それは奴隷商人の息子として落第だったが、それは好ましい人柄だった。
「どうしてそれを……」
「血よ。私の血を飲ませたと言ったでしょう。あれで私とあなたに少しだけ繋がった。
そこで最初に流れてきたのがあなたの優しさだった」
異教、戦争、任務、貧困……理由があれば人を傷つけられるこの世界でその優しさは稀だった。むしろ力や正当性があるほど嗜虐的になる場面を見てきたマリアにとってカインの存在は一種の救いに見えた。
人は醜い。だが時に人が美しいものを生み出す。
「私と一緒に世界を救いましょう」
「分かった。約束だ」
そして二人は"血盟"し、カインは夢から覚めた。




