1-11 外法の末路
白波が三体目の怪物を屠った一方その頃、カイン達が通った道の途中。
「なにぃ?」
怪人は己の作品が死んだのを感知した。
外法の術で生み出した二頭の『出来損ない』。
それが死んだ反動で中指、薬指がみるみる間に腐ってポトリと地面に落ちる。
怪人は激痛を発する手を抑えながら、困惑する。
「あの小僧がやったのか? いや、まさか……だが、しかし……」
怪人は指が二本だけになった手を顎に当てて考える。
『出来損ないの血獣』は人工的に妖精獣を作ろうとしてできなかった失敗作である。
本物の妖精獣には及ばないが小規模の騎士団ならあれ一頭で十分だ。とても足が震えていた小僧が倒せるとは思えない。
弱点は頭部の杖を抜けば崩壊するという点である。
だが杖は膨張した肉の圧力で固定され容易には引き抜けない。杖の刺さった首を引きちぎる方が簡単だろう。無論、血獣たちの猛攻の中で抜き取るのはほぼ不可能といっていい。
「ふむ。確認せねばなるまいな……」
出来損ないの血獣は怪人の所属する邪宗門『終世教』の最高戦力である。
この短時間でそれを二頭も倒す存在など無視できない。
それに殺した“伝道者”の脳髄からこの場所を突き止め、苦労してようやく作った二体目も壊されたのだ。仕返しをせねばなるまい。
怪人が踵を返して封印の部屋に戻ろうとし、そして転んだ。
「ぬ、くそ!」
己の無様さに苛立ちながら立ち上がろうと床に手をつく。
だが手に力を込めるより前に巨大な雹が手を潰した。
「ぐ、お、うおおおおおおおお」
激痛に叫ぶ怪人。手が潰されただけではない。
よく見れば怪人はただ転んだのではなかった。
両足の膝から下が切断されたので転んだのだ。
「これは、奇蹟……だが詠唱がなしでこの威力だと……」
不可視の刃。潰す雹。
これが天使教徒の使う攻撃系奇蹟の一種であることを知っている。
奇蹟には信仰心と祈りの詠唱が必要だ。
無詠唱ならば威力は半減かそれ以下になるはずだ。
だが怪人に向けられた攻撃は通常と大差変わりない威力を有していた。
何らかの方法で祈祷文を詠唱していたかあるいは──
「薄汚い終世教の蛆虫どもが」
桁外れの信仰心を持った──
「誰の許可を得て私の管轄区に踏み入っている」
無限の憎悪と嫌悪で見下す声が通路に木霊した。
通路にはめ込まれた妖精石の明かりが、怪人を見下す男を映し出す。
短い髪に太い眉毛。日焼けした肌。その手に持つのは天使教の上位神官が持つ杖。
その身が纏うのは天使教最上職位たる『円卓枢機卿』の僧衣。
そして男の顔を怪人は知っていた。
「ば、馬鹿な……こんなところに……枢機卿クラスがいるだと……」
「黙れ。耳が穢れる。目が穢れるから疾く死ね」
物も言わさず枢機卿は怪人の頭を踏んで地面に抑えつけた。
腐った床板が砕け、その下の地面にめり込む。
怪人とてやられたままではない。
切り落とされた両脚の血を媒介に恐るべき魔術を発動させようとし──
「“天の聖圧”」
それより先に枢機卿、アリアンロルデの奇蹟が発動した。
怪人の両足が突如発生した超重力によって一瞬で潰れ、床に赤い染みを残す。
ゆっくりと枢機卿の足が退かれ、代わりに二つの氷柱が怪人の頭半分と心臓を潰した。
さらに念入りとばかりに『断罪の斬風』で怪人の首を刎ねる。
「弱すぎる。この程度に我らの騎士が全滅したのか?」
一方的に蹂躙を終えたアリアンロルデは奥へと歩く。
「封印対象を連れていない……ということはまだ封印されたままか?」
その足が向かう先はカインたちのいる部屋であった。