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門番

 エストロニア王国とランドール王国の国境には主要な検問所がいくつもある。その中でも、ポルタの検問所は魔物の出る森を抜けるなど交通の便が悪く、最も利用者が少ないといわれている。

 ところが、一日に数組しか通らないはずのポルタの検問所に、数多くの冒険者パーティーが押しかけていた。


「はぁ、本当によろしかったのですか?」

「どうしたの? さっきから溜息ばかりついて」


 そんな検閲の順番待ちをする冒険者パーティーたちの列に、ベルフェルミナとマリーが平然と紛れ込んでいる。


「どうもこうも、メイソン様のことですよ」

「いいのよ、ご迷惑ばかりかけていられないでしょ? 優しいお方だから、どこまでも面倒をみようとしてしまうわ」

「御迷惑だなんて思わないですよ」

「どうして、マリーにわかるの?」

「だって、メイソン様はお嬢様のことが好きなのですよ」

「――へっ? ……えええ~っ!!」


 ボフッとベルフェルミナの頭から湯気が上がる。


「やはり、気づいていなかったようですね」

「う、うそよ。そんな、メイソン様がわたくしを? からかわないでちょうだい」

「お嬢様はメイソン様のことを、どう思っていらしたのですか?」

「ま、まあ、優しくて、親切で……カッコイイお方だなあと……」


 ベルフェルミナの顔がみるみる赤くなっていく。


「今から追いかけますか?」

「もう遅いわ――じゃなくて、いいのよっ。マリーは少し黙ってて」


 激しく後悔しているのか、天を仰いだままベルフェルミナは、気持ちの整理がつくまで一言も喋らなかった。


 一時間後。

 冷静な頭でようやく気付いた。


「……ねえ? マリー?」

「はい。なんでしょう」

「どう見ても、わたくしたち場違いじゃない?」

「まあ、こんな服装ですからね」


 周りの眼など特に気にする様子もないマリーは、地味な色のスカートをつまんで広げてみせた。


「早く順番まわってこないかしら……」


 一刻も早くこの場から去りたいベルフェルミナが声を潜める。目の前に並んでいるのは『戦士』『弓使い』『魔導師』『僧侶』という冒険者の見本のような四人組パーティーだ。しかも、よりにもよって幾つもの修羅場を乗り越えてきた熟練者が集うBランク冒険者のパーティーである。


「あら? あなたたちは、あそこに見える二つ隣の門で検閲を受けなきゃ。ここは冒険者用よ」


 ベルフェルミナとマリーの存在に気づいてしまった女魔導師が、親切心で声をかけてきた。ジャラジャラと装飾品のついたとんがり帽子に、ざっくりと胸の開いたボディラインを強調する黒のローブ、背が高くスタイルも抜群である。二十代後半にしか出せないであろう大人の色気がムンムンと漂っていた。


「ご覧の通り、私たちは町娘に見えますが、あなた方と同じ冒険者なので、ご心配なく」


 まるで、冒険者に町娘という職業があるかのように、毅然とした態度でマリーが返す。


「あっ、ごめんなさい。ひょっとして、クエスト中だったのかしら? でも、一般人になりすますのだったら、やはりここに並ばないほうが……」


 要らぬ機転を利かせ、何かを察した女魔導師がチラチラと周囲に視線を配る。隠密活動のシーフならば、完璧な変装だと言わんばかりだ。


「いえ。町娘を装っているわけではなく、普段着なんですけど」


 素っ気なくマリーが答える。


「えっ? よくわからないわ。武器や防具は鞄の中ってこと?」

「私たちは、そういう類のモノは持っておりません」

「ああ、わかったわ。私と同じ魔導師でしょ? 最近の若い子は杖やローブを装備しないのね」

「魔導師? ……まあ、そうなりますかね?」


 自分は違うけれど、ベルフェルミナは魔法を使えるため、含みのある言い方になってしまった。


「装備無しでも魔物と戦えるものなのね。Bランクの私には無理だわ」

「魔物に遭遇したことがないので、戦ったことはありません」

「じゃあ、遭遇してしまったら?」

「戦闘は苦手にしていますので、そういう場所には極力行かないようにしています」


 冒険者としてあるまじきことをマリーは堂々と言い切った。


「あ、あなたたち、よくギルドの試験を受けようと思ったわね。実技試験はある程度戦えないと合格できないはずよ」


 唖然とする女魔導師の言葉に、ベルフェルミナとマリーが目を合わせる。やはり冒険者になるための試験はあるようだ。もし、試験を受けていれば筆記も実技も散々な結果であったに違いない。奇しくも、あの受付嬢のおかげでギルドカードが手に入ったといえよう。


