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ふつうの冒険者ギルドのようです

「見てください。今日の宿屋はベッドが二つありますよ」


 宿屋の部屋に入るなり、マリーが歓喜の声を上げた。今日一番の笑顔である。その姿を見てベルフェルミナの顔もほころんだ。


「部屋も広いし、今夜はゆっくり眠れそうだわ」

「昨日も一昨日も、あんな狭い一人部屋に、私たち二人を閉じ込めるなんて。いくら国外追放するからってあんまりですよ。食事だって、カチカチのパンと味の無いチーズだけでしたし。あの方たちには、優しさというものが無いのでしょうか?」


 抱えていた大きな荷物を床に置いたマリーが、御者たちからの不当な扱いに不満を漏らし始めた。

 基本的にベルフェルミナは我慢してしまうタイプなので、気兼ねなく不満を口にするマリーを見ていると、胸のすくおもいがしていくらか気が楽になる。


「せめて、もう少し愛想よくしてほしいわね。でも、牢屋に入れられるよりはマシだと思わなきゃ」

「私は囚人になった気分でしたよ」

「そこまで酷かったかしら? わたくしはマリーと一緒のベッドで寝るのも、なかなか楽しかったわ。何度もベッドから落とされそうになったけれど」

「すみません。寝相が悪くて」

「寝相というより、お尻ね。お尻が大きいのよ。男性に言わせると、いいケツってやつね」


 まじまじとベルフェルミナが肉付きのよいマリーお尻を見る。恥ずかしそうにマリーは両手でお尻を隠した。


「変態オヤジみたいですよ。淑女らしからぬ言葉、どこで覚えたのですか?」

「どこって、マリーからよ」

「え? 私ですか?」

「うん。幼い頃にマリーが教えてくれたわ。他にも――」

「あーっ、覚えていますか? ベルお嬢様が小さかった頃は、よく一緒に寝ていたんですよ」


 遠くを見るような目で微笑み、マリーは昔の良き思い出話を捻じ込んできた。


「……も、もちろんよ。わたくしが寝付けない夜は、眠りにつくまでマリーが話し相手になってくれたわ」

「恥かしながら、私のほうが先に寝てしまうことが多かったですけどね、エヘヘ」

「そうそう。朝までわたくしのベッドで寝ていたこともあったわね」

「あの時は、侍女長にものすごく怒られてしまいました」


 罰として屋敷中の窓掃除をやらされているのを見て、ベルフェルミナも手伝っていた。


「フフフ、あの頃が懐かしいわ……」


 瞬間的に辛い現実を忘れ微笑み合った二人は、自然と窓の外に視線を向ける。

 宿屋の四階から見える景色は、燃えるように赤い夕陽に染まったレンガ造りの町並みであった。どことなくウォーレス伯爵領の町に似ている。

 しかし、遠くに見える防壁は飾りではない。王都エストから遠く離れたこの地には、当たり前のように魔物が生息しているのだ。


「――わたくし、冒険者ギルドに行ってくるわ」

「なぁっ!?」


 思いもよらぬ主の言葉に、マリーがのけ反った。ここまでの拒否反応を示すということは、先日の冒険者ギルドがよほど怖かったのだろう。


「冒険者にはならないと、仰っていましたよね?」

「ええ、そうよ」

「では、何をしに行くというのですか!? 今度こそ殺されてしまいますよ!」


 マリーの中で冒険者ギルドとは、殺人鬼が巣くう無法地帯らしい。


「ここから先は魔物に襲われる危険性が高いわ。どうしても護衛が必要になると思うの」

「ご、護衛なら、御者の二人がいるではないですか? あれでも彼らは王族の護衛騎士ですよ。二人とも剣だって持っていました」


 王族の護衛騎士に選ばれるには、冒険者でいうCランク以上の実力がなければならない。


「もちろん、彼らなら魔物に対処できるわ。けれど、わたくしたちを守ってくれる保障はないのよ」

「ま、まさか、そんなこと。考え過ぎなのでは?」

「そうだといいのだけれど、もしもの場合を考えると…………わたくしは、どうしても生きて国境を越えたい。マリーと新しい人生を手に入れて、幸せに暮らしたいの。だって、彼らの思い通りになるなんて悔しいでしょ?」


 吸い込まれそうな深紅の瞳に見つめられ、マリーは反対することができなくなってしまった。


「はぁ……仕方ありませんね」

「ごめんね、無茶なことを言って。今回はわたくし一人で行ってくるから、マリーはお留守番よろしくね」

「いけません。私もついていきます」

「だけど、いいの? 怖い人たちに絡まれるかもしれないわよ?」

「心配しないでください。ベルお嬢様には指一本触れさせませんから。いくら怖い顔をしても容赦しませんよ。シュッ、シュッ、シュッ。どうですか? 私のパンチ?」


 まるでデジャブを見ているかのように、戦う意思をまったく感じられないファイティングポーズを、再びマリーが披露する。


(このくだり、気に入ったのね)


