滅びた世界
終末の世界。無命の大地を白波の青年は歩いている。
天を見上げればこの星の臨終を寿ぐように七つの凶星が青白い光を明滅させていた。
空は血のように赤く、大地は燃え殻のように黒い。昼夜は概念ごと消失した。
多くの命が死に絶えた。
視界の端でかつては海だった場所に、ファスティトカロンと呼ばれた巨大生物の死骸が転がっていた。
陸地には枯れ木と獣骨が地平の彼方まで転がり、死に尽くした大地はいっそ清潔感すら感じる。
規則正しく大地が揺れる。
震源の方を向けば山ほどの大きさの竜が数体闊歩しており、彼らの周りでは溶岩が噴き出ていた。
どうやら竜たちは亡者を潰して遊んでいるようだ。
数年前ならば恐るべき光景であったが今となっては珍しくもない。
そう、数年前。世界は唐突に終わった。
とある日を境に海が消え、大地は黒化して燃え上がった。
空からは赤い流星が降り注ぎ、人類はすぐに滅亡した。
今残っている『人もどき』は赤い星の影響で生ける屍となった者か、その発展形であるヴァンピレス。あるいは青年のように元から人でなかったものだけだろう。
その時に死ねた者たちはある意味で幸せだと青年は思う。
死なない自分を喜んだことはなかった。
人が夢見る不老不死とは程遠い状況で、肺は腐っているし、血は凍っていて寒い。そのくせ神経が正常に働くせいで絶えず激痛が襲い、正気を保っていることがいとわしい。
長すぎる痛みが青年の髪を全て白くし、食いしばりすぎて奥歯が砕けていた。凄まじい自己治癒能力で歯は治るが髪はそうはいかない。
「マリア……」
今はもう顔も思い出せない主人の名を呟く。しかしそれに反応する者はいない。
誰かの反応を期待したのではない。だが詫びずにはいられなかった。
「すまない……お前の妹は見つけられなかった」
人類文明の滅び去った今、秘匿された土地にいる特定の誰かを探すというのは不可能に近かった。
かつて受けた恩も返せないまま終末の大地を歩いている。
希望などどこにもない。
「だが諦めたわけじゃない」
何も得られなかったわけではない。
西の地で一つだけ知ったことがあった。
それはマリアの生い立ち。
彼女がどういう経緯で血貴族になったのか。そしてどういう生涯を送ってきたか。
それを知った時、白波の騎士は責務から逃げることができなくなった。
「世界が滅んだせいでお前の願いがかなえられないなら」
終末世界で青年は一つの場所を目指して歩いている。
まるで処刑台に向かう囚人のように、自らの罪に対する悔恨と痛みに耐えながら一歩、また一歩と前へ進んでいた。
彼がいるのは極東、桜の国。
かつてこの地に繁栄をもたらした大いなる妖精桜も世界と共に枯れ果てて死んでいた。
枯死した根からは毒沼が溢れ有毒ガスを放ちながら広がり続けている。
「世界を救うまでだ」
騎士が辿り着いた終着点は大桜の根本、大きな穴だった。そこには最後の神秘がある。
彼は大穴へと身を投げ出した。
それが白波と呼ばれた騎士の始原であり末路である。