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白波の騎士物語~滅ぼした世界を救う~  作者: 555
序章 白き波の騎士
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滅んだ世界で


 終末とはこの風景のことを言うのだろう。


 血のように赤い空。火薬のように黒い大地。

 干上がった海が残した白い海岸線。その横を塩と同じくらい白い騎士が歩いている。


 騎士は白いのっぺりとした鎧で覆い、外見からは年齢は分からない。

 骨格からして性別は男だろう。兜には海の波にも鳥の翼にも見える飾りが側頭部にあり、ゆえに騎士を知る者からは『白波』と呼ばれていた。


 騎士は東に向かって歩いていた。

 そうとだけ聞くと特段おかしなことには聞こえないかもしれないが、現在の環境で生きていること自体が異常だった。現に人類はほぼ絶滅している。それほどまでにこの星は終わっていた。


 大気は魔術的・物理的な死の要素に溢れている。地面より上にいるだけで死の呪詛にかかり、それを防げても息を吸えば毒素がたちまち臓腑を腐らせるだろう。もしも高度に発達した文明の利器で大気汚染度と放射能度を調べれば致死レベルを遥かに上回る値が検出されるのは間違いない。


 大地の熱は熱力学を無視していた。低温と灼熱がまだらに入り混じり、極寒の凍土を抜ければ溶岩地帯が広がっている光景も珍しくない。


 この星は最初から死の星だったわけではない。かつて緑豊かな森林や青々とした草原が広がっていた。清流には魚が住み、青い空の下を鳥が羽ばたいて歌っていた。


 それが今や草の根一本も生えておらず、動物も絶滅している。

 まともな生命なら生きていけず、星を再生することは不可能だと断言できる。

 ゆえにこの星でまだ動いているものは白波の騎士も含めてまともではない。


 騎士が歩いていると突如として眼前の大地が隆起した。

 土砂を巻き上げながらまるで農作物の如く、大地から恐るべき脅威が現れる。

 まず現れたのは手首から中指の先まで十メートル近くある黒い岩でできた巨大な右手だった。そこから右腕、上半身、そして全身が大地から揚がってくる。


 馬鹿げているとしか思えない大きさの黒い巨像だった。見上げるほど巨大でこんなものが埋まっていたこと自体がたちの悪い冗談に思える。


 巨像の造形は鎧や武具を模した、古代の兵士を思わせるように彫られており、神殿などの宗教施設で見れば何らかの信仰を感じさせるだろう。


 だがこれはそんな生易しいものじゃない。動いているし、生きている。双眸から溶岩を垂れ流し、口や鼻、身体に入った罅からもうもうと蒸気を立ち昇らせて眼下の虫けらへ目を向けている。


「また巨人か」


 白い兜の下から辟易した男の声が漏れた。


 地底より這い出たのは巨人、あるいはゴーレムと呼ばれる巨怪だ。黒い大地から生み出され、生物を発見すると襲う習性を持つ。


 もちろん、この場における生物とは白波のことだ。その証拠に無機物とは思えない獰猛な殺気が巨人から白波へ放たれている。


「GA……AAAA……GA……」


 巨人が大きく息を吸う。人間でいえば肺にあたる部位が赤熱し、巨躯から昇る蒸気の帳が一気に濃さを増した。白波が続くであろう危機に備えて剣を抜く。

 騎士が武器を構えると同時、戦いの火ぶたが切って落とされた。


「GUOAAAAAAAAAAAAAAA!」


 巨人が大咆哮を上げると共に口からは不可視の砲弾が放たれ、騎士のいた場所が爆砕した。

 爆発で天高くまで噴き上げられた土砂と溶鉱炉と化した着弾点がその威力を物語っている。


 常識的に照らし合わせれば騎士は跡形もなく粉微塵になったか、あるいは蒸発したと考えるべきだろう。


 だが次の瞬間、天から落ちてきた白い流星が巨人の胸部、人間でいうところの心臓にあたる部位に衝突した。流星は巨人に比べると砂粒以下、測るのが馬鹿馬鹿しいほどの重量差があるにも関わらず巨体がよろめく。


