見られていたようです
「御気分が優れませんか? ベルフェルミナ嬢?」
ふかふかの柔らかい座席に、ほんのり甘く爽やかな香りのする車内は、とても居心地のいいものであった。ベルフェルミナの前に座るメイソンが、仮面越しに心配そうな視線を向けている。
「お気遣いありがとうございます。わたくしは何ともありません。ただ……」
そう言って、ベルフェルミナは再び物憂げな表情を浮かべた。すると、隣に座っていたマリーが力強く言い放った。
「仕方がないことなのですよ。彼らは冒険者なのですから」
「でも、わたくしたちのために戦ってくれたルーベンさんたちを、あのままにしておかなければならないなんて……」
「それが、冒険者ギルドの掟なのです」
冒険者が魔物や賊との戦闘で命を落とした場合、ギルドの許可無く連れ帰ってはならない。無暗に墓をたててはならない。そう、ギルドカード申請書類の注意事項に明記してある。
ようするに、死ねば魔物の餌になるということだ。
この非情な掟は、生き残った冒険者の命を守るためでもある。ダンジョンなどで仲間の死体を連れていると、通常よりも魔物の標的になりやすく、全滅する可能性が格段に高くなるのだ。
もちろん、上位ランクの冒険者なら難なく対処できるかもしれない。しかし、仲間の死体を連れ帰ったパーティーと、生きて帰るために仕方なく置き去りにした下位ランクのパーティーがあったとする。その場合、後者はその家族や友人たちに『薄情者』『臆病者』と一生恨まれ罵られることになり兼ねないのだ。
「冒険者になるということは、心配する家族の反対を押し切り、進んで自らの命を危険にさらす身勝手な行為なのです。死んだら墓で安らかに眠れるなんて、都合のいい考えは許されないのです。ベルお嬢様、死を悲しむのはここまでにしましょう。我々は彼らのぶんも生きて思う存分楽しむことが、彼らへの弔いとなるのです」
(……ええ、と。ものすごく力説しているけれど、誰目線で言っているのかしら?)
とりあえず一呼吸おいて、ベルフェルミナはツッコミをいれることにした。
「マリー? あなたも置き去りにされるところだったのよ?」
「はい。冒険者ですから」
さも当り前のようにマリーが親指を立てた。その真っ直ぐな瞳には力強さを感じる。よく、死線を乗り越えた冒険者は心身ともに急成長するといわれているが、あくまで冒険者の話だ。
「わたくしの涙を返してくれる?」
ベルフェルミナは軽い頭痛を覚えた。ところが、耳元で囁いたマリーの一言で頭痛もすっ飛んでしまう。
『――ベルお嬢様って、お強かったのですね』
『っ!? なんのこと?』
『あの男を一瞬で倒したじゃないですか』
『……見ていたのね』
メイソンに聞こえないようできる限り小さく答えた。とぼけようとも考えたが、今のマリーには逆効果である。メイソンにこれまでの経緯を説明していた時『パトリックに追い詰められたところを、通りかかったドラゴンに助けられた』というハチャメチャな嘘で誤魔化した。
どうりで、マリーが含みのある笑みを浮かべていたわけである。
『突然、人が変わったみたいになって、あんな凄い魔法を使われたのでビックリしました』
『……怖かったでしょ?』
『いいえ。たとえ異形の力に目覚めてしまったとしても、お嬢様はお嬢様ですから。それに、とてもかっこよかったです』
『マリー……ありがとう。いつか、この力について説明するわ』
『これで、私たちも冒険者としてやっていけますね』
「やらないからっ」
条件反射のようにベルフェルミナが即答する。
(さっきから冒険者感を出して、何かおかしいと思ったら……)
「やらないって、何をですか?」
爽やかな笑顔でメイソンが訊ねる。ベルフェルミナに元気が戻って嬉しいようだ。
