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白波の騎士物語~滅ぼした世界を救う~  作者: 555
第一章 旅立ちと孤児院
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1-9 三頭騎士


 ソプラノの美しい歌が聞こえてくる。


(なんか聞いていると眠く……)

「さっさと開けなさい!」


 焦れたマリアが怒鳴り、我を取り戻したカインは手に力をこめて扉を押す。

 蝶番が軋む音をたてながら扉が開いていくと歌声がより明瞭に聞こえてきて、視界には真っ白な空間が映った。


「なんだ、ここ……」


 白。白。白。部屋全体が淡く光り、遠近感が狂いそうなほど白色で埋め尽くされた空間だった。

 地上に落ちた天界の一室の如き清浄な部屋は僅かな黴臭さもない。

 そんな中でも歌声が淀みなく響いている。


”主よ。我々はあなたの僕です。

主よ。我々はあなたの剣です。

主よ。我々はあなたの鎖です。

主よ。我々はあなたの眼です。

我々はあなたの敵を剣で突き刺し、鎖で繋ぎ、永遠の檻に入れ、とこしえに見張るでしょう”


 歌い手の姿はない。というより壁や天井から聞こえてきてくるようだった。

 今までの内装と比べるとまるで別世界に紛れ込んだと錯覚するような変わりようだが、現実と地続きである。

 その証拠に今まで続いていた床の血痕は部屋の奥にまで続いていた。

 血の跡の先には何人もの人が積み重ねられていた。その中に知っている顔がある。


「ルー! ランド!」


 ルーとランドは茫洋とした表情のままで倒れていて、重ねられている。

 二人の首はかきむしったのか真っ赤に染まっていた。

 駆け寄ろうとするカインの肩をマリアが掴む。


「待ちなさい。何かいるわ」


 積み重ねられた人の山の陰からゆらりと怪人が姿を現した。

 赤いローブを纏い、身長は三メートルほどの巨体。

 顔を黒い鉱石のようなものでできた仮面で覆っている。肌の色は濁った灰色。

 手には木製の、杖とも杭ともとれるモノを持ち、それの取手から血管のように赤い線が入っている。


「貴様、どうやってここまで来た」


 声からして性別は男だろうか。

 何者かは分からないがとにかくマトモじゃないのは見てわかった。

 なぜならその手は血で真っ赤に濡れていたからだ。


「これらの仲間か? まあいい、お前も素体に使えそうだ」

「お前はなんだ? ルーとランドに何をした?」

「ルーとランド、これの名前か? 薬で頭がイカレていたので連れて来ただけだぞ。数が少々不安だから使おうと思っただけだ」

「使う?」

「ああ、お前たちのような生きている価値のない愚図に栄光を与える素晴らしい実験にな」


 ケタケタと不気味な笑い声を仮面から漏らす怪人。

 実験。怪人が口にしたその単語は不吉すぎた。


「二人を、離せ」


 カインは勇気を振り絞って鞭を握った。

 怪人は最初に鞭を見て、そしてカインの顔を見るとその健気な覚悟を嘲笑うように鼻で笑う。


「フン。断る。私が捕まえたわけではないが拾い物だ。どうして虫けらに恵んでやらんといかん?

 汚らわしい奴隷商人風情が……他人に働いてもらわないと生きていけない貴様らは一生、誰かに寄生していろ」

「そうかよ……」


 戦うことにまだ忌避感はある。緊張もある。恐怖もある。

 だが仲間が怪しいやつに捕らえられているのなら助けるしかないだろう。

 何よりこいつは今、実家の稼業を馬鹿にした。その怒りがカインの足りない勇気を補強した。


「じゃあぶっ飛ばす。マリア、あんたは……マリア?」


 背後を振り返ればいつの間にかマリアがいなくなっていた。


(どこへ……)


 後ろを振り向いてマリアを探すカイン。

 傍から見れば隙だらけだが、怪人は勘違いして感心するような声を上げた。


「ほう、勘は良いな。そうだ、お前の相手は私ではない」

 カシャンと、来た通路から騎士(しにがみ)の足音がした。

 徐々に足音は強くなり、三人の騎士が姿を現す。

 いいや、正確には三人の騎士“だった”というべきか。

 現われたのは人の形をしていなかった。


「なんだこの、化物……!?」


 騎士たちは背中がくっついていた。

 背中合わせという意味ではない。

 それぞれの鎧から収まりきらぬほどの肉が溢れて融け合い一体の生物になっているのだ。

 文字通りの三面六臂となって一人が四つん這いになり、左右の騎士の両手にはそれぞれ斧槍(ハルバード)大剣(クレイモア)が握られている。

 それだけでも戦慄するが、際立って恐怖をもたらすのは騎士たちの腹から内臓や血液がぼたぼたとこぼれる音。

 そして中央の騎士の脳天に突き刺さっている杭がねばついた体液が糸を引いて垂れているところだ。

 生物として死んでいないとおかしいのに動いており、そして生きているかと言えば否である。

 その証拠に地についていない方の四本足がギクシャクしながら頭を失った昆虫のように虚空へ無意味にキックを繰り返している。


 ──なにもかもがおかしい。こんなものがいるはずがない。


 夢なら目が覚めて欲しいと強く目を瞑り、そして開く。

 悪夢の如きその異形は実在していた。


「GRURURURURURU」


 脳天の杖の先端がネジのように回転し、中央の騎士が獣のような唸り声を出した。

 あまりにも非現実的な存在を前にカインが呆気に取られている間に、怪人はカインの脇を通って、そのまま滑るような移動法で三頭騎士の横を素通りし、隠し通路の方へと姿を消していった。

