お気に入りの服なんですけど
カーラの指定した通り村の中央広場を北に抜けると住宅密集地に入った。すれ違う村人たちと挨拶をかわしながら、村の外へ続く通りを歩いていく。すると、ベルフェルミナは三人組の女の子に声をかけられた。
「わ~、かわいい~」「お姉ちゃん、この服どうしたの~?」「すご~い。いいな~」
ベルフェルミナのリボンやレースであしらわれた服に目を輝かせている。歳はジールとカーラよりも一つか二つくらい下だろうか。無邪気な笑顔が擦り減った心を癒す。
「わたくしはベルフェルミナといいます。男爵様のところで魔法の先生をすることになりました。皆さんよろしくお願いしますね」
「「「は~い」」」
(ああ~、なんて素直で愛らしい子たちなの。思いっきり抱きついてしまいたい。あの双子にも少しくらいこの素直さをわけてもらえないかしら。そもそも、こんな村の外れまで来る必要があったのかも疑問だわ。屋敷の傍に広い空き地があるというのに……)
「――では、皆さん。またお話しましょうね」
「うん。バイバ~イ」
天使たちとの触れ合いを十分に満喫した後、ベルフェルミナは一抹の不安を覚えつつ目的地へ急いだ。賑やかだった住宅地を抜けた途端、急勾配の下り坂になる。うっかり足を滑らせようものなら丘の下まで転げ落ちてしまいそうだ。この危険な道を利用する村人はほとんどいないらしい。
(くっ、ヒールが仇に。こんなことなら動きやすい格好にすれば――ひぃっ、あ、危ない。わたくしの一張羅が台無しになってしまうところだったわ。まったく、何ていうところを指定するのよっ! あの子たち来るわよね……ん? あれかしら?」
少し下ったところに斜面が大きく抉られてできた広場が見える。ベルフェルミナは最後の気力を振り絞り目的地にたどり着いた。
「ちょっと狭い気もするけど、魔法の練習場のようね。ここなら村人もあまり近寄りそうにないし、思う存分魔法を撃てそうだわ……あら?」
数えきれないほどの火炎魔法を斜面にぶつけてきたのだろうか、土砂を吹き飛ばしてむき出しになった岩盤が黒ずんでいた。黒い岩盤に触れたベルフェルミナが小首を傾げた。
「魔法で焦げているのかと思ったのだけれど……黒聖石だわ」
あのアダマンタイトに次ぐ硬度の鉱石だ。オリハルコンよりずっと希少価値が高く、滅多にお目にかかれる代物ではない。前世の記憶がなければ見過ごしていただろう。小さな欠けらだけでも金貨うん百枚で取引されている。そして、またの名を――竜の殻。
「この丘が長い年月を経て『竜の殻』の上につくられたものだとしたら、さぞかし巨大な神竜だったのでしょうね……男爵家は黒聖石のことを知っているのかしら」
言うなれば、領地内に金鉱が眠っているようなものである。小麦を生産するよりも黒聖石を採掘して商売すれば、他の貴族たちが束になっても叶わないほど莫大な財産を築くことができるはずだ。
「それにしても、この景色は素晴らしいわ」
無粋な考えをかき消すかのように、ベルフェルミナが感嘆の息を漏らす。大空のもと地平線まで広がる緑の小麦畑は、穏やかに波打つ大海原のようだ。
「――お前か? ベルフェルミナとかいうやつは?」
不意に抑揚のない無機質な声が背後から飛んできた。すっかり油断していたベルフェルミナがビクッと肩を震わせる。危うく全身全霊のファイヤーボールをぶっ放すところであった。
「あ、あなたは……スタンレーさん?」
「…………」
青い石を施した杖に薄汚れたローブ、彫の深い三白眼がじいっと睨みつけている。
「あの、わたくしに何か御用でしょうか?」
「お前に恨みはないが、カーラ様の頼みだ」
そう言うなりスタンレーが詠唱を始める。突き出した杖の先端に光の粒子が集まっていく。
「えっ? ちょっと何を?」
「魔法の先生をするほどの者なら防いでみるがいい。だが、神属性の魔法の前では防御魔法など意味をなさぬぞ――ホーリーウィンド」
無数の風の刃がベルフェルミナを襲う。攻撃魔法無効化のスキルを持つベルフェルミナだが、身に纏っているものには効果がなかった。
「いや、待って――きゃああっ」
お気に入りの一張羅が無残に切り刻まれると、戦意を失ったベルフェルミナはその場にへたり込んだ。リワインドで回避しようにも一日に一度という制約がある。
「安心しろ、服だけを狙った。体にはかすり傷一つつけておらぬ」
「…………」
「これに懲りたら、カーラ様の機嫌を損ねないことだ。ほら、この金で新しい服でも買うがいい」
そう言って、スタンレーは銀貨五枚をベルフェルミナの前に放り投げた。地面に転がる銀貨にベルフェルミナの焦点が定まる。同じ服を買うには全然足りない。
「……な、なんですかこれ? この服……いくらしたと思っているの? きちんと弁償してもらいますから! ――って、あら?」
ベルフェルミナが顔を上げると、スタンレーはすでに姿を消していた。
「スタンレーぶっ殺す! ――はっ、いけない。わたくしとしたことが『ぶっ殺す』なんてはしたない言葉を」
慌てて口元を押さえるが、怒りは沸々と込み上げてくる。
「こんなところに呼んだのは、惨めなわたくしの姿を村中に晒させて辱めるためだったのね。うぐぐ、悔しい」
今ごろ、泣きながら走るベルフェルミナを想像してほくそ笑んでいることだろう。何食わぬ顔で戻ってやりたいが、いろんなところが見えてしまっているこの姿で村を歩けるほど淑女の品格は失ってはいない。暗くなるまで隠れていようか、それも惨めすぎる。何よりこの状態でいることが恥ずかしい。
恥辱と怒りが頂点に達した瞬間、再び記憶の奥底に眠っていたスキルを思い出した。
――メタモルフォーゼ。
装備しているものを思い通りの形に変えられるレアスキルだ。ただし、性能や材質は変えられず、体から離れると元の形に戻ってしまうのだが、この場面において最適のスキルである。修復不可能と思われた服が虹色の光に包まれると、仕立てたばかりのような新品に生まれ変わった。
「それにしても、この怒るとスキルを思い出すシステムも何とかならないかしら。まあ、助かってはいるのだけれど」
千年ほど前だったか、世界各地のダンジョンを巡りレアスキル取得に明け暮れていた時期があった。しかし、そのほとんどが一度や二度試しに使っただけである。結局のところ、戦闘狂のオルガにとって暇つぶしにもならないスキルばかりだったのだ。
「先ずは、あの子たちのためにも人生の厳しさというものを教える必要があるわね」
貴族だからといって、身分の低い者を平気で陥れる人間になってほしくない。ふと、リーンの嘲笑う顔がよぎったベルフェルミナは心を鬼にすることにした。