「い、いえ。騒がしくて申し訳ありません。こちらのことですので気になさらないでください」
フフフと笑って誤魔化すベルフェルミナの耳元で、マリーが不満気な声で囁く。
『やっぱり絶対もったいないですよ』
『あんな目にあったのに、よく懲りないわね』
『だって、本当に凄い魔法だったんですもの』
『わたくしはもう戦いはこりごりよ。ごめんなさいマリー。冒険者は諦めて』
『そうですか、わかりました。では、気が変わりましたら教えてくださいね』
自分は一ミリも強くなっていないのに、冒険者の高みに行けると勘違いしてしまったようだ。
「でも、本当に凄い魔法は治癒魔法よ。わたくしも、ダグラス様みたいに使えるようになりたいわ」
「ベルフェルミナ嬢? 魔法を修得したいのなら、帝国の魔法学院に入学してみてはどうですか?」
実は、メイソン自身も入学予定である。
「そう……ですね。こんなことにならなければ、わたくしも殿下と共に来年入学する予定でした。ですが、爵位の無いわたくしにはもう、その資格がありません」
帝国の魔法学院には大陸中の国々から王子王女、名立たる貴族の令息令嬢たちが、世界最高峰の魔術を学びにくるのだ。
「爵位のことなら気にしなくても大丈夫ですよ。ランドールで養女として受け入れてくれる侯爵家なら当てがあります。僕に任せてください」
「ちょっ、待ってください。そこまでして頂くわけには……国境まで連れていってもらえるだけでも十分ですのに」
「お嬢様? せっかくの御厚意は有りがたくお受けたほうがよろしいかと存じます」
急にマリーが慎ましやかな侍女モードに切り替わった。といっても、唯一の侍女服は切り裂かれてしまったので私服姿である。
「ええ、そうねマリー」
もちろん、ベルフェルミナにとって願ってもない話だ。
「では、僕と一緒に魔法学園へ行きましょう」
「メイソン様と魔法学園で学べたら、とても嬉しいです」
「本当ですか? 僕もですよ」
メイソンの熱く真摯な態度に、マリーは覚ってしまった。
思えば、運よく通りかかったり、都合よく養女の当てがあったりするのだろうか。
(ま、まさかっ。メイソン様はお嬢様のことをっ)
マリーの鼓動が早くなる。ここで恋が発展すれば、すべて丸く収まるかもしれない。
「――ですが、申し訳ございません、メイソン様。お断りさせて頂きます」
「「えっ?」」
メイソンとマリーがハモった。
婚約破棄されるまでのベルフェルミナなら、断る選択肢はなかっただろう。
しかし、もう他人に促され決められた道を歩く人生とは決別したのだ。誰にも負い目を感じることなく、自分の力で歩んでいきたいと。
「メイソン様には大きな御恩があります。いつか、返せるように精一杯努力しますから待っていてくださいね」
「……はい。楽しみにしています」
清々しい顔でそんなことを言われたら、メイソンも受け入れるしかない。
ベルフェルミナの隣では、千載一遇のチャンスを逃しガックリとマリーが項垂れている。
「ところで、メイソン様はどちらに行くご予定なのですか?」
放心状態のマリーをよそに、ベルフェルミナが訊ねた。
「僕たちはランドールを経由して帝国に入り、帝都アルガジールへ行く予定です」
「――まあ! 帝国へ? お仕事ですか? それともご旅行ですか? 帝都によく行かれるのですか?」
突然、目を輝かせたマリーが芸能リポーターと化した。
エストロニア王国と帝国は隣接しておらず、馬車で十日以上を費やす遠い異国の地である。帝国、つまり大陸の中心である帝都アルガジールは様々な流行の発信地、紳士淑女たちの憧れの都なのだ。
「いえ。帝都に住んでいる祖父に呼ばれまして、久しぶりに会いに行くんですよ」
照れくさそうにメイソンが笑う。
(帝都に祖父ですって?)