「GUROAAAAA?」


 流星の正体は白波の騎士だった。

 彼が攻撃を避けたのは単純明快かつデタラメな手段。

 巨人の動体視力を振りきる速度域で跳躍し、空中を蹴って天墜してきたのだ。

 白波が鎧と同じ材質でできた剣を雄大な岩胸へ突き立てる。だが、


「────!?」


 硬い土砂でできた肉に刃がまったく刺さらず、兜の内から動揺した声が漏れた。

 動揺して騎士が停止したのはわずか数秒であるが、それが命取りとなり、巨人が蠅でも払うかのように白波を弾き飛ばした。


「がッ、は」


 破城砲に等しい衝撃を受けて、白波が矢の速さで大地に激突する。

 追撃で巨岩の足が覆いかぶさり、局地的な地震が発生した。


 巨人が足を持ち上げると白波の手足は曲がってはならぬほうに曲がっており、潰れたトマトのように彼の血と髄液の混合液が地面に広がってしみ込んでいく。


 ただの人間であれば間違いなく絶命しているはずだ。

 いや、怪物だろうと死んでいないとおかしい。

 だというのに。


「前、の、奴より、硬い」


 白波は死んでいなかった。

 ジグザグに曲がった手足がギチギチと不吉な音を立てながら元の方向に戻り、流れた体液で糸を引きながら騎士が立ち上がる。

 白い兜に空けられた眼窩の奥にある瞳が赤く、禍々しく輝いていた。


「“赤の奔流”」


 白波が血流を操る魔術を行使する。

 鎧の隙間から流れていた血流が向きを変えて蛇のように剣へと集う。地面に流れたものも同様に重力に逆らって剣身に集まり、回転し、血の渦となる。


「“血濡れ火”」


 剣が纏う全ての血液が白き業火へと変わり、回転速度を増ししながら周囲を赤熱させる。

 白波の鎧の隙間や兜の眼窩からも炎が噴き出し始めた。


 流した己の血を火炎に変える魔術『血濡れ火』は本来ならば返り血を僅かな火種に変え、相手を動揺させるために使用される搦手の魔術である。攻撃手段として積極的に使われるものではない。


 その理由は血と炎の変換効率の悪さだ。

 敵を焼き殺すほどの炎を生むならば比例して大量の出血が要求される。くわえて流した後の経過時間に応じて火力がさがってしまうのだから攻撃手段として期待するものではない。


 ゆえに白波のような使い方は例外、というよりバグ技だった。

 流していない血まで対象にすることで全身を炸薬に変える自爆覚悟の外道技で、不死身以外が使えば即焼死する。当然、人外であっても使おうとは思わない。


「うるせぇ、うるせぇ……みんな死んでる。俺も、お前たちも──!」


 白波の騎士は徹頭徹尾狂っている。

 全身を焼かれる激痛に苛まされているにも関わらず、いま彼から湧き上がる意志はただ一つのみ。


「邪魔だ、死ね」

「UGO……UGOAAAAAaaa!」


 白波の殺意に炙られた巨人が情けない声を出しながら背を向けた。


 圧倒的に矮小な、粒の如き騎士を怖れたのである。

 生まれたての巨人に逃走を選ぶ思考回路は存在しないはずだが、白波の狂気と凶気はプログラム通りにしか動けない存在だろうと狂わせた。


 そして逃げてももう遅い。


「滅べ」


 白波が飛ぶ。跳ぶではなく飛ぶ。あるいはぶっ飛ぶというべきか。


 背中から噴き出る炎がジェット噴射となり音の壁を容易く突き破り、瞬く間に巨人の背中へ到達した。衝突と同時に世界を白く染める眩い光が生まれ、次に天地を震わす轟音と超高熱、衝撃波が森羅万象を破壊する。


 光が収まったとき巨人の膝から上は消滅していた。白波も人の形が残っているだけで炭の塊と化したが時間と共に回復して立ち上がり、何もなかったかのように静かに歩みを再開した。


 向かう先は東。

 目的は世界を救うこと。

 方法──時間旅行。


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