野宿するようです
森に入ると、たくさんの魔物に襲われると脅され、身構えていたベルフェルミナとマリーであったが、陽が暮れても魔物が現れることはなかった。
だがしかし、マリーの恐れていたことが現実になろうとしていた。
「つ、ついに、お嬢様が、野宿をなさる時が……」
不愛想な御者に馬車を下ろされ、マリーは絶望の表情を浮かべた。
平民になったことは、受け入れたつもりである。いざ、野宿を強いられると、貴族から没落した現実を痛感させられるのだ。
「そんな顔しないで、マリー。今日だけの辛抱よ」
「私はいいのです。でも、ベルお嬢様が屋根の無い空の下で寝るだなんて。奥様に申し訳なくて……」
「大袈裟ね。星空の下で寝るなんて、気持ちよさそうじゃない?」
「う~ん、そうでしょうか?」
「そうよ」
とりあえず、二人は周りを見渡した。うっそうと生い茂る木々の間から、魔物たちがこちらの様子を伺っている気がする。このまま森とにらめっこしているわけにもいかないので、焚き火の準備をしている御者たちに声をかけることにした。
「あの、わたくしたちは何をすればよろしいのでしょうか? 手伝えることがあればおっしゃってください」
「手伝うだと? 何もしなくていい。なんなら、お前が雇った冒険者たちと一夜を過ごしてもいいんだぞ」
フッと鼻で笑い、御者が言い放つ。
そして、もう話しかけるなオーラを出して、そっぽを向いてしまった。
「……お嬢様? お言葉に甘えて、ルーベンさんたちのところに行ってみませんか?」
「そ、そうね」
帆馬車でついてきたルーベンたちは、離れたところで野営の準備を始めている。御者たちが『目障りだから三十メートル以内に近づくな』と警告したからだ。
それでは護衛ができないと、いくらルーベンたちが反論しても御者たちは許さなかった。
「――すみません。ご一緒してもよろしいでしょうか?」
ベルフェルミナが声をかけると、焚き火でお湯を沸かしていたリックが、爽やかな笑顔で迎えてくれた。
「やあ、二人とも。お茶を用意するから座っていきなよ」
ベルフェルミナとマリーを折り畳み式の小さな椅子に誘導する。
体重で壊れないか、心配になるほど小さく簡素な造りだ。
「いいのですか? ありがとうございます」
二人は恐る恐る腰掛けた。ギシギシと少々煩いが、意外と座り心地は悪くない。
「どうぞ。熱いから気を付けて」
「いただきます」
高級な紅茶しか飲んだことのない元伯爵令嬢にとって、差し出された安物の紅茶は美味しいものではなかったが、ほっと落ち着くことができた。
テントの設営を終えたルーベンとロイが、焚き火を囲むようにどっかりと座った。もちろん、地べたにである。
申し訳なさそうに椅子に座るベルフェルミナとマリーは、ルーベンたちのお尻を気にしていたが、ルーベンたちはそれ以上に気になっていることがあった。
「ベルフェルミナたちは、いったい何者なんだ? 俺たちはてっきり大商人のお嬢さんだと思っていたのだが……」
朝からベルフェルミナたちと接する機会が無く、ずっとモヤモヤしていたのだ。
「やはり、あのような馬車に乗っていたら気になりますよね。実はわたくしたち、王宮で働く見習いの女官なのです」
ボロを出さないよう慎重に、ベルフェルミナは馬車の中でマリーと考えていた作り話を始めた。
極秘任務ということにして黙秘することも考えたが、かえって詮索欲を刺激して護衛に集中できなくなっても困る。
「女官てことは、貴族だろ? やっぱり、メイドが何人もいる大きな屋敷に住んでいたのか?」
「え、っと……準男爵ですので、爵位も低く、家は狭くて小さいです」
ルーベンの鋭いツッコミに、意図せず準男爵をディスってしまった。
「ふ~ん。なるほど、どうりで」
リックが納得したかのように頷く。
ベルフェルミナの佇まいに、爵位が低いとはいえ平民には無い高貴さを感じていたからだ。
「その女官様がどうして国外に?」
「あまり大きな声では言えないのですが、隣国のランドール王国へ、妃教育の研修をするために行くのです」
ワザとらしくベルフェルミナは声を潜めた。
「妃教育って?」
聞き慣れない単語に、ルーベンが訊ねる。
「妃教育とは、王太子殿下の婚約者が王妃になるために施される教育です。国王を支える立派な王妃になるためには、礼儀作法、立ち振る舞い、ダンスに教養など、全て兼ねそろえていなければなりません。それはもう大変なものなのです」
拳を強く握った妃教育経験者の言葉に熱がこもる。
隣ではマリーが笑いを堪えている。
「へえ~、めんどくさいことするんだね。王太子の婚約者ってどんな女性なの? やっぱり知的で美人? 喋ったことあるんでしょ?」
何気ないリックの質問が、ベルフェルミナの心を軽く抉った。
「ど、どうでしょうか……」
「そっ、そろそろ、お腹空きませんか? ねえ? みなさん!」
マリーが主人の危機を救うべく立ち上がった――と思ったら、馬車のほうへ走り去ってしまう。
「おう! めしだ! めしっ! めしにしようぜ!」
「ロイは早く酒が飲みたいだけだろう? まあ、俺もなんだけどな」
「二人とも、護衛中だってことを忘れないでくれよ」
三人が夕食の支度を始めていると、マリーが布に包まれた何かの塊を抱えて戻ってきた。
「よろしければ、こちらをお召し上がりください」
「おお~っ。こいつは牛肉じゃねえのか? しかも、こんなにでけえぞ」
塩漬けにしたブロック肉をロイが受け取った。
この時のために、宿屋の食堂で無理をいって売ってもらったのだ。
「今日は魔物を狩れなかったからな。肉は食えねえと思っていたんだ。これで、酒が美味しく飲めるぞ」
「あの、魔物の肉を食べるのですか?」
ロイの言葉にベルフェルミナが驚く。
というより引いた。
「なに言ってんだ? 狩りたては新鮮でめちゃくちゃ旨いんだぜ。今度、食わせてやるよ」
「あ、ありがとうございます。是非、機会があれば……」
魔物が出なくて良かったと、ベルフェルミナは心の底から思うのであった。