マリーのゴシップアンテナがピコンと反応した。
「あの、失礼かと存じますが、メイソン様の家名を伺ってもよろしいでしょうか?」
前のめりになるマリーの質問に、ベルフェルミナも興味津々だ。
地方の男爵家三男で喋ると訛りがひどいという噂を聞いていたのだが、今のところまったくそのようには見えない。大賢者を従え、豪華な馬車四台で移動し、他国の侯爵家とも繋がりをもっている。
本当は大貴族の令息なのに、身分を偽っているのではないだろうか。
しかし、その答えは御者の声によって遮られてしまう。
「――メイソン様。国境に到着いたしました」
すると、馬車はゆっくりと速度を緩め静かに止まった。
「どうやら、ポルタに着いたようですね」
メイソンが窓の外を覗き込むと、つられるようにベルフェルミナたちも視線を移した。
山脈の切れ目を塞ぐように存在するポルタは、巨大なダムのような防壁でランドールの国境を守っている。数百年前まで、エストロニア王国とは戦争状態にあったため、ここまで強固な防壁になってしまったのだ。
「ベル嬢様? いよいよ検問所ですよ」
「ええ……」
ベルフェルミナが小さく頷く。防壁には大小いくつかの門があり、平民、商人、冒険者、貴族、といった身分ごとに別れて検閲が行われていた。
「大丈夫ですよ。このまま馬車で検問所を通り抜けますので」
「えっ? 身分証は提示しなくてもいいのですか?」
「はい。必要ありません」
メイソンはベルフェルミナたちが身分証を所持していないと思っている。
「お嬢様? よかったですね」
検問所を顔パスできるのは侯爵クラスだ。
やはりマリーとしては、メイソンとご主人様が良い関係になってくれることを期待せずにいられない。とりあえず今は、甘えられるところはしっかり甘えればいい。しかし、少々残念な気持ちもあった。せっかくのギルドカードが、無駄になってしまったからだ。
「メイソン様。わたくしたちを、ここで降ろして頂けないでしょうか?」
「――ここで、ですか?」
予想だにしなかったベルフェルミナの申し出に、一瞬メイソンが言葉に詰まる。馬車を降りるにしても検問所を抜けてポルタの町に入ってからでもいいはずだ。わざわざ面倒な検閲を受ける必要があるのだろうか。
「出国用の身分証が、必要になりますけど……」
「はい。もちろん用意しております」
そう言って、ベルフェルミナがギルドカードを見せる。すると、誇らしげにマリーもギルドカードを差し出した。
「まさか、ほんとうに……すごいですね」
仮面越しにメイソンが目を丸くする。ベルフェルミナが婚約破棄された夜会で、パトリックが吐き捨てた言葉を思い出した。誰もがたちの悪い冗談だと感じたはずだ。まさか、妃教育を受けた伯爵令嬢が、ギルドカードを取得していたとは。
「お褒め頂きありがとうございます。ですが、私もお嬢様もFランクなのでまだまだなのです」
「これからも精進しますみたいに言わないでくれる?」
「肩書は大事ですよ。Aランクともなれば様々な殿方から引く手あまた。すぐにいい婚約者が見つかりますよ」
「冒険者は対象外よ」
か弱く可憐な二人の会話から飛び出す言葉に、メイソンは違和感を覚えずにいられない。おそらく永遠にFランクであろうマリーとベルフェルミナを見てヤレヤレと肩を落とす。
「どうやら、僕の役目はここまでのようですね」
(本当は、もっと一緒にいたかったのだが……)
おそらく、ここで別れたら二度と会うこともないだろう。平民から帝都の魔法学園に入学するのは不可能といっていい。寂しそうな表情を見せたメイソンだが、すぐさま爽やかな笑顔にもどった。数日前まで衣食住に困ることの無かったお嬢様が、自分の力だけで生きていこうというのだ。笑顔で送り出さなくては格好がつかない。
「無理をせず、くれぐれも気をつけてください。あの、よかったらこれを」
そう言って、メイソンは身に着けていたブローチを差し出した。大粒のエメラルドに金細工が施されている。美しく透明感のある深緑に神秘的な輝き。装飾品をいろいろと見てきたベルフェルミナでもお目にかかれない高価な代物だ。
「わたくしに?」
「どうか、受け取ってください」
「ですが、こんな高価なものをいただくわけには……」
「あなたに持っていてほしいのです」
「……では、ありがとうございます、メイソン様」
「ベルフェルミナ嬢……」
その熱い眼差しに、ベルフェルミナの胸が高鳴った。しかし、すぐに視線を逸らし無理やり気持ちを抑えつける。このままでは、心の奥底にあったメイソンに甘えたい、もっと彼を知りたいという想いが芽生えてしまう。いや、もう芽生えているのかもしれない。
「大事にしますね」
ブローチを両手で握り締めたベルフェルミナの笑顔が、ほんの少し切なそうだったのを、マリーは見逃さなかった。
◇ ◇ ◇
「――それでは、メイソン様もどうかお元気で」
「もし、どうしても困ったことがあれば…………いえ。願わくば、魔法学園で会えるのを楽しみにしています」
「はい」
何度も礼を言い馬車を降りたベルフェルミナとマリーは、両手に大きな鞄を抱え検問所に向かうのであった。