「恥かしながら筆記試験が満点だったので、実技試験が全然ダメでもギリギリ合格できたのです。わたくしどものつまらない話よりも、お強そうな皆さんの武勇伝をぜひ聞きたいですわ。エストロニアではどのような魔物と戦っていたのですか?」


 得意の慎ましい笑顔で誤魔化したベルフェルミナは、話題の矛先を女魔導師たちに向けた。


「私たちの武勇伝? そんな自慢するようなことはないけど、今は――そういえば、私たち名前も言っていなかったわね。私はエレーナ。エストロニア北部の出身よ」

「わざわざありがとうございます、エレーナ様。わたくしは王都近郊の町より旅をしております、ベルフェルミナと申します。そして、こちらは」

「マリーと申します。よろしくお願いいたします。エレーナ様」


 冒険者同士では決して見られない丁寧な挨拶に、さすがのエレーナも少々困惑気味だ。


「え? ああ、よろしくね」

「あの、お連れの方たちは?」


 いまだに後ろ姿しか見せない戦士、弓使い、僧侶の三人は、一般的に二十代で引退といわれる冒険者では珍しく、三十代後半に差しかかった男たちであった。彼らはベルフェルミナたち、若い女子との会話にも全く興味を示さないでいる。寡黙というより達観しているといったところだ。


「こいつらはいいのよ。戦いにしか興味無い戦闘バカだから。むさ苦しいパーティーに女ひとりだと話し相手がいなくてね、ほんとイヤになるわ」

「それは、たいへんですね」


 心のこもったエレーナの愚痴に、ベルフェルミナとマリーも苦笑いするしかない。


「ああ、ごめんね。話を戻しましょうか。私たちはAランクに昇格するクエストを受けていたのだけれど、討伐対象のドラゴンがいなくなってしまったのよ」

「まあ、ドラゴンがいたのですか? 怖ろしいですわ」


 両手を口もとに添えてベルフェルミナが青ざめる。しかし、瞬時にマリーは演技だと見破った。


「山の中を二日かけて探し回ったけれど見つからなくてね。諦めていたところ、ランドールに飛び立ったという情報を聞いて、今ここにいるわけなの」

「ワイバーンならともかく、ドラゴンが住処を離れるなんて珍しいこともあるのですね」


 前世が同じ種族なだけに、ベルフェルミナはドラゴンの習性を熟知している。


「よく勉強しているのね。でも、それだけじゃないわ。おとといあたりから、いるはずの魔物が一斉に消えてしまったのよ」

「それなら、わたくしたちも知っています。森の中では全く魔物を見かけませんでした」


 馬車の中でメイソンが『今回は大賢者ものんびりと旅ができそうだ』と言っていたのを思い出した。


「どうやら、それらの魔物たちも国境を越えてランドールに向かったらしいわ。ここに並んでいる冒険者たちは、ほとんどが私たちと同じ理由なのよ。みんな困っているわ」

「それは妙ですね。ランドールに美味しい餌でもあるのでしょうか?」


 防壁を眺めながら、マリーが小首を傾げる。


「実を言うと、私はね。魔物たちは逃げたんじゃないかと思っているの。とてつもない力を持った何かから」

「まさか、魔王の誕生ですか? 子供の頃にお嬢様と絵本を読んだことがあります。伝説の勇者(どこかの国の王子)が魔王を倒し、捕らわれたお姫様を助けるのです。そして、ふたりは結婚して末永く幸せに……」


 チラリと恋愛に鈍感な主を見たマリーは、何やら妄想して喜んでいる。今度は伝説の勇者とベルフェルミナをくっつけようと目論んでいるようだ。


「…………」


 しかし、ベルフェルミナは一点を見つめたまま、何の反応も示さない。実は、重大なことに気づいてしまったのだ。


 思い出すのも難しい、まだ深淵の竜と呼ばれる以前のオルガだった頃。ひたすら戦いに明け暮れステータスは止めどなく成長していった。魔力が増していくにつれ、周囲から魔物たちが姿を消していったのを覚えている。オーラのように全身から溢れ出す禍々しく強大な魔力に、Sランクの魔物でさえ耐えられなかったのだ。初めは山ひとつ分だった。それが、二つ、三つと範囲が広くなり、やがて百キロ以上に及んでいった。その頃は魔物の気配を感じなくても、全く気にも留めなかった。むしろ、静かで心地良いとさえ思っていたのである。


