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白波の騎士物語~滅ぼした世界を救う~  作者: 555
第一章 旅立ちと孤児院
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1-1 カインとマリア

 世界がまだ滅んでいない頃の話である。


「出ていけ」


 とある領主の息子は勘当されて追い出された。

 持っていける荷物はほとんどなく着の身着のままで袋に荷物を詰めて青年は住み慣れた家を出た。

 青年はふてくされながら家のすぐそばにある野原に寝そべった。


「ひっでぇ扱いだ。いきなり出ていけって……」


 青年の名はカイン・ベル・ソルデン。奴隷商人の名門、ソルデン家の六男である。

 ソルデン家は奴隷商として多くの流浪の民や獣人、敵兵を捕らえて奴隷とし、それらを売買したり自らが所有する手工場や鉱山の労働に当てて富を築いた一族だ。

 本来ならば奴隷商人の身分階級は市民(バン)だがソルデン家は多くの戦場で武勲を立て、先祖代々にわたって国家に貢献したことから下級貴族(ベル)となっている。

 そういった遍歴ゆえにソルデン家は徹底して能力主義だった。世襲制の貴族によくある身内への甘さは微塵も存在しない。

 勲功によって爵位を賜った以上、戦士としても商人としても無様なことは許されないという考えを持っている。

 どちらの才能もないカインに存在は許されなかった。


 カインの肉体は鍛えられている。頭も悪い方ではない。素行に関しても際立って悪いことはしていない。

 だが人格面に問題があった。彼は奴隷に鞭を振るうことができなかったのである。

 奴隷商人にとって常識以前の問題であり、不適合すぎる感性の持ち主であった。

 それを優しいといえば美点となるが、奴隷商人としては致命的な欠陥でしかない。


「──たとえ誰であろうと奴隷となったからには我らの所有物であり消耗品。ゆえに平等に鞭を打て……か。無理だわ」


 彼は両親から試練が与えられた。それは飼っている獣人奴隷たちに鞭を打ち、働かせるというもの。割り当てられた獣人たちは幼い頃から一緒に遊んだ獣人たちだ。情が湧くのは当然である。到底、鞭を振るうことなどできない。

 カインは再三試練を拒否し、ゆえに家から追放された。


 まあ、仕方ないわなとカインも諦めている。情が湧いて鞭を打てないなんて奴隷商としては出来損ないもいいところで、一族の汚点でしかない。兄や姉、妹でさえも試練を乗り越えて経営や傭兵稼業で利益をだし、一族の名声を高めている。

 だからカインが間違っているのだろう。でも無理なものは無理なのだ。


「さぁて、どうするかなぁ」などとカインは呑気に欠伸をした。

 領内は牧歌的で平和だ。目に映るのは緑豊かな土地と美しい青い空。耳に入ってくるのは川のせせらぎや鳥の鳴き声。それらに混ざって教会から美しい讃美歌も聞こえてくる。その歌声を子守歌に少し早い午睡に入ろうとして、だがどこからか喧騒が聞こえてきて目を覚ました。


 騒ぎの方を見れば領民がたむろしている。皆が困惑や好奇の表情を浮かべているのが見えた。

 なんだろうと起き上がって近づくと見覚えのある衛兵の顔を見て、カインは気さくに声をかけた。


「おーい。どうしたんだ?」


「あ、カイン様」


「もうその呼び方は改めた方がいいぞ……いや、何でもない。そんでこの集まりはなに?」


 こいつを見て下せえと衛兵が指さしたのは一枚の立て札だった。『調査団員求む』と書いてある。


「先ほど、帝都の方から来た奴らがここに刺していったんですがなんて書いてあるのか分からねえんですよ」


 帝国教育法により一定以上の貴族階級と商人などの一部の市民階級は教育を受けることができるが、そうでない者たちは教育を受けることができない。それゆえ大の大人が字を読めないのは珍しくもなかった。