「ええ。すごいわ。なんて力強いの」


 とりあえず褒めておいたベルフェルミナは、冒険者と戦うマリーのイメトレが終わるまで、あたたかい目で見守るのであった。




 拍子抜けするほど、あっさり外出許可が下りたベルフェルミナとマリーは、夜の帳が下り始めたメイン通りを急いでいた。冒険者ギルドへ行くのも、護衛を雇うのも勝手にしろとのことである。やはり何か裏があるように思われたが、あれこれ考えている暇は無い。いくら治安の良い町でも、若い女性が夜の町を歩くのは危険だ。かといって、知らない町の辻馬車に乗るのも怖い。


「暗くなる前に戻れるでしょうか?」

「どうかしら、すぐに護衛が見つかればいいのだけれど」


 様々な事態に備えて、魔物除けの聖水やポーションなどを購入しておきたい。道具屋にも寄るつもりでいたのだが、諦めるしかなさそうだ。


「――見て、マリー。あそこよ」


 幅広の大剣を背負った戦士、先端に水晶のついた杖を持った魔法使い、清楚な白いローブを纏った僧侶が、冒険者ギルドらしき建物に入っていく。ベルフェルミナたちも同じパーティーメンバーのような顔をして彼らの後に続いた。


「あれ? 皆さん普通の人達ですね」


 冒険者ギルドの中を見回したマリーが目をぱちくりさせている。もちろん、身体に無数の傷がある屈強な戦士や、異質なオーラを醸し出す魔導師などが、『普通の人』に見えるかはおいといて。前回の印象があまりにも悪すぎて、少々の強面でも優しいお兄さんに見えてしまうのだ。


「これならすぐ見つかりそうですね。さっそく声をかけてみましょうよ」


 茶飲み友達でも探すノリのマリーが、冒険者の品定めを始めた。

 一階はホールになっていて、受付カウンターとクエストボードの周りに人だかりができている。吹き抜けになっている二階には、情報交換や作戦会議、打ち上げなどに使われている酒場があった。


「あっ、あの人たちなどいかがでしょうか?」


 マリーが指し示したのは、クエストボード前にいる女四人組のパーティーだ。


「うん。いいわね、全員女性だと安心だわ」


 警戒心が強いベルフェルミナの反応もいい。マリーは自信満々に胸を叩き『ここは私にお任せください』意気揚々と声をかけにいった。


 ところが、ものの数秒で断られ意気消沈して戻ってくると、


「ベルお嬢様、すみません。依頼はギルドに通さないとダメみたいです」

「たしかに、わたくしたちが勝手に依頼を出したら営業妨害になってしまうわね」


 そういうことならと、二人は受付カウンターで依頼の手続きをすることにした。


「――かしこまりました。ご旅行の護衛ですね。基本報酬が金貨四枚、ギルドに払う手数料が報酬の一割となりますので、報酬とは別に銀貨四十枚を頂きます。あと、ご依頼のランク付けに関わってくる行き先をお願い致します」


 品のある制服に丁寧な言葉遣い、接客態度が前回の時とは雲泥の差だ。ベルフェルミナとマリーは終始笑顔で話を聞き入っていた。


「国境の町ポルタですが、大丈夫でしょうか?」


 宿屋を出る時にしつこく訊いたら、御者が煩わしそうにしながらも答えてくれた。


「はい。ポルタでしたら順調に東の森を抜けて、一日もあれば着くでしょう。遭遇する魔物もDランク以下になりますので、追加料金もいりません。では、明日のお昼にはクエストボードに掲示させて頂きます」

「「――明日のお昼!?」」


 ベルフェルミナとマリーが同時に声を上げる。


「はい。申請に半日はかかると思いますので、急いでもその時間になってしまいます」

「あのっ、わたくしたちは明日の早朝に出発したいのですが――」

「申し訳ございません」


 話を切り上げるように、受付嬢が頭を下げた。


「どうしても、ダメでしょうか?」

「はい。そちらのほうで時間を調節して頂くしかありません」


 調節しようにもベルフェルミナにその権限は無い。


「……そう、ですか。お手数をおかけしました。失礼いたします」


 深い溜息とともに、ベルフェルミナとマリーは受付カウンターを後にした。一刻も早く宿屋に戻るため、周りの冒険者たちには目もくれず出口に向かう。すれ違いざま、冒険者パーティー同士の会話が聞こえてきた。


「昨日、今日と魔物を見かけなかったが、こんなこともあるのだな。おかげでクエストを達成できなかったよ」

「お前らもか? いつもは必ずいるはずのレッドスライムがいなかったんだ。魔物が消えたのは気のせいじゃなかったのかよ」

「いや、俺たちはダンジョンに潜っていたのだが、魔物はいたぜ。何故か、浅い階層にはいなかったけどな」


 まさか、その原因が自分であるとも知らず、ベルフェルミナは足早にギルドを出ていくのであった。


 ところが、吹き抜けになった酒場の席から、ベルフェルミナたちに熱い視線を送る三人の冒険者たちがいた。全員が二十代前半で身体の線が細く、まだ頼りない新人っぽさが容姿に残っている。

 このまま見ているだけならよかったのだが……

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