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「昨日からずっと森の中ですね。どれだけ広いのでしょうか……」


 しばらく馬車の外を眺めていたマリーが、溜息混じりに呟いた。表情が疲れて見えるのは、慣れないテントで一夜を明かしたからである。厳密にいえば、地面に敷いた布だけでは身体が痛くてほとんど眠れていなかった。


「……ん? なにか言った?」


 それは、ベルフェルミナも同じようで、馬車に揺られうつらうつらしている。徐々に重くなっていく瞼を、何とか持ち上げている状態だ。マリーへの返答も、まるで寝言のようである。


「いいえ、何でもありません。カーテンを閉めましょうか?」

「……うん。お願い……昨晩はあまり眠れなくて」

「私もです。寝不足で身体が重いです。これでは冒険者にはなれませんね」

「……魔物と戦えるようになる前に……どこでも寝れるようにならなくちゃ」

「ですから、冒険者にならなくていいのですよ」

「……武器なら……手に入れたわ」

「果物ナイフで魔物と戦う気ですか? すぐにやられちゃいますよ」

「……大丈夫……マリーは……わたくしが守るから」

「私には、ナイフよりもティーカップの似合うベルお嬢様が、恐ろしい魔物と戦う姿なんて想像できません」

「……………………」

「あら? 眠られたようですね。私も少しだけ寝るとしましょう。目が覚めた時には、森を抜けているといいのですが……ふあぁ……」


 マリーが大きな欠伸をする。厚手のカーテンを閉めた車内は、昼寝するには丁度よい薄明りの遮蔽空間だ。それに心地よい揺れも相まって、マリーが眠りに落ちるのに十秒とかからなかった。




 季節の花で彩られた庭を一望できる大きな窓は、長らくレースのカーテンに覆われたままだ。そんな窓をベッドから見つめるだけの母親は、痛みや苦しみに耐える日々に何を思っていたのだろう。ベルフェルミナは母親のことを思い出す度に考えてしまうのだ。


「お母様、見て。今日はこの可愛いドレスを着て、ダンスのレッスンをしたのよ」


 ベルフェルミナは母親が病に臥せてからは、毎日のように母親の部屋に訪れていた。厳しい妃教育の合間に一息つくことのできる心安らぐ時間だ。そこには、もちろんマリーもいた。


「それはよかったわね。上手に踊れましたか?」

「う~ん。どうかな? 先生の足ふんじゃったから……」


 十歳のベルフェルミナが不安そうに小首を傾げた。それを優しい笑顔で母親が見守る。


「もの凄く上手でしたよ。今のうちにいくらでも足を踏んでおけばいいのです。舞踏会で披露する日が待ち遠しいです」


 一歩下がって立っていたマリーが自慢気に言う。


「ベルフェルミナが舞踏会で踊る姿を想像するだけで嬉しくなってしまうわ。どんなに素敵な女性になっていることでしょう……」


 自分にはそれを見ることが叶わないと知っているのだ。想い馳せる母親の眼差しにベルフェルミナもマリーも気づいていない。


「そろそろ、お勉強の時間ですよ。ベルお嬢様」

「え~? もう? あと少しだけ」

「あの先生は厳しいお方です。時間に遅れて課題を増やされても知りませんから」

「む~っ」


 ベルフェルミナが頬っぺを膨らませ口をとがらせる。


「そんな顔をしてもダメですっ」


 腰に手を当て毅然とした態度のマリーと、ベルフェルミナが睨み合う。当人たちの思惑とは裏腹に、傍から見れば、にらめっこしているようなほのぼのとした光景だ。

 そんな仲の良い姉妹のようなやり取りに、母親は愛おしそうに目を細めた。


「フフフ。さあ、ベルフェルミナ、休憩は終わりですよ。あまりマリーを困らせてはいけません」

「は~い。お母様、ゆっくり休んでね」

「では、奥様。失礼いたします。――あっ、ベルお嬢様待ってくださいっ」

「や~だよ~」


 わちゃわちゃとベルフェルミナたちが出ていくと、嵐が去った後のような静けさが訪れる。


「……………………」


 広い部屋に残された母親は、二人が出ていった扉をいつまでも見つめているのであった。


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