「どれどれ読んでやるよ……えーっと。

『調査団員求む。我こそは帝国の道を切り開かんという者、帝都の調査団へ来たれ。

 以下の能力を求む:

 識字、計算、論理的思考、壮健な身体、不屈の精神、未知への探求心、国家への忠誠心。

 ──帝都調査庁直轄・調査団管理組合より』」


 カインが読み終わると群衆たちは首を傾げていた。


「調査団? 調査庁? 管理組合?」

「簡単に言うと頭が良くて、字が読めて、体が強くて、ガッツがある奴に仕事があるから来いってことだ」

「はぁ、そんな人いるんですかねぇ」


 確かになとカインは頷く。ソルデン領の経済は奴隷たちの労働と貿易で成り立っている。

 衛兵や他の民が文字を読めないようにこの地で識者というのは稀である。

 大抵は領主──カインの父が外部から招いた者で、領地経営に関する何かしらの職に手をつけている。


 つまり余っている識者などいないということだ。

 立て札を置いた調査庁とやらはソルデン領のような田舎の事情など一切知らないらしい。いくら隷商の名門と謳われても扱いはそんなもの。


「こんなの時間を余しているどこかの貴族のおぼっちゃんくらいしか……」


 いないだろと言いかけてカインは気付いた。


(俺じゃん)


 勘当されて今後の生計を立てなくてはならなくなったその日にこの立て札だ。

 何か運命的なものを感じ、カインは獣皮の財布を開けた。財布の中には数枚の小銭しか入っていない。


(馬車を使う余裕はないな)


 帝都へは街道を歩いて二日と半日程度、野宿はしたくないがこの際仕方ない。


「ぼっちゃん? どうかしたんですかい」

「うむ。みんなさらばだ! 俺はちょっくら旅に出るわ」

「ええ!? それはどういう……」


 困惑する領民たちに手を振り、カインは生まれ育ったソルデン領を後にした。





 その三時間後。カインはバテていた。そして道に迷っていた。


「ここはどこだ……!」


 帝都へ向かう途中、汗だくになった顔を洗うために流れの早い川に近寄ったのが運の尽きだった。

 流れてきた流木の枝に財布が取られてしまった。

 慌てて飛び込み、流されて、なんとか這い上がれば鬱蒼としたの森の岸だった。


 せっかく飛び込んで掴んだ財布は中身が全て流れていた。

 それどころか荷物も方位も失っていた。

 皮肉なことに実家から出る際に手向けに持たされた奴隷商人の鞭だけが腰に巻いていたため流されずに残っていた。


「最悪すぎる……これじゃあ宿にも泊まれねえ」


 がっくりと項垂れながらなんとか森から出て、獣道を歩いている。周囲に見えるのは孤独に生えている木と短い草の生えた丘ばかり。見晴らしはいいが目印となるようなものはなく、ある程度の土地勘を持っているカインでも咄嗟にどこか判断がつかない。


「ぜぇ……はぁ……あちぃ……」


 燦燦と照り返す日光を煩わしく思いながらカインは獣道を歩く。

 まばらに生えている木の陰で休みたいが野獣や盗賊にでも出くわせば最悪、命が危ない。日が落ちる前にどこかで休ませてくれる民家を見つけねばなるまい。


(流された距離は決して長くないはずだ……!)


 丘を登るとその先に石畳で舗装された街道が見えた。

 自分が通ろうとしていた道だ。川もある。

 ほっとすると同時に丘の下、歩いていた獣道と街道が交わる場所あたりに奇妙な者が椅子に座っていた。盗賊の類ではなさそうだった。ある意味ではそっちの方がまともだったかもしれない。