「わたくしのせいかもしれません……」


 消え入りそうな声で呟いたベルフェルミナは深々と頭を下げた。長く艶やかな黒髪がサラリと垂れる。

 たくさんの冒険者だけでなく、その冒険者相手に商売をする人々にも多大な迷惑をかけているに違いない。お金を失う不安や恐怖を知ったベルフェルミナは、責任を感じずにはいられなかった。

 もちろん、エレーナには何のことやらさっぱりである。


「ちょっと、どうしたの? 具合でも悪いの? だいじょうぶ?」

「いえ。なんとかしますので……」

「そう、あまり無理をしてはダメよ。辛くなったら何も考えずゆっくり休みなさい。誰もあなたを責めたりしないわ」

「はい。ありがとうございます」


 優しいエレーナの言葉に、ほんの僅かでも救われた気がした。この無意識に溢れ出てくる魔力を制御するには、安定した精神状態と時間が必要不可欠である。とはいうものの、できる限り急がなければならない。既に、ランドールでも魔物が姿を消しているはずだ。



「――それじゃあ、またどこかでね。ガールズトーク楽しかったわ」

「こちらこそ、楽しかったです」

「みなさん、お元気で」


 検閲を終えたエレーナのパーティーを見送ると、いよいよベルフェルミナとマリーの順番がやってきた。


「なんだか緊張するわ」

「心配いりませんよ。普段通りにしていればいいのです」


 大丈夫だとわかっていても、言いようのない不安が押し寄せる。伯爵令嬢の頃に国境越えを経験してはいるが、門番と直接対面しての検閲は初めてである。

 馬車が並んで通れるほどの大きな門の前には、鋭い眼光の門番たちが待ち構えていた。


「なんだ? お前ら周りをよく見てみろ。こっちは忙しいんだ! 冒――」

「どうぞ、ギルドカードです」


 冒険者じゃない奴は消えろ、などと難癖をつけられる前に、ベルフェルミナはギルドカードを差し出した。本来なら、二つ三つお決まりの質問に答えたら検閲は終わりである。ベルフェルミナたちの後にも、冒険者パーティーが何組も待っているのだ。わざわざ長引かせる必要もないだろう。


「チッ! 本物だろうな? んん? Fランク~!? お前らだけで、よくここまで来ることができたなあ?」


 盛大に舌打ちした門番が、ギルドカードを怪訝そうに調べる。シルバーのプレートには名前やランクなどが刻まれている。


「はい。たまたま魔物と遭遇することもなく。わたくしどものような低ランク冒険者でも、順調に旅が出来ました」


 実際に、百キロ圏内で魔物と遭遇することはない。正直に護衛を雇ったことや、メイソンに保護してもらったことを話せば、色々と詮索されてしまうだろう。ここは下手に出て、やり過ごした方が賢明である。


 しかし、門番は気に入らなかった。


「フンッ。やはり、とても冒険者とは思えん。犯罪者が国境を越えるために、金を積んでギルドカードを不正に取得していると聞いたことがあるぞ」

「いえ。決してそのようなことはございません。ただ冒険者に見えないだけで、このお方の魔法は誰よりも優れていらっしゃいます」


 自分のことはともかく、無実の罪を着せられ傷心している主を犯罪者呼ばわりしたのだ。マリーは強面の門番に臆することなく抗議する。


「ほ~う。ならば、あの岩を砕いてみせろ。できたら通してやる」


 そういって、門番は十メートルほど離れたところにある岩を指し示した。人が腰掛けるには丁度よさそうな大きさである。


「あの岩を、ですか?」

「爆裂魔法が使えれば簡単だろう。使えれば、の話だがな」


(ケッ。どっちにしろ、こいつらは尋問室行だ。こっちは朝から休憩も無しに働かされてんだよ。休憩がてら、ストレス発散させてもらうぜ。ククク)


