魔法の授業1
「魔法の授業? あ~そっか、う~ん……そこらでやったらいいんじゃないの?」
返事に困ったララナが投げやりに答える。マリーのおかげで暇になったララナとベルフェルミナは朝食前の散歩をしていた。
「すみません。黒板を使ってきちんと術式を教えたいので、できれば机や椅子のある室内がいいのですが」
人にものを教えたことがないベルフェルミナは、とりあえず妃教育の先生をお手本にするつもりだ。彼女は厳しさの中にも優しさがあり、気品と威厳を兼ね備えていた。先ずは外見からビシッと決めなくてはならない。ちょうどポルタで買った鮮やかな赤色の服もある。
「いいのいいの適当で。あの子たちだって少しは魔法を使えるんだから、勝手にやらせておけばいいのよ。別に、つきっきりで見る必要もないし。なんなら、隣町にショッピングしにいかない? ポルタみたいに大きくはないけど、お洒落なカフェもあるわよ」
雇い主がそんなことを言うのはいかがなものかと、ベルフェルミナが苦笑いする。
「わあ、是非行ってみたいです。しかし、お給金を頂く身としましては、そういうわけにもいきません」
「真面目ね~、じゃあまた今度行きましょ。双子の勉強部屋があるからそこを使えばいいわ」
「ありがとうございます、ララナ様」
こうして、恒例の双子に睨まれながらの朝食を済ませた後、いよいよ魔法の授業を始めることになった。
「二人とも凄く嫌そうな顔をしていたわ。ちゃんと来てくれるといいのだけれど、そう簡単にいきそうもないわよね……」
半ば諦めかけていたベルフェルミナが勉強部屋の扉を開くと、ジールとカーラの姿が目に飛び込んできた。予想外の光景に思わず笑みがこぼれる――次の瞬間。身体が反転し、なぜか天井を見ていた。
「――え!?」
ふわりと宙に浮いたと思ったら、ドスンと盛大に尻もちをつく。床に散らばった小さなガラス玉を踏んずけて、すっころんでしまったのだ。
「キャッハハハハハハッ」
「アハハハハッ。すっげー転びかたしたぞ、あいつ」
【打撃無効】スキルのおかげでダメージはない。ただし、痛みは軽減されているだけできちんとある。従って、強打した尾骶骨が普通に痛い。
「いっ! たたぁ、なんなの? いったい――きゃあっ!」
さらに、バケツ一杯分ほどの水が頭上から落ちてきた。しかも、わざわざ氷魔法でキンキンに冷やしたのだろうか物凄く冷たい。ずぶ濡れになってもだえるベルフェルミナに向けてカーラが言い放つ。
「こんな単純なトラップに引っかかるなんて情けないわね。そんなみっともない姿で魔法を教えるつもりかしら? 笑わせないでよね、ぷぷぷっ」
「くっ」
さすがのベルフェルミナもこれにはキレた。理性がすっ飛ぶほどの怒りが湧き上がる。その反動で記憶の奥底に眠っていたスキルを思い出した。
――リワインド。
時間を八秒だけ巻き戻すことのできる超レアスキルだ。発動した瞬間、見えていた世界が逆再生を始め、ベルフェルミナは扉の前に立っていた。今まさに、部屋に入ろうとしているところである。この直後に全身水浸しになるなんて誰が予想できただろう。しかし、知っていればどうってことはない。
「ほっ!」
ベルフェルミナは扉を開くと、床に散らばるガラス玉をひょいと飛び越えた。そして、天井近くに浮かぶ水の塊に向けて、極小の火炎魔法弾を撃ち放つ。ジュッと大きな音を立て水蒸気と化した。
「――うそっ!?」
「――まじっ!?」
思わず立ち上がりジールとカーラが目を丸くする。そんな二人を見て、少しばかり大袈裟にベルフェルミナは溜息をついた。
「はぁ、まったくもう。あなたたち何をしているのです。こんな子供騙しに、わたくしが引っかかるとでも思いましたか? あまり見くびらないでくださいね」
ものの見事に引っかかった者とは思えないほど堂々とした態度である。
「むうう……」
よほど悔しかったのか。しかめっ面のジールは頬を膨らまし、同じくしかめっ面のカーラは唇を噛み締めている。
「二人とも、いつまでそうしているつもりですか? さあ、講義を始めますよ」
「……くっそう」
ベルフェルミナが促すように手を叩くと、双子は渋々ながらも席につくのであった。