「このクソ暑い中ドレスだと?」


 不審者の風体は高価そうな椅子に座る令嬢といった風だ。年は十五前後だろうか。

 髪は金色だが途中から紅色に変色している。肌は雪のように白い。

 炎天下で真紅のドレスを着ているにも関わらず涼しい顔で本を読んでいる。


 どこをどう見ても不自然な存在だ。旅人が彼女を見て怪訝な顔で素通りするのも当然だろう。

 あれは変人か狂人だ。見なかったことにするか衛兵に突き出すのが定石だ。

 そう思いながらカインは少女に近寄ると──


「こんにちわ。素敵な淑女のあなた。よろしければどこのどなたか私に教えていただけませんか?」


 好奇心を抑えられず話しかけてしまった。

 家庭教師に仕込まれた挨拶を慣れないノリですると令嬢は顔を本に向けたまま紅の瞳をカインに向けた。


「……御機嫌よう。人に尋ねる前に名乗るのが作法でないかしら田舎者」


 少女は鈴の音のような声で毒気を混ぜた言葉を放った。それにイラッとするものの彼女が言ったのは礼儀作法としては正しく、苛立ちよりも不審者に礼儀を諭された羞恥が勝った。


「これは失礼しました。私はカイン。カイン・ベル・ソルデンと申します」


 カインは膝をついて顔を伏せ、記憶にある高貴な人への姿勢で名乗ると、相手も気を良くしたのか少し弾んだ口調になる。


「ソルデン……ここの領主様の身内かしら?」


「数時間前まではそうでした。既に勘当されたためもう貴族(ベル)ではなく市民(バン)と名乗るべきかもしれません」


「あら、そうでしたの。私はマリア。名乗るほどの姓はありません」


「レディはどうしてこんなところに」


「私、小説を書いてますの」


「小説とは?」とカインが首を傾げるとマリアは示すように手元の本を僅かに持ち上げる。


「今帝都で流行している小話を書き留めた本のことよ。こんなさびれた田舎ではなじみは薄いのかしら?」


 マリアの言葉はやはり少々思うところがあったが、相手は子どもだと思い、カインは飲み込んだ。


「なるほど詩のようなものなのですね」

「……まあ、そういう認識でいいわ」

「でもこんなところで書くのですか?」

「外で書くのはおかしなことではないわ。小説は登場人物が何を見たかどうかんじたかを本当の事のように書く。だからより本物に近付けるように実際の風景を見て、感じて、書くのよ」


 空想上の人が本当に感じたように実際の風景を見聞きするべく足を運ぶ。

 現実の人間が架空の人物に尽くしている構図はなんだか滑稽だなとカインは思った。


「そういうあなたはどうしてこんなところに?」

「俺、いや私は川に流されてしまいまして」

「ああ、さっき流れていったのあなたでしたの」

「はは。格好悪いところ見られてしまいましたね」

「ええ。とてもみっともなかった」


 面罵にカインの眉がピクピクと動く。


「ごめんなさい。言い換えますわ。まるで川に落ちたネズミのようで少し笑えました」

「んだと…………いえ。失礼しました」


 カインの化けの皮が一瞬剥がれかけたが何とか紳士さを取り戻そうと心を落ち着ける。マリアは今の言動を聞かなかったように態度を変えなかった。


「それで川……ということは帝都に行くつもりだったのかしら」

「あ……ええ……」

「なるほど。お金がないから調査団になるつもりなのね」

「どうして分かったんですか?」


 まさしく己の実情と目的をピタリと言い当てられてカインが瞠目するとマリアは得意げに答えた。


「数時間前に勘当されたソルデン家の子息。川におぼれたということは馬車を利用していない。このことからお金がないことがわかるわ。そして今朝方、ソルデン領でも帝都の調査団の募集が行なわれたという噂を聞きました。

