見習いのようです
「何事だ? 騒々しい。今はこの者と話をしているのがわからぬか!」
「――パトリック様がっ!」
力尽きたように跪くこの二人は、パトリックが最も信頼する直属の部下であり、国外追放となったベルフェルミナを護送した馬車の御者であった。
「なに? パトリックがどうした!?」
「ベルフェルミナの手によって、命を落とされました!」
「…………」
驚くよりも理解が出来ず、フレデリックは言葉を失っていた。エルは軽く瞬きをしただけで表情を変えずにいる。
「もう一度、聞く。ベルフェルミナが、パトリックを殺したと言ったのか?」
「はい」
「ありえん。不意を突かれたとしても絶対に無理だ。それに、どうしてそのような状況になるのだ。何故パトリックが国外追放されるベルフェルミナのもとに行かねばならんのだ?」
ぐしゃぐしゃとフレデリックが頭を掻きむしる。
「エストロニア王国のためにと、パトリック様は密かに護送中のベルフェルミナを処刑しようとして、返り討ちに……」
護衛騎士は嘘をついた。恩義ある上官の名誉と、保身のためである。本当の理由をフレデリックが知れば、加担した自分たちも間違いなく断罪されるだろう。
「ベルフェルミナを処刑だと? 何故だ…………」
(そうか。用心深いパトリックのことだ。他国の王子に色仕掛けで取り入ったベルフェルミナが復讐のため、この国に攻めてくることを憂慮したのだろう。ああ、きっとそうだ)
フレデリックは都合のいいように捉えた。
「私どもも、未だに信じられません。しかし、ベルフェルミナはとてつもなく強力な魔法で、パトリック様を……」
「なんだと!? あの女が強力な魔法を? そんなはず――いや、待て……ベルフェルミナはどこへ向かう予定であったのだ?」
自分がたてた仮説。ベルフェルミナが聖女だという可能性が強くなってきた。
「はい。東の森を抜けた国境の町ポルタでございます」
「東か。やはり……あの女」
ピシッとフレデリックの眉間に深い皺が刻まれる。
(聖女であることを隠していたとは、忌々しいまねを。ランドールに逃れようがどんな手を使ってでも、ベルフェルミナを連れ戻さねばならん。俺の側室として死ぬまで国を守ってもらう)
「――どうした? エル?」
何の反応も示さず黙って聞いていると思っていたら、ブルブルと小刻みにエルが震えている。兄との仲は決して良かったとはいえない。むしろ、最悪である。
しかし、閉ざしていた心の奥底では兄を敬愛していた。
「……わ、わかりません……だけど、自分の一部がなくなってしまったような……とても辛くて悲しい気持ちが……どうしようもなく、溢れてくるのです」
気持ちを口にするにつれ、エルの声が少しずつ力強くなっていく。
「ほう。お前に、そのような感情があったとはな」
「……ベルフェルミナ。何度か見かけたことがあります。殿下の婚約者なのに、兄上にまで色目を使い楽しそうに喋っていました……兄上の気持ちを弄んだあげく、あの女は兄上を――――許さないっ!」
生まれて初めて怒りを露わにしたエルが、漆黒の剣ドラゴンバスターを握りしめた。その凄まじい殺気に、フレデリックが気圧される。
「ま、待て! やめろ! ――くっ」
ギロリとフレデリックを睨みつけるその目は、まさに冷徹な兄そのものであった。
「何故っ? ですか?」
「まずは生きたまま捉え、民衆の前で裁きを受けさせるのだ。王国に尽くした我が友であるパトリックの死を、皆で弔ってやりたい。わかってくれ」
悔しそうに唇を噛み締め、フレデリックは拳を握り締めた。
「…………」
「そもそも、お前はドラゴン以外を殺せないのだろう?」
「殺せます。ただ、命を失うだけのこと」
ドラゴンスレイヤーの契りとは、ドラゴン以外の魔物と人を殺すと死んでしまう呪いだ。
「命を失うだけ、だと? 自分の命と引き換えに、兄の仇を討つというのか?」
(まったく理解し難いな)