 カインには待てと声を出す時間も、精神的余裕もなかった。


「……ひぃ……はぁ」


 何もしていないのにカインの息が荒くなる。直前の覚悟も決意も跡形もなく吹き飛んだ。

 頭にあるのは恐怖だけで精神がパンク寸前で冷や汗が止まらない。


 ──こんなおぞましい異形がこの世にいてもいいのか。

 ──こんな化物とどうして戦わないといけない。

 ──こんなものが現実であっていいはずがない。


 そんな逃避の想いがカインの脳裏をよぎるが目の前の現実は変わらない。

 怪物はこちらへ禍々しい殺気を向けて武器を構えている。

 場違いな天使の歌声が聞こえる。


“我々はあなたの敵を剣で突き刺し、鎖で繋ぎ、永遠の檻に入れ、永久に見張るでしょう”


 何の呼び動作もなく三頭騎士がとびかかる。

 重さを思わせる音がした。


「う、お、わあああああああ」


 カインが反射的に鞭を振るった。

 心構えも覚悟もなってないまま振るった攻撃であったが体に染みついた鞭術は正確に技を再現した。


 奴隷商人の鞭術は相手の血肉を裂けさせ、出血と激痛で逆らう意志を無くし、奴隷として捕縛するための技だ。

 つまり傷害を与えて相手を屈服させることを前提とする。

 ゆえに鎧を着た敵に対してはほぼ無力である。

 だから現代では鞭を武器にする者は少なく、隷商たちが戦場に立つこともほとんどなくなった。


 しかしソルデン家は違う。

 奴隷商人の先が短いと察した彼らの先祖は商人から貴族になるために別の解決策を思い付いた。

 その手段の一つが奴隷を用いた鉱山や農地の開発事業であり、もう一つが戦で武功を立てることだった。


 戦場で鎧を着た兵士を打倒するために開発されたのがソルデン家の魔獣鞭である。

 とある魔獣の尾を利用した鞭の先端に鉄塊が仕込まれており、振るえば遠心力を得て先端が音速に達する。

 満足に振るうこと自体に凄まじい筋力と体力を要求し、命中させることは極めて困難である。

 だが使いこなせば離れた敵に音速で鉄塊を叩き込むことができる。

 その衝撃は兵士たちが振るう棍棒やハンマーを軽く凌駕し、鎧の上から骨を砕き、内臓を破裂させることすら可能だ。


 カインが振るった鞭の先端も中央の頭に直撃した。

 生物であれば痛恨どころではないダメージが脳を襲ったはずだ。

 鞭を受けた中央の首が空中で三回転し、怪物は体勢を崩してカインから少し離れたところに着地した。

 人間なら首が三回転すれば死んでいる。


「は、はははは」


 だからカインは笑った──────絶望のあまり。


「まるできいてねえ」


 三頭騎士は何もなかったかのようにこちらへ向き直して斧槍で薙ぎ払った。

 カインは空いてる手で鞭の縄を持ち刃を防御した。魔獣鞭は斧槍の刃でも断たれなかったが、化物の馬鹿げた怪力によってカインの体が浮き、背後の壁に激突する。

 背筋を貫く衝撃で肺の中の空気が荒れ狂い、むせるカインだが呼吸を整える余裕はない。

 すぐ頭上に脳髄を斬り割るべく大剣が迫っていた。横に転がって避けると続く斧槍の刺突を躱しきれず、斧の部分で右肩に骨まで届くほどの深手を負わせられる。


「ぐあ、あああああ」


 激痛以上に鞭を振るう右腕に力が入らなくなったのが致命的だ。

 勝ち目がない。いや、最初から希望などどこにもなかったのかもしれない。

 その証拠に視界の端では更なる絶望が始まっていた。


「そん、な……」


 仲間たちの肉が泡立ち、くっついて、三頭騎士のような異形の怪物が起き上がり始めていた。

 真ん中の死体の脳天には騎士たちと同じく杭が突き刺さっている。

 いやアレは杖だ。怪人が持っていた杖。よく考えたら去り際に何も持っていなかった。


 無理やり繋がれた被害者たちの顔は皆一様に悶え、苦しみ、眼球を白濁しながら唾液を垂らしていた。

 数十の腕でカサカサとこちらへ近寄ってくる。


「もう、ダメだ」


 助けてくれる仲間はいない。

 助けようとした仲間もいない。

 逃げるための入り口に辿り着くためには二頭の怪物の横を通りすぎないといけず、そしてあちらの方が素早い。

 こんなわけの分からないところで、わけの分からないまま死ぬ。絶望のうちにそれを思い知った。


「GOAAAAAAAAAA」


 三頭騎士が猛然と雄叫びを上げ、髄液を撒き散らしながら獲物へ向かう。

 カインは目を閉じて両手を合わせて祈った──一瞬の痛みも苦しみもなく、死ねることを。


「馬鹿ね。祈ったところで意味なんてないわよ」


 ぐいっと襟首を引っ張られカインの体が浮いた。

 そのすぐ横、カインが居た場所に斧槍と大剣が突き刺さり轟音を立て、床と壁が粉砕される。

 カインは救世主の名を叫んだ。


「マリア!? どうしてここに? いや、それよりも……逃げろ!」

「この状況で他人の心配。余裕ね」

「ふざけている場合じゃ……」

「問題ないわ。『アレ』は私の騎士より弱いもの」


 カインの眼前を白い影が通りすぎ、その白い影がルーたちから生まれた多頭の異形に近寄る。

 それから何筋かの光が走ったと思った瞬間、多頭の異形が細切れになる。


「な……」


 驚くカインの隣でフフンと誇らしげに鼻を鳴らすマリア。

 白い影の正体は全身を白い甲冑で覆った騎士だった。


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