 ソルデン家は教育法の被教育対象で、同時に戦士の家系。つまり調査団の条件を満たす。無一文のあなたは手に職つけようとして調査団に入ろうと考えたのではなくて?」


 まさしくその通りだった。

 いま出会ったばかりなのにまるで見てきたかのように言い当てたマリアにカインは尊敬の念を抱いた。


「マリアさんはすごい聡明ですね!」


 賞賛されて嬉しげに髪をなびかせるマリア。

 だがすぐに表情を険しくして、顎に手を当ててカインへ冷たく宣告した。


「調査団員になったところで死ぬわよ。あなた」

「唐突に何ですか?」

「あなた、ソルデン領の外がどうなっているか知っているのかしら?」

「いえ……」


 カインは帝都以外はほとんど知らない。両親の付き合いでいくつかの家へ挨拶しに行ったことがあるがそれは知っているとはいえまい。


「今の時代、自分の住処から離れると死にやすい。原因は野獣や野盗だけじゃない。この国の内部にも未知の危険が溢れていて調査団に入るというのはそれらを調べ、時に戦う事を意味するのよ。

 あなたのような箱入りの坊やが生き残れるとは思えないわ」


 最後の辛辣な一言にカインの自制心が砕けた。勝手に決めつけるなと怒りが湧く。


「そんなの……やってみなきゃわかんないだろ」


 ふーんとマリアは何か考えながら口元に手を当てて本をしまい、代わりに一枚の地図を取り出した。


「これも何かの縁。ならば知識を授けましょう。この地の火種、脅威を」


 そういって繊細な指で地図の点を次々と差していく。


「今話題になっているのは四つね。

 北には呪われた吹雪に覆われたミレイユ山脈に横たわる巨人たち。

 南の大河を超えた先で毒沼の谷に住まう武器を使う魔獣『毒猿』。

 そして東の巨大な桜を母体とし信仰する『桜の国』。

 さらに東の海洋で移動する妖精たちの国『妖精郷』。

 西には血の貴族『ヴァンピレス』たちが王朝を築いている。一五〇年もの暗黒時代を作り出した彼らはこの大地にいる全ての生命の敵として恐れられているわ」


「巨人、毒猿、妖精郷か。桜の国とヴァンピレスは聞いたことがあるな」


 何でも極東の桜の国の住民は耳が長く、容姿端麗で異教を信仰し、その枝の上に住んでいる異人種だという。ヴァンピレスたちは人の姿をしている恐ろしい怪物で昔、西にいた人々を虐殺したといわれる。


 妖精郷という言葉は初耳だったが、妖精という単語は知っている。

 妖精も怪物の類だが良い妖精、悪い妖精というものが存在する。形状は様々で、生まれも動物が成ったもの、物に宿ったものと様々だ。どうして生まれるのかは今も分かっていない。


「勿論、このガルプ国内の中にも脅威は存在するわ」


 マリアの白いがガルプ帝国の領土をぐるりと指でなぞる。


「食い扶持に困って人を襲う野盗。何かに狂った人間たち。各地に放浪する人さらい。未開の地にねぐらを築いた妖精。神話の時代より天使や人類と敵対してきた竜。その竜の力を得たことで力におぼれた堕ちたドラゴンスレイヤーたち」


 にっかりと薄気味悪い笑みを浮かべてマリアは試すように問う。


「今、この時代に求められているのはこれらを制する英雄よ。あなたは果たしてなれるかしら? それとも無様に屍を晒すのかしら」



  *  *  *



 カインが去った後、マリアは楽し気に読書を再開した。

 彼女の口元が緩んでいるのは本の内容が楽しいだけではない。カインという青年に出会い、一つの確信があったからだ。

 背後に白い気配を感じて気安く話しかける。


「カイン・バン・ソルデンに会ったわ」


「そうか」と無感情に返す声があった。

 先ほどまで何もいなかった空間に白い重厚な鎧を来た騎士──『白波』が立っている。

 顔は兜に覆われて見えない。だがその下にあるのは決して無表情ではないだろうとマリアは確信している。


「ねえ。あの子って■■■よね?」


 返事はない。代わりにギリっと奥歯を噛みしめる音が聞こえた。


「ふーん。ふーん……なんか複雑だわ」


「あんたから見てあいつはどうだった?」


「普通の人間に見えたわ」


「……」


「聞いておいて黙らないでいただける?」


「その通りだから言うことがないだけだ。そしてあんたはあいつのせいで死ぬ。俺はあんたを守れない」


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