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出会い2

 動揺を隠しきれずフレデリックの顔が僅かに引きつった。それでもすぐに傲慢な笑みを取り戻す。


「フン。お前こそ、こんなところで何をしているのだ。まさか、俺を探して王都中を歩き回っていたのではあるまいな?」

「いいえ。わたくしは王妃様からお茶会に誘われておりましたので、今はその帰りでございます」

「は、母上と……?」


 ベルフェルミナの答えにフレデリックが口籠る。


「フレデリック様は何を?」

「そこの者が不敬をはたらいたので処罰するところだ」

「不敬を? いったいどのような?」

「リーンをイヤらしい目で見たのだ」


 いち早くベルフェルミナに気付き隠れていたリーンが、気まずそうに窓から顔を出す。


「ごきげんよう、義姉様」

「リーン? なぜ、あなたが殿下の馬車に乗っているのです? これはいったいどういうことなのか説明して頂けないでしょうか、フレデリック様」


 表情は変わらずとも言葉に怒りが滲んでいる。


「申し訳ございません、ベルフェルミナ様。私がリーン様を王宮に招待したいと殿下にお願いしたのです。悪いのは私なのです、どうかお許しください」


 すかさずパトリックが機転をきかせた。すでに剣は鞘に収めている。


「……わかりました。では、このようなみっともないことはもうおやめください」

「は? みっともないだと!? この俺が?」


 聞き捨てならぬと射抜かんばかりにフレデリックが睨みつけた。しかし、ベルフェルミナは一歩も怯まない。


「もし、自覚が無いようでしたら、王太子の座は第二王子のレナード様に奪われることになりますが、よろしいのでしょうか?」

「貴様! 言って良いことと悪いこともわからんようだな! 婚約者だからといって調子に乗ると痛い目にあうぞ!」

「わたくしは事実を申し上げているのです。宰相をはじめ大臣たちは皆、民を大切に想うレナード様こそ次期国王にと考えておられます」

「それがどうした! ジジイどもの意見など知ったことではない!」

「ですが、国王陛下はそうではありません。国の行く末を思い、下の者の意見を大切になさいます。王妃様より聞かされておりますので間違いないかと思いますが、このままだとフレデリック様は西の国境に配備されることになるでしょう」

「な、なんだと! バカな……クソッ、あんな僻地に行ってたまるものか」


 フレデリックの顔色を見れば、西の国境がどれほど過酷なのかがわかる。


「もちろん、わたくしは婚約者ですから何処であろうとお供する覚悟でございます。たとえそこが地獄であろうと」


 涼し気に言ってのけるベルフェルミナとは対照的にフレデリックが意気消沈していく。


「……チッ。嫌味な女め……覚えていろよ」


 これ以上ない捨て台詞を残し、フレデリックたちは足早に去っていった。

 その場に残されたベルフェルミナとレオンハルトの間に沈黙が訪れる。


「…………」


 レオンハルトは感謝の言葉をどう述べるか迷っていた。事前情報によると第一王子の婚約者は目に余るほど我儘で傲慢だと聞いている。婚約者からすれば第一王子と険悪なムードになった原因は、この得体の知れないホームレスだ。今、やり場のない怒りの矛先はこちらに向いているはず。言葉を間違えれば逆鱗に触れ、何をされるかわからない。


「あの、わたくしが謝って済む問題ではありませんが、ほんとうに申し訳ございませんでした」

「――え?」


 深々と頭を下げるベルフェルミナの姿に、レオンハルトは間の抜けた声を出してしまった。さらに、


「お怪我は大丈夫ですか?」


 綺麗なドレスを着ているにもかかわらず、ベルフェルミナが両膝を地面につけてレオンハルトの顔を覗き込む。真っすぐで慈愛に満ちた深紅の瞳に、思わずレオンハルトは息をのんだ。その眼差しは心の底から心配している。


「なんて、ひどいことを。こんなにも血が」


 そう言って、ベルフェルミナはシルクのハンカチを取り出し、レオンハルトの顔についた血を拭い始めた。血の臭いに紛れてフローラルの良い匂いがする。気のせいか痛みも和らいでいくようだ。


