1-10 白波の騎士 VS 三頭騎士
突如として現れた騎士は体格からして男と思われるが兜が顔も覆っているから断定できない。
分かるのは白銀の短髪であることくらいだ。
この真っ白な部屋に反する黒い外套は目立ち、白い金属質の全身甲冑は見失わないほど輝いていた。
その右手には鎧と同じく白くて蛇の鱗のような剣身の長剣を握っている。
「GUROOOOoooo」
突如仲間を肉片に変えられた三頭騎士が威嚇するようにしてうなりを上げる。
異形の筋肉が膨張し、体液をこぼす勢いが増す。
対する白い騎士はゆっくりと剣を構えた。
対峙すること一秒、二秒……そして前触れもなく同時に前へ出た。
三頭騎士の大剣と斧槍が乱舞し、床を抉り、壁を穿ち、天井を崩壊させる。
怪物がただ乱暴に振り回しているのではないのは素人目にも明らかだった。
斬撃、薙ぎ払い、刺突、穿撃。どれを見ても無様なものはなく効率化されている動きだった。加えて巨体にも拘わらず精妙な足さばきで白騎士の側面や背面へ回り込んだり、蜘蛛のように天井に張り付いて攻撃する場合もあった。
恐らく三頭騎士は三人分の戦闘経験を組み合わせ、三面六臂という異形に合わせた武芸へと昇華しているのだ。
しかもあの異形が厄介なのは武器だけではない。
白騎士が側面や背面に回ろうとするたび、空いている手や脚による肉弾が繰り出されている。
異形化によって筋肉まで怪物になったのか、爪撃が硬質な白壁をえぐり、空振った蹴りの風圧が離れた位置にいるカインまで届く。
三頭騎士の攻撃はまるで暴力の嵐だ。攻撃は徐々に回転率を上げいき、鋭く激しくなっていく。
カインとの戦いなど準備運動ですらなかったのだ。もし今と同じことをされたらカインは即座に殺されていた。
だからこそ、カインは感嘆の声をあげる。
「すげえ」
白騎士はそれらを捌いている。身をひねり、しゃがみ、跳躍して攻撃を避け、時には剣で軌道を僅かに逸らしていなしていた。いくつか攻撃が掠るが致命的なものは何一つない。
いったいどれほどの訓練と修羅場をくぐればあれほどの武芸が身に付くというのか。
寝物語に現れるような無双の騎士と武勇を現実に持ってきたかのごとき出鱈目ぶりだった。
「まだ分からないわ」
感動するカインとは真逆に、白騎士の主であるマリアは険しい表情のままだった。
一見すると白騎士が翻弄しているように見えるが敵の攻撃が激しすぎて一度も反撃する隙がない。
加えてあの怪力だ。もし一発でも当たれば状況は崩れる。
「G……Go……GOGa……」
乱舞していた三頭騎士の攻撃が止む。
威嚇するように屈み、大きく息を吸い込み、そして──
「「「WOOOOOOoooooooo!!!」」」
三つの頭が同時に咆哮した。
異形の肺と声帯から吐き出された大音圧が床を粉砕し、衝撃波が部屋を三周して大気を乱れ狂わせる。
室内に流れていた天使の歌声が消し飛んだ。
「なん、て、声だッ!」
離れていても鼓膜が破れんばかりの音圧にカインは耳を塞ぐ。
あんなものを至近距離で受ければ死ぬ。たとえ衝撃波を防いでも内臓や器官が音で破壊される。
それを白騎士も悟っていたのだろう。咆哮の直前に後方へ下がり音の衝撃波を受け流していた。
だがそれこそが敵の狙いだった。
敵の双肩にあたる左右の騎士が片手で武器を、空いた方の手で手刀を作り振るった。
カインはその攻撃を一度見ていた。
アンベン隊長の首を刎ねた不可視の斬撃だ。
「危ない!」
カインが叫んだところで手遅れである。
その奇蹟の名前は『断罪の斬風』。名の通り風の速さで飛ぶ斬撃である。
しかも三頭騎士は武器による攻撃を同時に仕掛けている。
二つの斬風、二つの攻撃。
避けることも防ぐことも不可能な可視・不可視の四重奏。
カインには白い騎士が切断される未来しか想像できない。
だが隣でマリアは侮蔑するように呟いた。
「所詮は死体ね」
後ろに下がっていた白騎士が踏ん張り、今度は前に突貫する。
怪物が放った斬風があるはずだが──消えていた。
「生前持っていた知識も残っていないなんて」
マリアとその騎士以外知らないことだが、この部屋において天使教の神官が使う『奇蹟』や魔術師の使う『魔術』は不発に終わる。
その仕掛けを天使教の守護騎士たちも知っていただろうが、今のあれらはただの獣に過ぎない。
回避不能なはずの四重攻撃は回避可能となり同時攻撃したことで逆に攻撃の隙が生まれた。
この戦いにおいて最初の、そして最後の隙だった。
「一撃で決めなさい! 『白波』!」
マリアの号令とほぼ同時に白波と呼ばれた騎士が握る長剣が変形した。
剣身が複数の刃に分割され、その正体をカインは理解する。
「あれは……まさか鞭剣なのか!?」
鞭剣。蛇腹剣。波刃剣と多数の呼び名があるが形状は同じだ。
刃同士を紐などでつないだ鞭のような剣のことである。
鞭以上に練度を要求される武器なので使い手はかなり少ない。
白波と呼ばれた騎士の剣はさらに特殊だった。
刃と刃の間が等間隔に空いており、それらを繋いでいるのは謎の赤い光だ。
白波が残像を残すほどの速さでそれを振ると鞭のようにしなり、波濤のように切り刻む。
鞭剣が鞭から剣へと戻ると同時、切断された鎧や肉がバラバラになって床に散らばった。
「すげぇ……」
また同じ感想がカインの口から漏れ出た。