 すると、後ろに並んでいた冒険者たちから冷やかしの声が上がった。こちらも、順番待ちのストレスをベルフェルミナたちで発散させようというのだ。


「おいおい。Fランクにあの岩を砕く魔法なんて酷すぎるぜ~。せめて、ファイアーボールを当てるだけにしてやれよ~」

「そうだぞ~。当てるだけで勘弁してやれ~」

「なんなら、俺が的になって可愛らしいファイアーボールを受けとめてやろうか~」

「そりゃあいいな~、ギャハハハハハ!」


 次第に野次馬が増え、気が付けばこの場にいる全員が、冒険者を名乗る町娘二人に嘲笑を浴びせかけていた。


「そう笑ってやるなよ。ひょっとしたら砕けちまうかもしれないだろ」

「じゃあ、賭けるか? 砕けないに金貨五枚だ」

「待て、俺だって砕けないほうに金貨五枚だ!」

「俺も、砕けないほうに賭けるぜ」

「なんだあ? 砕けるに賭ける奴はいねえのかよ?」


 全員がベルフェルミナの魔法をバカにしようとしている。それに、マリーは腹が立った。


「私が砕けるほうに賭けます。全財産を!」


 マリーの言葉にどよめきと歓声が上がった。賭けが成立してしまったのである。


「ちょっと、マリー。なんてことを言うの?」

「大丈夫です。私はお嬢様の力を信じていますので」

「そういうことじゃなくて……」


 みるみるうちに、革袋に百枚を超える金貨が集まってしまった。野次馬たちの興奮が熱狂に変わる。もはや辞退でいない状況だ。


「心配すんな~。ネエちゃんが払えないぶんは、俺らが払ってやるからよ~。その代わり、わかっているよな~? ガッハッハッハッハ」

「いやいや、お前らに肩代わりできるのか~!? 俺らに嬢ちゃんらを買わせてくれよ~! ヒーッヒヒヒ!」

「ズリイぞ。俺らが買うからな~!」


 野次馬たちの目がイヤらしいものに代わっていく。


「どうした? 怖気づいたのか? あんな大口を叩くからだぞ、小娘。出来なければ尋問室行きだからな。覚悟しておけよ」


 この状況を楽しんでいるのか、門番は意地の悪そうな笑みを浮かべて見下ろしている。とことんベルフェルミナたちを追いつめる気だ。


「わかりました。あの岩ですね?」


 じんわりとベルフェルミナの瞳に赤い光が灯る。そして、手の平を対象物に差し出し『爆炎の王よ、我に力を』と小さく呟いた。


 ――ドッッッゴオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォンッ!!


 大気を裂くような爆音が轟き、門番が示した岩より遥か後方にある巨大岩が爆炎に包まれた。しかも、魔物の中で最も巨大なインフィニティドラゴンを彷彿とする、高さ三十メートルもの巨大岩である。肌が焼けるような爆風が届くと同時に大地が揺れ、真っ青な空に赤黒いキノコ雲が上っていく。炎が消え去った後には、パラパラと小石が辺りに降り注ぎ、蒸気のような白煙が立ち込めている。巨大岩があったであろう一帯は、噴火口のように深々と抉れていた。


「言われたとおり。あの岩を粉々に砕きました」


 にこりとベルフェルミナが微笑む。もちろん、標的は手前の小さい岩だと承知の上で巨大岩を狙ったのだ。


「あっ。もしや、こっちのほうでしたか?」


 ついでに門番の示した小さい岩を、いとも簡単にファイヤーボールで吹き飛ばした。『さすがお嬢様です』と賛辞を送ったマリーが、大人しくなった門番を一瞥する。


「いかがでしょう? お嬢様の魔法が素晴らしいと、おわかり頂けましたか?」

「……………………」


 門番からの返事が無いどころか、誰もが魂が抜けたように固まっている。無理もない。こんな芸当は冒険者の高みに辿り着いたといわれるAランクでも不可能だ。いうなれば、非現実的な出来事を目の当たりにしたのである。門番を含め野次馬全員が、顎が外れんばかりに口を開けてマヌケ面を晒していた。


「あの、通りますけど……いいですよね?」


 さすがにやり過ぎたと、ベルフェルミナが反省する。


「よろしいかと思いますよ。お嬢様は約束を果たしたのですから」

「そ、そうよね。わたくしは、やれと言われたからやったのよ」

「門番さん、異論はありませんね? あと、皆さんも、賭けのお金は有難く頂戴しておきますからね。勝ったのは私たちなのですから」


 マリーは金貨百枚以上も入った革袋を掲げ勝利宣言すると、野次馬たちに向かって丁寧にお辞儀した。


「では、皆さん。ご機嫌よう。ホーッホッホッホッホッホ!」


 こうして、マリーの高笑いと共に、ベルフェルミナは無事に国境を越えることができたのである。

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