宴会
「おっ、いつもよりイケてるかも? 肉のおかげだね」
調理していたスープを味見したリックが満足気に頷く。
大きな鍋にぶつ切りの肉と野菜を放り込み、数種類の香辛料で煮込んだスープが完成した。焚き火を囲んで宴会が始まる。
「わあ~、美味しい」
ベルフェルミナが軽く焼いたパンにスープを浸して食べると、口いっぱいに肉と野菜のうまみが広がった。マリーも気に入ったようで、黙々とスープを口に運んでいる。
「なんだあ? この肉うめえぞお!」
ロイが肉の串焼きを豪快に頬張り、グビグビと酒で流し込む。この分だと、ブロック肉はあっという間に皆の胃袋に消えてしまいそうだ。
「見ていて思ったんだけど、あの御者たちとは仲が悪いのか? 同じ王宮勤めなのだろ?」
ルーベンの視線の先では、すっかりオフモードの御者たちが、談笑しながら酒を酌み交わしている。
「仲が悪いというか。一方的に嫌われているので、わたくしたちにはどうしようもできないのです」
「だから、護衛を雇う必要があったというわけか。でもよ、さすがに魔物が襲ってきたら助けてくれると思うぜ」
「……どうでしょうか」
まさか、フレデリックが命を奪うまではしないと願いたい。しかし、リーンがそれを望んでいるのならば、フレデリックは喜んで応じるだろう。
「そもそも、魔物が出てこないんじゃあな」
「いつもは、この辺にも魔物がいるのですか?」
「ああ、けっこういるぜ。魔物は見たことあるのかい?」
「いいえ。ありません」
フルフルとベルフェルミナが首を振る。
「王都周辺にはいないもんな」
「やはり、恐ろしいですか?」
「初めて魔物と遭遇した時は、剣を持つ手が震えたよ」
「そうですか…………あの、そのナイフ」
「ん? 使うのか?」
そう言ってルーベンが拾い上げたのは、パンを切り分けた果物ナイフだ。
「譲って貰えませんか? もちろん、お金は支払います」
「いいけど、こんなナイフどこでも買えるだろ?」
「荷物チェックが厳しくて、護身用のナイフを没収されてしまいましたので」
「いや、このナイフでは護身用にならないと思うのだが」
「いいのですよ。無いよりはマシですから……」
果物ナイフを手にしたベルフェルミナが微笑む。それを見たルーベンは『杖を持たせたら似合いそうだな』回復役ならぬ癒し役として是非仲間に欲しいと思うのであった。
「――なるほど、リックさんは魔法の剣で魔物と戦うのですね? ロイさんはどうやって戦うのですか?」
魔物との戦い方に興味を持ったマリーが、両拳を握りしめ興奮している。隣でその様子を見守っていたベルフェルミナは、
(まさか、自分のギルドカードを見せびらかさないわよね……)
と内心ハラハラしていた。
「俺は魔物を使役して戦うんだぜ。魔物が俺の命令を聞くんだ、スゲエだろ?」
魔物使いのロイは得意気にガハハと笑う。
「ええ~っ! いま魔物を呼べますか? 見てみたいです」
「お、おう……いいぜ……」
いつものロイなら、待ってましたとばかりに魔物を呼び寄せるのだが、やけに歯切れが悪い。
(実は使役している魔物と、おとといくらいからコンタクトできねえんだよな。ここは適当に誤魔化すしかねえ)
しかし、
「ロイさんの魔物を、是非わたくしも見てみたいです」
瞳を輝かせるベルフェルミナにもお願いされては、いよいよ後に引けなくなってしまった。
「い、いよ~っしゃあ! いでよ! 我がしもべたち! ――ふぬうっ!」
気合を入れて立ち上がったロイは、普段より多めに魔力を使って魔物を呼び寄せる。
「………………………………」
やはり、一向に現れる気配がない。パチパチと焚き火の音だけが響く。すると、
「あっ、来ました!」
マリーが指差すと、ピョコンピョコンとバッタが草むらから撥ねてきた。
「ち、ちがあああああああうっ! あれはたまたま出てきた虫だっ!」
「おーい。あまり無理するなよ」
ロイの魔物を見慣れているルーベンとリックは、興味無さそうにグビリと酒を煽る。しかし、ロイにも意地があった。顔面を真っ赤にして叫ぶ。
「ぬおおおおおおおおぉぉぉりいゃあああああああああああああああっ!」
御者たちの殺意の籠った視線を浴びながらも、ロイは全身全霊の魔力を使って呼び寄せた。
次の瞬間。生い茂った草むらからリスのような小動物が現れた。
ほぼリスと同じ姿で、頭に小さな角が生えている。戦闘には向いておらず、斥候に使う魔物だ。この魔物だけが辛うじて反応してくれた。
「か、可愛い~」
想像していたものと、まったく正反対の魔物が現れたのである。
ベルフェルミナとマリーはその愛くるしい姿に悶えた。
「…………」
これだったら、木の実でリスをおびき寄せれば良かったのでは? と思うルーベンとリックであったが、頑張っているロイのために黙っておくことにした。
「さあ、こっちに来い。もっと近づいてくるんだ。ホーンスクワール……ぬおりゃああああっ!」
さらに魔力を込めて引き寄せる。まるで、鎖で無理やり引きずり出されたように、ホーンスクワールがヨタヨタと近づいてきた。
「マリー見て、この子震えているわ。かわいそうに……」
もちろん、その原因が自分であることをベルフェルミナは知らない。
ホーンスクワールからすれば、煮え滾る噴火口に引きずり込まれるようなものだ。
近づくだけで心身が焼け焦げる思いだ。
「大丈夫よ。ぜんぜん怖くないからね~。さあ、おいで――」
恐怖の元凶から手が伸びた瞬間。
キキィーッ!
まるで、断末魔のように鳴いたホーンスクワールは、全速力で草むらに走り去ってしまった。
「えっ? なんで?」
手を差しだした姿勢でベルフェルミナが固まっている。
「ハハハ。よほど、お嬢様が怖かったのですね」
「うっ」
マリーの一言が追い打ちをかけた。
「――あ、ヤベエかも……」
そう言って、グルンと白目を剥いたロイは、そのまま地面に倒れ込んでしまった。
冒険者なら知っていて当然のことだが、魔力を使い果たすと大抵の者は失神してしまうのである。
「だから、いっただろ」
ヤレヤレとルーベンがため息をつく。図らずも、二人と一匹の犠牲者を出し、森の夜は静かに更けていくのであった。