「よろしければ、わたくしの馬車で病院までお送りしましょうか?」


 うっかり首を縦に振りそうになり慌てて横に振る。


「い、いえ。もう血は止まっていますので、ご心配には及びません。お気遣いありがとうございます」

「それならいいのですが」


 ベルフェルミナに支えられて立ち上がるレオンハルト。そんな二人を建物の陰から見守るシエラはすぐにでも皇子の元に駆けつけたくてうずうずしていた。命の恩人といっても過言ではないベルフェルミナには、感謝の言葉を伝えたい気持ちでいっぱいである。


「…………」


 じーっと、黒髪の見目麗しい女性に見つめられ、レオンハルトがドギマギする。恥ずかしいような嬉しいような、自分でもよくわからない初めての感情が湧き上がってきた。


「え、っと……その、なんでしょうか?」


 耐え切れずにレオンハルトが口を開く。


「あっ、ごめんなさい。あなたの瞳がとても綺麗だったので、つい」

「~~~~っ」


 自慢するわけではないが、晴れわたる夏空のように青く澄んだ瞳を称えられたことは数え切れないほどある。誉め言葉など言われ慣れているはずなのに、顔がどんどん熱くなっていく。


「た、助けて頂き本当にありがとうございました。この御恩はいつか必ず返します」


 ベルフェルミナの顔を直視できず、気が付けばレオンハルトはその場から逃げるように走り出していた。

 その後、ベルフェルミナに恩を返すべく何度か夜会に出席したものの、話しかけるどころか遠くから眺めるだけに終わるのであった。


 ◇  ◇  ◇


「――殿下、こんなところにいらしたのですか」


 レオンハルトが振り返ると、腰に手を当て仁王立ちするシエラの姿があった。月明かりで表情もハッキリとわかる。薄っすらと笑みを浮かべているが、腹を立てている時の顔だ。


「久しぶりにキリウスにも会って一人で考えごとしていたら、ちょっと眠れなくてさ」

「散歩なら一声かけてください。探すのが大変です」

「わざわざ起こすのも悪いだろ?」

「私が殿下より先に寝るとでもお思いですか?」


 小さく首を振り、レオンハルトは夜空を仰いだ。その眼差しはどこか吹っ切れたような、清々しさを感じる。


「……あの時はごめん、シエラ」

「どの時ですか?」


 わかっていてシエラがとぼける。


「あれから一年以上経つのだな。長いこと付き合わせてしまったね。キリウスが誘ってくれた夜会に行ったら、帝国に帰るよ。これでも僕はグランデイル帝国の第二皇子だからね」

「もうよろしいのですか? 大臣たちが決めた会ったこともないお方と婚約させられてしまいますよ」

「そうだね」

「どこぞの王子のように婚約破棄なんてできませんよ?」

「ハハハ、しないよ。ひょっとしてシエラは帝国に帰りたくないのか? まさか、キリウスと離れたくないとか?」

「それだけは絶対にないですっ。私はただ……殿下のお相手は、あの方がよかったと思っただけです、ので……」


 複雑な表情を浮かべ、シエラは口を噤んでしまった。


「そうだったのか。てっきり呆れられているのかと思っていたよ」

「たしかに、夜会ではさっさと声をかければいいのに、と呆れていました」


 護衛のため、メイソンの妹としてシエラも夜会に出席していた。言い寄る令息たちの相手をしつつ皇子の動向はすべてチェックしている。


「わ、わるかったな。彼女には婚約者がいたから簡単には声をかけられなかったんだよ」

「婚約者がいても友達にはなれます。なんだかんだ言っても女性は少々強引なくらいが好きなのですよ」

「なるほど、キリウスが聞いたら喜ぶだろうな」

「うっ……いちいちキリウス様の名前を出さないでください」


 ジト目のシエラに睨まれ、焦るレオンハルトがごめんごめんと謝る。


「さあ、冷えてきましたからさっさと屋敷に戻りますよ」


 まるで強引のお手本を見せるかのように、シエラはレオンハルトを強制連行するのであった。


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