大丈夫でしょうか
花壇に水を撒いていたマリーが小首を傾げた。どこからか子供の話声が聞こえる。屋敷を囲う石壁の高さはマリーの胸が隠れるくらいだ。声のするほうへ行ってみると石壁の影にジールとカーラを見つけた。
「――こんなところで何をしているのですか?」
「どわあっ」
突然ひょっこりと顔を出したマリーに飛び上がって驚くジール。その様子を見てマリーが吹き出す。
「いま凄い顔していましたよ、ジール様」
「し、してねえよ!」
「いいえ、していました」
「してねえって、言ってんだろ!」
「私ちゃんと見たんですから。ねえ? カーラ様?」
「…………」
気安く話しかけるなと言わんばかりにカーラは能天気なメイドを睨み付けた。
「そう言えば魔法の授業は終わったのですか? ベルお嬢様の姿が見当たりませんが」
「そのうち戻ってくるんじゃない? ボロボロになって」
「お嬢様に何かあったのですか?」
「フフフ」
「あいつが生意気だからスタンレーさんに痛めつけてもらっているんだよ。悪いのは、あいつだからな」
愉悦の笑みを浮かべるカーラとは対照的に、ジールの表情には若干の後ろめたさが滲んでいる。
「へえ、そうなんですか」
「なっ? 心配じゃないのかよ。スタンレーさんは強いんだぞ。昔はBランクの冒険者だったんだぞ」
「お嬢様はもっとお強いですから」
「嘘つくな! あいつFランクだろ!」
「関係ありません。屈強な冒険者たちが群がる前でベルお嬢様はこ~~~んなに大きい岩を吹き飛ばしたんですよ。みんなびっくりして腰を抜かしていたんですからね」
誇らしげに語るマリーは目一杯両手を広げてみせた。次第にカーラの顔が険しくなっていく。
「なにがベルお嬢様よ。家名もないただの平民のくせに。いくらあの女が強いからってスタンレーにはかなわないのよ。どんな姿で帰ってくるのか楽しみにしてなさい。あ~でも、恥ずかしくて帰ってこられないかもね。今ごろ何処かに隠れて泣いているんじゃないの? 心配なら探しに行ったほうがいいわよ」
敵意に満ちたカーラの挑発に、苦笑いで返すマリーはふと視線を外した。
「ええと……その必要はなさそうです」
「あら、随分と冷たいのね。どうせ、お嬢様なんて言っておきながら心の中ではバカにしていたのでしょ?」
「取りあえず、うしろを見てください」
マリーの言葉に顔を見合わせたカーラとジールは恐る恐る振り返った。
「――はあ!? なんでよ?」
悔しさのあまりカーラの顔が歪む。恐怖を覚ったジールが後退りする。二人の目には屋敷を出る前と同じ姿のベルフェルミナが映っていた。
「もうっ! スタンレーは何やっているの! ほんと使えない奴ね」
地団駄を踏むカーラを横目に、こっそりとマリーがその場を離れる。
「――二人ともなぜ来なかったのですか? 理由をお聞かせください」
精一杯笑顔にしているつもりのベルフェルミナだが怒りが駄々洩れだ。凍てつくような深紅の眼差しがカーラを震え上がらせる。
「ス、スタンレーはどうしたの!? あいつの魔法は絶対に防げないんだからねっ」
それでもカーラは強気な態度を崩さなかった。
「この世にいない男の話をしても意味がありません。今はあなたたちの話をしているのです」
「い、いないってどうゆうこと? まさかあんた……」
「はい。わたくしの魔法がどれほどの威力か証明するため、あの男には実験台になって頂くつもりでした。残念なことに塵一つ残らず蒸発してしまいましたので、結果をお見せすることはできませんが。あなたたちの答えによっては、あの男と同じ運命を辿ることになります」
わざとらしく声のトーンを低めたベルフェルミナは右手の平を突き出し、すっぽりと自身が隠れるほどの魔法陣を出現させた。まるで冥界の門が開くかのように禍々しい光が放たれる。魔法陣から覗く世界は地獄の業火が荒れ狂う灼熱の世界である。その膨大な熱量が放出される瞬間を想像しただけで卒倒しそうだ。
「ひっ! た、たすけて……」
恐怖に慄くジールがペタンと尻もちをついた。さすがのカーラも目に涙を溜めすっかり青ざめている。ガクガク震える膝が辛うじて踏みとどまっていた。
「人に危害を加えるのならば、自分がした以上の報復を受けることも知っておかなければなりません」
魔法陣から煉獄の炎が溢れ出す。
「ご、ごめんなさ――」
「――あんたなんか絶対に認めない!」
ジールの涙声をカーラの怒声がかき消した。しかし、カーラの顔は涙でぐちゃぐちゃになり、それでも必死に堪えようとしている。あの悪戯を許すことはできないが、さすがにベルフェルミナはこれ以上心を鬼にすることができなかった。
「…………そんなにわたくしのことが嫌いですか?」
禍々しい熱気を放っていた魔法陣はすでに解かれている。
「だいっ嫌い! あんたみたいに綺麗なやつが魔法なんかやる必要ないでしょ!」
「そうですか…………ん?」
納得しかけてベルフェルミナは小首を傾げた。見た目が悪ければ嫌われていなかったということなのか。その反応を見てカーラがハッとする。感情に任せて思わず本音を口にしてしまったのだろう。
「カーラ様。世の中には、わたくしなどより容姿の良い魔法職の方はたくさんいます。そもそも、魔法を学ぶのに容姿なんて関係ありません」
「あるわよ! バ――」
言いかけて口を噤むと、カーラは走り去ってしまった。恐ろしい魔物から逃げ出すかのようにジールが後を追う。
(あの子、バカって言いかけたわね。あれ? もしかして魔法の先生をクビになるんじゃ……どうしましょう)
冷静になった途端、急に先行きが不安になってしまうベルフェルミナであった。




