ジールとカーラ
焼き立てのパンを口にすると、外がサックサクなのに中がモッチモチの食感に驚かされた。ベルフェルミナは幸せそうに香ばしい薫りと小麦の風味をじっくりと堪能する。さすが小麦の産地だけあって、今までに食べたことないほど美味しいパンであった。
(……気のせいかしら? ものすごく睨まれているような)
テーブルの向いには、クレンテス男爵家の次男ジールと、次女カーラが並んで座っている。母親のマーサや長女のララナとは違う菫色の瞳に空色の髪、双子というだけあって顔はそっくりだ。男爵に似たのか、睨んでいるからなのか、十歳にしてはやけに威圧的である。
「ねえ? 母上? 父上と兄上は、いつ戻ってくるの?」
「ん~? もうすこししたら戻ってくるさ」
日課となっているジールの質問に、男爵婦人のマーサは受け流すように答えた。
主人の心配より白身魚のムニエルに夢中といった様子である。いつもはララナが食卓の準備をしているのだが、今日からはマリーが給仕することになった。
「魔物討伐の遠征には、いつも長男のロベルト様も御一緒されているのですか?」
「あの子はクレンテス騎士団の次期団長だからね。それに戦うことが好きなのさ」
ベルフェルミナの質問にマーサが答える。少し素っ気なく聞こえるのは、ロベルトが前妻の子だからだろう。
因みに、ララナはマーサの連れ子で、男爵夫妻の間にできた子供が、ジールとカーラである。
「待っているほうは心配ですよね。怪我もなく無事に帰ってくるといいのですが」
「――兄上の剣の腕は凄いんだぞ。魔物なんかにやられるわけないだろ」
ジールの怒りを込めた言葉が飛んできた。
「そ、それは失礼しました。決してロベルト様の強さを疑っているわけではありません。近いうちに誰よりも功績を上げてお戻りになることでしょう」
「お前に何がわかるんだ!」
「うっ」
今度はしっかりとジールに睨まれてしまい、ベルフェルミナが笑顔を引きつらせる。
知らん顔の男爵婦人は、相変わらずナイフとフォークを動かすことに忙しいようだ。本当に食べることが好きなのだろう。
「姉上? こいつ、本当に魔法使えるの?」
「ジール。こいつじゃなくて、ベルフェルミナ先生でしょ? ちゃんと敬意を払いなさい」
しかし、ララナに叱られてもジールの態度は変わらなかった。
「僕は兄上のように強くなって、魔物をいっぱい倒すんだ。なのに、こんな弱そうなやつが魔法の先生だなんて」
「なに言ってるのよ。ベルはものすごく強いんだから? ねえ?」
ララナが話を合わせろと言わんばかりにウインクする。
「え? は、はい。もちろんですとも」
急にパスを渡され、ベルフェルミナが慌てて頷く。
「嘘だ。姉上のことだから、町で遊んだついでに適当に探してきたんだろう? 村を護衛する冒険者だって、いつも変な人ばかり連れてくるじゃないか」
ほぼ正解だが、ララナは動じない。
「でも、今回は大丈夫よ。馬車が魔物に襲われたとき、ベルがあっという間に倒しちゃったんだから。本当にすごかったわ~、ねえ?」
「あ、ありがとうございます」
自分の記憶が確かなら、ララナの前で魔法を使ったことは一度もない。ベルフェルミナは心を無にして会釈した。
「前も同じことを言っていたじゃないか。やっぱり、こいつも大したことないに決まっているんだ」
常習犯のララナはすっかり信用を失くしてしまっているようだ。ジールはナイフとフォークをテーブルに置き、わかりやすいほどの敵対心を見せている。その隣では、カーラが一言も喋らずにベルフェルミナを見据えていた。
「――ベルお嬢様は、お強いですよ」
大人しく壁際で待機していたマリーが、我慢できずにジールの耳元で囁いた。もちろん、穏やかな笑顔で怒りを押し隠している。
「はあ? メイドに何がわかるっていうんだ?」
「それが、わかるんですよね。ふっふっふ」
不敵な笑みを浮かべ、マリーが銀色に輝くギルドカードを取り出した。
「おい!? それって……」
「はい。私は冒険者なのです。Fランクの、ねっ!」
ビシッとFランクでドヤ顔するマリーと、驚いて目をぱちくりさせるジール。そして、驚きのあまり、はしたなく大口を開けてしまったベルフェルミナ。
(うそでしょ!? マリーったらギルガドールを持ち歩いているの?)
「すっげえ。メイドなのにギルドカードを持っているのか? なんか、カッコいい……」
予想外にも、ジールの心を鷲掴みしていた。単体ではどうってことのない言葉でも『メイド』と『ギルドカード』という組み合わせが、その価値を何倍にも増幅させたのだ。あくまでも、十歳のジールに限ってのことである。
「わかっていただけますか? ジール様? ベルお嬢様の強さは、この私が保証します」
「う、う~ん…………え~っ、でもな~」
葛藤するジールであったが、カーラの冷ややかな視線に気づくと、すぐさま態度を改めた。
「やっぱり、いくらあんたの言葉でもダメだ。俺はこいつを信用できない」
「あの、わたくしも持っていますよ、ギルドカード。部屋に行けばありますので、食事が終わった後にでもお見せしましょうか?」
「ふんっ。持っていたから何だっていうんだよ。そんなの珍しくも何ともないんだからな」
「……ですよね」
この時ばかりは、サクッとAランクにでもなってやろうかと思うベルフェルミナであった。




