2-1 服のように着替えられない
「ヴァンピレスだと……」
二人の素性にカインが狼狽える。
西方の人型厄災。血に飢えた化物。
それがカインの伝え聞いたヴァンピレスという存在である。目の前の少女と騎士がソレだと自称しても信じられず、ましてや自分がそうなったなどと輪をかけて信じられるはずがない。
「俺は人間だ! 何も変わっていない」
自分に言い聞かせるように叫んだ。
だがその虚言はすぐに見抜かれる。
「あら、その割にはどこか受け入れているように見えるけど?
まあ、口ではいっても事実そうなのだから受け入れるしかないわよね。
異常な回復能力。沸き上がる力。広がっていく認識。
それはあなたが人から外れたことを意味しているわ。
──だから人外だという自覚が否応なく芽生えつつある」
何も返せなかった。
マリアが言ったことは全て真実でカインも自覚がある。
「私には分かるのよ。“親”になったからね」
しかし言われてはいそうですかと頷くほどカインは物分かりがよくはない。
胸に手を当ててカインは自分が何であるかを口にする。
「俺は俺のままだ。人を殺したいと思っていないし、傷つけたいとも思っていない。
そうしろと言われても断る」
服じゃあるまいし立場や心は簡単には捨てられない
だからこそ、まだ自分の心は人であると強く宣言した。
それに対しマリアから怒りや罵倒が飛んでくるものと覚悟したが、予想に反してマリアは寂し気な笑みを返した。
「私たちもかつてはそうだったのよ」
「そうだった。それはつまり」
「ええ、人間だった。でも人間でいられなくなった。私は一度死んで、生まれ変わった。
体はとっくに人間のものじゃない。でも私という心は消えてない。人だった頃の価値観は残っているわ。
別にヴァンピレスになったからといっていきなり考え方が変わるわけじゃないわ」
「でもヴァンピレスは全ての生命の敵だって言っていたじゃないか」
「だってあの時のあなたは“あちら側”だったし。それにあながち間違っていない。なぜならヴァンピレスは定期的に生物の、特に人間の生き血を吸わないと体が腐っていくもの」
「な……じゃあ、俺も」
吸血と聞いて背筋が凍りつく。
人を襲って血を啜るような、そんなおぞましいことをしないといけないのか。
「その必要はないわ。普通のヴァンピレスは消化器官がおかしなことになっているからそうしないといけないけど、私は成り立ちが特殊なヴァンピレスだから眷属になったあなたも特殊なヴァンピレスよ。食事は私と血のやり取りをするだけでも十分なはず」
「そうか、よかっ……結局、あんたの血を吸わないといけないのかよ」
「私のような美少女から血を拝領すればその冴えない面構えも少しはマシになるかもしれないわね」
「お前はまずその自然と人を貶す口をマシにしろ」
「人が元気づけようとしたのにひどいわ」
「お前にとってはただの食事かもしれないけど、俺にとっては一大事なんだよ。主食が他人の生き血なんて嫌だ」
「この世にはノミや蚊のように血を吸って生きている生き物は無数にいるわ。多くの獣たちは生物を引き裂き、血も肉も食っている。生物としては自然なのよ」
「理屈じゃないんだよ。それが正しいと言われても受け入れられないものだってある」
カインは奴隷商人の子として生まれたが奴隷に鞭を振るえなかった。嫌だったからだ。それで勘当されても受け入れることができた。そして同じように人から血を吸うことも嫌だ。
「変なところで頑固ねえ」
マリアはまだ何か言おうとしていたが白波に肩を掴まれて先を催促された。少し不満げだったがマリアは分かったわと頷くと出口に向かって歩き出す。
「歩きながらでいいんだが……」
「何かしら」
「白波さん、は喋れないのか?」
先ほどから一度も言葉を発していない白い騎士は封印されていた少女を抱きかかえて主人に付き従っていた。あれほどの強者でありながら存在感があまりにも薄い。
「喋れるわよ」
「え、だって……」
「あなたの事が嫌いだから喋りたくないだけ」
「はぁ?」
嫌われるようなことをした覚えはないし、そもそも出会ったまだ数十分だ。
当の白波本人に否定してほしいが、無言のまま影のようにマリアに従っている。
そこでカインの脳内に心当たりが一つだけ思い浮かんだ。
「もしかして俺の実家と関係があるのか?」
すなわち白波がソルデン家の奴隷だったのではないかという推論だ。
そう考えれば出会う前に嫌われていたというのはつじつまが合う。
しかしこれに関しては白波が首を振って否定した。
そういうことだけは反応するのかよとカインは内心で悪態をつく。他の候補を考えていると、白波が抱いている少女が目を覚ました。目をぱちくりさせて腹のあたりを抑えると苦しそうに呻きだした。
「お……た……」
「どうした? なにか苦しいのか?」
カインが苦しそうな少女に尋ねると、
「お腹すいた……」
きゅるるという可愛らしい腹の虫がこだました。