2-14 白波に逢うまで③
まず初めに驚いた。
ヴァンピレスの血と血の繋がり……いわゆる『血盟』は嘘をつかない。
でも私は眷属を作った覚えがない。
努めて冷静に、冷徹に、彼と向き合った。
「あなたはどこの誰かしら? どうして私と血が繋がっているの?」
「白波……あんたの眷属だ」
不調法な口調はスルーして私は相手を見た。
鎧も武器も戦傷がついているけど間違いなく優れた鍛冶師によるものだ。
鎧の質も、戦傷も生半可なものではない。
戦えば負けるとまではいかなくてもキツイかなと思ったその矢先。
「俺は未来を知っている」
「未来?」
「あんたはもうすぐ殺されてしまう」
「私が、死ぬ?」
「そうだ。俺はそれを止めにきた」
「度し難い冗談ね。よし、むかついたわ」
少し怖がらせてやろうと私は処刑斧を召喚する。
周囲の植物から樹液ではなく血が滴りだしてそのまま枯れた。
腑抜けなら斧の放つ気配だけで恐怖死するだろう。
そうでなくても恐れおののくはずだ。
だというのに白波は平然としている。
「あなた、私をなめているの? こっちは武器を構えているのよ」
「…………」
呪物の斧を向けられて平然としているのはまあいい。
それなりの気概がなければ話にならない。
だが戦闘態勢を取っていないことが余計に癪に触る。
もしや私を取るに足らないと愚弄しているのか。
──腕の一本でも切り落とせば悲鳴をあげるかしら?
相手もヴァンピレスだ。腕の一本くらいはすぐにくっつく。
痛みはあるから脅しとしては十分だろうと斧を振りかぶったその時、白波が告げた。
それは命乞いではなく、取引だった。
「妹の情報と引き換えに協力してほしい」
思わぬ申し出に振り下ろそうとしていた斧を止めた。
「ねぇ……今、何と言ったの?」
冗談や虚言を弄そうものならば殺してやると殺気を叩き込んだ。
上位のヴァンピレスである私の殺気は人間の軍勢だって崩壊させた。
それをたった一人に向ければ同じ血貴族だって平然としていられないはず。
だけど、白波は、やはり凛とした声でもう一度同じ言葉を吐いた。
「妹の居場所に関する情報があるといった」
その声に後ろめたさはない。
どうやら嘘じゃないらしい。
「……いいのだわ。」
私は武器を下ろす。でも相手は眷属だ。取引をするつもりはない。
私がこいつの祖なら聞きだす方法がある。
眷属は祖の上位命令には逆らえない。
「“命令よ。教えなさい”」
「あんたの妹の居場所は──」
騎士は言いかけて、だが続きを言わなかった。
彼が眷属を騙る者だったからか。いいや、違う。
彼はしゃべる前に高速で抜剣し、自らの首を刎ねたのだ。
「なによ……そんな……そんなに教えたくないの?」
想定外の凶行に言葉を失った。
白状したくなければ喋れなくなればいい。よって舌を噛み切るか自分の首ごと落とすかだ。
だが彼の顔は兜で覆われている。前者を選べば本当に眷属なのかという疑いが残ってしまう。
だから見やすいように彼は自らの首を刎ねた。
私の眷属ならスライムのヴァンピレスだ。首が落ちても復活できる。
とはいえ「普通やる?」と呆れ気味に言ってしまった。
「あー。あー。うん、悪いなマリア。まだこれを喋るわけにはいかないんだ」
「秘密を守るために死ぬ奴は見てきたけど自分で首を落としてくっつける奴は初めて見たわ」
「俺達らしいだろ」
「そうね……そうかしら?」
首を落としたのはマリアの命令が有効だからだ。
加えて落としたスライムの性質も確認できた。
それだけでも彼は私の眷属であると信じていいだろう。
ふっと安堵のため息が出て、そんなものが出てきたことに我がことながら驚いた。
私は眷属のいないヴァンピレスだった。
同族といってもヴァンピレスは親子でも殺し合うほど血生臭い社会構造だ。
だから眷属を作ろうと思ったことは一度もなかった。
だけど……ああ。同族がいるというのはこんなにも安心できることだったのか。
「それにしても取引を持ちかけてすぐに交渉材料を奪おうとするのはどうなんだ?」
「あら? それも私たちらしいでしょう?」
「そうだな……いや、そうか?」
「知らないのかしら? 血貴族法の第36条二七項に『眷属からはとりあえずパクれ』と明記されているわ」
「そうなのか。流石にヴァンピレスの法律までは知らないな」
「嘘よ」
「……この野郎!」
案外悪くないと思った。
この二百年で失った何かがこみ上げてくる。
まるで血に熱が灯ったように、それは全身を巡った。
「ふふふふふふふ」
「はは、はははは」
久しぶりに笑った気がした。
眷属がいるのは初めてだから。こういう漫談自体が初めてだった。




