追跡者
再び馬車を取り巻くように戦慄が駆け抜ける。
山賊が仲間を引き連れて戻ってきたのであろうか? しかし、ルーベンたちなら何度でも撃退してくれるはずだ。
「ベルフェルミナ! 迎えに来てやったぞっ!」
「――っ!?」
その忌まわしい声にベルフェルミナの背筋が凍りついた。諦めにも似た気持ちで窓の外を覗く。
(や、やはり……わたくしを……)
深海のように暗い青色の髪を揺らし、まっすぐ馬車に向かって歩いてくるパトリックがいた。暗灰色の衣服に身を包み、腰には豪華な装飾が施された剣を刺している。切れ長で吊り上がった目には、狂気と愉悦を宿していた。
「この俺様がわざわざ助けに来てやったのだ! 安心して出てこい!」
もしこれが、フレデリックの護衛であるパトリックでなければどれだけ安心できただろう。本当に助けに来てくれたということはありえるのだろうか?
「ベルお嬢様……」
マリーは引き止めるようにベルフェルミナの腕を掴んだ。まだ、リーンと恋仲だったパトリックを、何度も屋敷で見かたことがある。従者に対する粗暴な振る舞いや、軽薄なもの言いをよく覚えている。何か魂胆があるはずだ。
「あんた、ベルフェルミナの知り合いなのか?」
問いかけるルーベンに、パトリックは視線だけを向けて問い返した。
「……地面に転がっている賊は、お前たちがやったのか?」
「ああ、そうだ。俺たちは彼女たちに護衛を頼まれている」
パトリックの醸し出す不穏な雰囲気に、ルーベンはアイアンソードを握り直した。攻撃に備え間合いをはかるリックは、すでに敵として認識しているようだ。
「冒険者か……」
「まあな。あんたも王宮の人間なんだろ?」
「チッ。卑しい下民どもが、いらぬ詮索をするな。虫ケラらしく黙って平伏していろ。死にたいのか!?」
「――テメエッ! バカにするんじゃねえ! 王宮勤めだか何か知らねえが偉そうにしやがって! この山賊どもと同じようにしてやろうか!? オラアッ!?」
パトリックの傲然な態度に腹を立てたロイが、ズカズカと詰め寄っていく。冷ややかに見下した面をビビらせてやろうと、血に染まったダガーを突きつける。もちろん、危害を加えるつもりはない。
「ロイ! よせっ!」
「Dランクの冒険者をナメるんじゃねえぞ!」
――ザシュッ!
抜き放たれたパトリックの剣先が白銀の弧を描くと、喚き散らすロイの喉笛を切り裂いた。
「――っ!? がはっ……」
短く呻いたロイの首から、おびただしい量の鮮血が噴き出した。出血を止めようと手で押さえるも、指の隙間から止めどなく流れ出てくる。やがて、自ら作った血溜まりにロイは力なく崩れ落ちた。
「うわあああああああああっ! ロイイイイイッ!」
ルーベンの悲痛な叫びに、パトリックが目尻と口角を吊り上げる。
「なんだ? これはお前たちの仲間だったのか。あまりにも醜い顔だったから賊かと思ったよ。ハハハハハッ!」
――ゴオオッ!
炎を纏ったレイピアが高笑いするパトリックに襲い掛かった。魔法剣士のリックが得意とする攻撃だ。例え、剣で防いでも炎のダメージを与えることができる。さらに、
「許さんっ!」
ルーベンのアイアンソードがパトリックの首を狙う。どちらかの攻撃は必ず当たる二方向からの同時攻撃だ。
ところが、パトリックの強さはDランクの冒険者を遥かに凌駕する。
――ドスッ! ドスッ!
目では追えないほどの凄まじい剣速で、ルーベンとリックの心臓を正確に貫いた。
「「あれっ……?」」
二人が間の抜けた声を出す。致命傷を負ったにもかかわらず、脳がそれを感知していないのだ。自分の身体から噴き出す血を見て攻撃されたことに気づく。
「ク、クソが……」
間違いなく先手を取ったはずだ。攻撃が届く前に反撃されるなんて。ルーベンとリックは圧倒的な実力差と己の未熟さを思い知らされ、地面に倒れ込むと同時に息絶えた。
「冒険者のランク上げはとても苦労するらしいな。Dランクになるまで血の滲むような努力をしてきたのだろう。それなのに、Aランクに匹敵する俺は大した苦労もしておらん。やはり、お前らのような卑しい下民がいくら努力しても報われることはないのだよ」
淡々と皮肉を言い放ったパトリックは、剣についた血を払った。すると、隠れていた山賊たちが見計らったようにゾロゾロと集まってくる。そして、雇い主であるパトリックの指示で馬車を包囲した。
「ベルフェルミナ! お前が雇った護衛は排除した! 引きずり下ろされる前に出てきたらどうだ!」
馬車の中で恐怖に震えるベルフェルミナを想像し、パトリックは薄ら笑いを浮かべた。
「マリー。ここでお別れよ」
覚悟を決めた表情で微笑んだベルフェルミナは、強くマリーの手を握り締めた。しかし、マリーはブンブンと首を横に振る。
「絶対に嫌です。私も行きます」
山賊を仲間にするくらいだ。きっと、非人道的な扱いを受け、飽きれば玩具を壊すように殺されてしまうだろう。ベルフェルミナだけに悲惨な思いをさせるわけにはいかない。地獄に落ちる時は自分も一緒だ。
「そんなことしたら、マリーのことを一生嫌いになるわ」
「それでもいいです」
「お母様との約束を破る気?」
「ここでお嬢様と別れてしまったら、もう二度と……約束も何もないですよ」
「そんなことないわ。生きていたら必ずまた会える。信じて」
ベルフェルミナはマリーの鼻先に触れそうになるくらい顔を寄せる。
「生きて……また……会えますか?」
「わたくしは絶対に生き延びるわ。だから、マリーも絶対に死んではダメよ」
「……はい。私はお嬢様の子を、この手に抱くまでは死ぬつもりありません」
「フフ、その前に相手を見つけなくちゃ……でも、そうなるといいな」
一瞬だけ未来を想像したベルフェルミナは、座席の下を覆うカバーを外した。すると、座席の下に人が潜り込める空間が現れた。王宮の役人が襲撃に遭った際に隠れるための非難場所だ。
「少し狭いけど我慢するのよ」
「お嬢様ぁ……」
「あと、これを」
ベルフェルミナは足首に括り付けていた果物ナイフを手渡した。昨晩、ルーベンに譲ってもらったナイフである。戦うための武器にはならないが、お守りくらいにはなるだろう。
「じゃあ、行くね」
まるで買い物に出かけるかのように、ベルフェルミナは軽く手を振り馬車を下りていった。馬車に一人残されたマリーは、果物ナイフを床に叩きつけようとしてグッと堪える。ベルフェルミナの思いを台無しにすることはできない。声を上げず涙するのであった。




