1-13 血貴族
歩いている途中でカインはあることに気付いた。
さっきの三頭騎士は騎士を三人ほど材料にしたものだ。
あと二人分は何処にいったのか。
「なあ、俺たちを襲ってきた守護騎士は五人はいた。あと二人どこかに隠れてるんじゃないか?」
「可能性は低いわね。守護騎士たちでもここに入るには禁じられているもの」
「やたら詳しいな。気になっていたがマリアは本当に何者なんだ?」
「それが最初の質問ってことでいいかしら?」
「ああ」
「……なら答える前に確認したいことがあるわ」
「またかよ……」
カインがうんざりした表情でぼやく。
先頭を歩いていたマリアが止まり、その後ろの白波も立ち止まり、二人同時に振り返った。
「あなた、私に仕えない?」
ニッカリとマリアは笑っていた。
まるでただの少女のようで、その笑顔にカインの胸の鼓動が強くなった気がした。
「ぶ、部下になれってことか? それとも召使? まさか奴隷じゃないよな?」
慌てながらも冷静に考える。
マリア本人は小説家と自称しているが、服装や気品、護衛に騎士がいる以上、貴族位と考えるべきだ。
奇蹟を使ったり教会の内情に詳しいことから教会の神官の娘という可能性もあるが、あんなに教会を敵視した発言をしたということは、その可能性は低い。
「俺にこの人くらいの腕前を期待してないよな?」
「当たり前じゃない。白波は特別よ。今のあなたは白波の指一本にも及ばないわ」
「ぐ、う……」
悔しいが先の武勇を見せられた後では反駁できない。
じゃあなぜカインを求めるのか。
「私があなたに仕えないかと誘っているのは今後のことも考えてよ。
あなた、これから調査団に戻ってこの顛末をどう説明するつもりなの?」
「そりゃあ見たままを……」
報告すると言いかけてカインは状況を理解した。
ここには未開拓地の調査と盗賊の討伐という任務で来た。
だが仲間はカイン以外は全滅。天使教の守護騎士に襲われ、ヤバイ怪物に襲われ、そこで知り合いの少女と騎士に助けられて生存しました──なんて信じてもらえないだろう。
「もし見たままのことを言っても聞いてもらえないわ。
というか仲間殺しの濡れ衣を着せられて処刑されるでしょうね。
天使教はガルプ帝国の国教。教会の上位者と為政者たちは繋がっているから不利な証言は握りつぶされる」
「マジかよ」
「マジよ」
調査団の受付はカインがアンベン隊長に連れて行ってもらったのを知っている。
そしてカインの死体だけがなければどう考えるかなんて想像に容易い。
(最悪、俺が仲間を殺して盗賊の金品を奪ったなんて思われるんだろうか)
帝国調査庁の団員を殺したとなれば間違いなく指名手配される。身を隠そうにも当てがない。
(俺の実家は助けてくれねーよなぁ)
実家のお得意様には帝国の要職や名家、貴族が入っている。カインを匿うことで取引が危うくなるならば両親はカインの首を差し出すだろう。
マリアの実家が太いならば彼女に仕えることで匿ってもらえるかもしれない。
「分かった。あんたんところの世話になるよ」
「よし、決まり。じゃあ殺すわね」
「は?」
一瞬、マリアが何を言ったのか理解できなかった。いや、話の脈絡がまったく分からなかった。
だからカインは口をあんぐりとしたままマリアが指を鳴らすのを見ているしかなかった。
「“血盟”」
次の瞬間にはカインは喉に熱を感じて抑え始めた。
喉を中心にどんどん広がっていく炎症のような不快感。痺れるような痛みが節々を襲い、カインが呻吟を漏らす。
「この契約はあなたの合意がないと使えないのよね」
「契、約……? マリ、ア……お前! 俺に、何を、した!」
カインは苦しみながらも奇妙な解放感が沸き上がるのを感じた。
鳥になって初めて空を飛ぶような、あるいは目を開いた赤子のような、何か新しいことができるようになり、世界が広がっていくような感覚である。
「説明するより見た方が早いわ」
そういうとマリアはカインの右肩、三頭騎士に斬られた傷の包帯を乱暴に剥がした。
その下にはまだ生乾きの傷があるはずだ。
「やめろ! 何を!」
唐突な乱暴に怒ろうとして、その前に来るであろう痛みに耐えようと緊張して。
だが痛みはなかった。
切創が見事に治っていて痕も残っていなかった。
「なんだ……これ?」
カインは傷が治ったことを素直に喜べない。あまりにも不自然な完治だから当然だろう。
むしろ痛みがあったほうが安心できた。痛みがないことが逆に深い、二度と癒えない傷を与えられたような錯覚を与えてくる。
マリアのいう『契約』というものが作用しているのは間違いない。
「何を……したんだ?」
「あなたは生まれ変わったのよ」
「生まれ変わった……?」
言っている意味が分からない。
カインはカインのままだ。相変わらず喉は焼けつくし、変な気分であるが劇的な何かに変わったとは思えない。
困惑するカインにマリアは真実を告げた。
「あなたを発狂から救うとき私の血を飲ませたわよね。私の血を飲めば徐々に“こちら側”になるのよ。
そのまま契約しないと知性のない亡者になって終わりだけど」
「こちら側? 何を言っている……いや、俺を何にしたんだ!?」
マリアはクスッと笑って答えた。
「あなたのさっきの質問に答えるわ。私たちは血貴族。そして今、あなたも同じになったのよ」