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親友の頼み

「ここには滅多に客が来ないから暇していたんだ。好きなだけいていいからな」 

「ありがとう。助かるよ」 


 紅茶を口に含み一息ついたレオンハルトは、眼下に広がる庭園に視線を移した。そよ風が心地いいバルコニーでお茶をするキリウスとレオンハルト、少し離れたところに軽装姿のシエラが立っている。


「お~い。この屋敷は安全だからレオの護衛なんかしなくていいってば〜。シエラちゃんもこっちにおいでよ〜。ほら、美味しいスイーツもあるからさ〜」

「フフフ」


 いつものようにキリウスの誘いを氷の微笑ではねのけるシエラ。夜会に行けばキリウスの誘いを断る令嬢などおらず、みんな瞳をハートにしてキリウスの甘いマスクと言葉にうっとりしてしまうのだが。


「それで? レオが好きになったエストロニアの女って、そんなに魅力的なのか?」

「べ、べつに好きなわけではない。ただ、少し気になっただけで……」


 しどろもどろになり否定するも、レオナルドの顔がほんのりと赤くなる。


「ということらしいのだが、シエラちゃん?」

「殿下がそう言われるのなら、そうなのでしょう。ただ、三ヶ月で帝国に戻る予定だったのが、一年以上もエストロニアに滞在することになり。他にも高価な装飾品があったにもかかわらず、国宝である女神の涙をプレゼントなさいました」


 シエラの言葉にキリウスがニヤリと笑う。


「なんとまあ、そうかそうか。皇帝陛下の命令に背くほど好きだったのに、諦めて帰らねばならぬとは可哀想になあ」

「なっ!? 可哀想とはなんだ」

「フラれたのだろ?」

「フ、フラれたわけではない。そもそも、フレデリック王子の婚約者だったわけだし」

「は? なにそれ? 他国の王子の婚約者を奪おうとしていたのかよ? けっこう大胆な奴たったんだな。見直したぜ、レオ」

「だから、好きとか奪うとかそういうのじゃないんだ。王太子の傍若無人な振る舞いにもめげず健気に頑張っている彼女を、いつの間にか目で追うようになっていただけで……」


 それが好きということだろ、と言ってやりたいところをキルヒウスは飲み込んだ。


「なんとなくわかる気がするぜ。惚れた女の結婚するところなんて見たくないよな」

「……それが、婚約破棄されたんだよ。それも、王宮の舞踏会で」

「ええっ? それって……またとないチャンスだったんじぇねえのか? なんで帰ってきちゃったんだよ?」


 キリウスが身を乗り出し、信じられないといった表情を見せる。好きな女がフリーになり、しかも酷く傷ついているのだ。もう逆に彼女から告白されているようなものである。


「…………」

「ま、いいや。話したくなったら、また聞かせてくれ。しばらくここにいるんだろ? 帝国に帰ったら無理やり婚約させられちまうもんな。皇位継承順位2位のレオンハルト殿下?」


 俺もフリーだぜ、と振り向きざまシエラにウインクする。反射的にシエラは顔を逸らした。


「次期皇帝はアレク兄さんかオリビア姉さんのどちらかだよ。父さんや大臣たちもみんなそう思っている。僕には関係ないよ」


 実際、レオンハルトは心の底から皇位継承権なんてどうでもいいと思っている。


「たしかに、お前の兄貴と姉貴めちゃくちゃ怖えもんな。近づいたらHP削られるんじゃねえかってくらい、すげえオーラあるし。まともに目を合わせようものなら、震え上がっちまうぜ。覇王と恐れられたオヤジさんの血をしっかりと受け継いでいるよな」

「人の兄姉を猛獣みたいに言わないでくれ。ああ見えて、喋ってみると普通に優しいと思うぞ」

「レオは弟だからそんなこと言えるんだ。しかも歳が十コも離れてりゃ、お前のことが可愛くてしかたないだろうぜ。兄貴と姉貴に厳しくされたことなんてないだろ? ずいぶん過保護に育てられてきたんじゃないのか?」

「そんなこと……」


 あるかも。思い当たる節がありすぎて、レオンハルトはそっと眉間に指を添えた。

 皇帝ペテオメネスは側室を持たず、全て皇妃イリスとの間に授かった子供である。現在、第一皇子のアレクサンドロスは二十六歳、第一皇女のオリビアは二十五歳、第二皇子のレオンハルトは十六歳。兄とは十歳も離れていたため、兄弟喧嘩というものを経験したことがない。


「おっ、そうだ、ちょうどよかった。今度、ある伯爵家で夜会があるのだが、レオも一緒に行かないか? 失恋から立ち直るには新しい出会いが一番だぜ」

「だから僕は……せっかくだけど遠慮させてもらうよ。キリウス一人で楽しんできてくれ」


 レオンハルトは紅茶を飲み干し、席を立とうとする。


「ちょっと待ってくれ。実は親父から頼まれているんだ。その伯爵家の様子を探ってくれってさ」

「ランドールの宰相であるフォスター公爵が? なにか怪しい動きでもあるのか?」

「わからん。最近、急激に力をつけてきた地方の貴族らしいからな。背後に良からぬ組織がついていないかの確認だよ。本格的な潜入捜査ではないから、夜会に参加している面子を見てくるだけでいいんだ」

「それならキリウス一人でも十分だろ?」

「ダメだ、俺一人だとお目付け役をつけられるんだよ。あの超堅物兄貴と行動を共にしなきゃならんのだ。な? 頼むよレオ。このと~り」


 ガバッと勢いよくキリウスが頭を下げる。よほど兄との接触を避けたいのであろう。実の兄弟とは思えないほどキリウスと性格が真逆の兄だ。幼少の頃から兄弟の仲が悪いことはレオンハルトもよく知っている。


「……わかった、行くよ。だから顔を上げてくれ」

「おお~マジで助かるぜ。どうやって親父に断ろうか、ずっと悩んでいたんだ。やはり持つべきものは親友だな。お前のためなら俺はなんでもするぜ」

「調子のいい奴め。しばらくの間ここでお世話になるんだ。フォスター公爵のためにも夜会くらいついていってやるよ」

「よーし。さっそく仕立て屋を呼んで、シエラちゃんのドレスを新調しないとな」

「いや、なんでですか!」


 さすがのシエラも元気よくツッコんだ。

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