自分以外の命は利用する道具に過ぎない。そんなフレデリックに背を向けて、さっさとエルが立ち去ろうとする。
「どこへ行く気だ? 一人で行くことは許さん。お前には護衛騎士をつけさせてもらうぞ」
「護衛なんて……必要ありません」
「お前を護るのが目的ではない。万が一にもベルフェルミナを殺さないよう、未然に防ぐためだ。いいな? これは命令だ」
「……男じゃないのなら」
「わかった。では、宮廷魔導師をつけよう。見習いの女なら、まだ一人か二人くらい生き残りがいるだろう」
こうして、エルの監視役に見習い宮廷魔導師が呼ばれることになった。
◇ ◇ ◇
「――入れ」
ノックする音にフレデリックが席を立った。
場所を会議室ではなく執務室にしたのは、ベルフェルミナの件を誰にも聞かれたくないためである。あと、エルが将軍たちとの面会を拒絶したからだ。
「失礼いたします。フレデリック王太子殿下。宮廷魔導師団長より仰せつかり、参上いたしました」
見習い用の灰色のローブを纏った少女が、フレデリックの前に恭しく跪いた。
肩の上で切り揃えた赤い髪に、銀の髪飾りをつけている。
エルと同じ十六歳だが、小等部を出たてのような幼い顔をしていた。
「貴様、名はなんという?」
「はい、殿下。ミシェル・リッターでございます」
王宮勤めにもかかわらず人生で初めて王族と言葉を交わし、ミシェルの声が僅かに上ずっている。
「ミシェルよ、そう固くなるでない。顔を上げよ」
「はい。申し訳ありません」
ギギギと音が聞こえそうな硬い動きで、ミシェルが顔を上げた。
「宮廷魔導師団に入って何年になる?」
「一年目でございます」
「そうか、まだまだこれからだな」
「はい。王国のために精一杯尽力いたします」
「うむ。期待しているぞ」
「はっ」
王太子に期待され、ミシェルは気持ちを高ぶらせた。
「ところで、家族はいるのか?」
「はい。両親と年の離れた弟がおります」
「ほう。何歳だ?」
「八歳になります」
「ほお、それはずいぶん可愛かろうな?」
「あ、はい。両親も私もついつい甘やかし過ぎてしまい、少々困っております」
表情を緩ませるミシェルを見れば、愛情たっぷりの家庭で育ったことがわかる。
「そうか。家族は大事にするのだぞ」
「はい。ありがとうございます。王太子殿下」
跪いたままミシェルは頭を下げた。それを見て、フレデリックが軽く咳払いをする。
「ミシェルよ、貴様を呼び出した件についてなのだが。そこに突っ立っているエルと協力して、ある人物を探し出してもらいたい」
部屋の隅っこで、困り顔のエルはただじっとミシェルの様子を見つめている。
ここで初めて、ミシェルはエルの存在に気付いた。
「ある人物? ですか? あの、その方はどのような……」
「詳細は後でエルに聞け。貴様はその人物を見つけ次第、俺に報告しろ。これは極秘任務だ。俺以外の者には喋るなよ。いいな?」
「はい。決して口外いたしません」
「もう一つ、注意しなければならんことがある。エルがその人物を殺そうとするかもしれんが、貴様はそれを阻止しろ。くれぐれも死なせるでないぞ」
「えっ?」
振り向いたミシェルの目に、エルが背負う漆黒の長剣が映る。
「もし、その人物が見つからなかった場合や、死なせた場合は、貴様の代わりに家族を処刑する」
「――――っ!?」
心臓が飛び出そうなほどの衝撃に、ミシェルは気を失いかけた。
「まだ八歳の可愛い弟の首が、城門に晒されるのは嫌だろう? できれば、俺だってそのような惨いことはしたくない。だが、それほど失敗の許されない大事な任務なのだ。必ずやり遂げるのだぞ、ミシェル。俺を失望させるなよ」
冷酷な顔に豹変したフレデリックが、小刻みに震えるミシェルの肩をつかんだ。
「うぅっ。お、仰せのままに……」
絶望に打ちひしがれるミシェルが、なんとか声を絞り出す。
突然、愛する家族の命が、自分のか細い肩に乗っかってきたのだ。任務の重さに潰されそうな見習い宮廷魔導師は、込み上げる涙を必死に堪えた。




